第七話 一番の脳筋は俺という可能性
色々考えた結果。
ガチの正面突破で行くことにした。
人間側からしたら、突然現れた魔族に暴れられるとか最悪の極みだと思う。でもこっちだって大真面目なんだ。人界征服は魔皇エルヴァイラの勅命。スタート地点でグダグダしてたら、「遅い」って怒られちゃう。
と言っても、作戦の決行日は女の子が宿に来て話をしてから、さらに十日くらい後になったけど。
……ハクラギに、この街の食べ物を色々食べさせてたから。
あんな可愛い顔して食べる子、見ないともったいないでしょ!
女の子も、俺やハクラギにすっかりと懐いてくれた。純真な目でこっちを見てくる。生存決定なので、『大神殿に用事があるから、君はこの間の親切な兵の人たちと近くの村にでも行ってこない?』と伝えてみたんだけど、「お供します!何があっても後悔しません!」と食い気味に言われて、何故か今、大神殿へと向かう俺とハクラギのちょっと後ろを巫女の白装束を着てついてきていた。
どうやら異能の効果により、眷属Dとの接触でわずかながらも、人界を使って遊んでいる存在がいることに気付いたらしい。人間には酷な事実だから、そこまでは知らなくてもよかったんだけど。
大神殿が見えてくる。女の子の話では、今日は安息日というもので門は閉ざされており、内部には関係者しかいないとのこと。大変好都合である。
俺は、左耳に付けてあるピアスに触れた。
覚えてるかな?
前に話した、対ペナルティの秘策。
『限定解除』。
チャージして、発動。
『限定解除』を簡単に説明すると、そうなる。
界気に包まれるからペナルティを受けるのであって。「だったらその界気を一時的に自分んちのフィールドに変えたらよくない?」と、俺が聖界で考案したのがこの術式だ。
あらかじめ用意しておいた媒体に、魔力をチャージしておく。もちろんこの媒体は適当なものじゃ駄目なので、今回はママ上に用意してもらった。俺の左耳についている黒い石の小さなピアスがそれ。突然呼び出されて何の説明もなく耳をグサッとされた時は『ママ上ー!』となったけど、すごく良い品だったので『ありがとうー』ってそのまま抱きついた。爆乳がボヨンボヨンなってた。余談だけど、その時のママ上の衣装は小さい貝殻を胸と股間に貼り付けてるだけだった。なんでそんなに露出したいの?ていうか、貝殻とかどこで見つけたの?魔界って海あった?
ママ上には謎が多い。
まぁ、そんなわけで。俺の左耳にはママ上特製の魔石があって、そこに俺の魔力をチャージできる仕組みになっている。
一定以上溜まったそれを解放すると発動するのが、『限定解除』。
なんと、一定時間俺の周囲に『魔界を生成』できるのである。
……ラスボスかな?
ちなみに今回は魔界でチャージしてきているので、すでに満タンだ。
人界でこれをやるのは初めてだから、効果範囲がいまいち掴めてないんだけど。大神殿くらいなら丸っといけるんじゃないかな?とは思う。
とりあえず巫女と神官、それから神兵の第三位以上は、信仰の芽が頭から出てて手遅れみたいなので転生行き確定。捨て駒ボンバーにされる未来しか見えないしね。服や飾りの色が違うみたいなのでわかりやすくて助かる。転生までの数百年の間に人界を支配してしまえば、神の影響をそんなに受けずに新しく生まれ変わることができるだろう。
抜けた上層部の穴は、ひとまず眷属Cこと少女人形の力で埋める予定。権力を持つ者を掌握してしまえば、下々は多少疑問があってもそれに従う。それは魔界でも人界でも変わらない。信仰の芽の反乱対策に眷属Cを置いていく必要があるから、戦力ダウンは否めないけど仕方がない。
神人については、神サイドの力量を測るついでにサクッと排除。ここで手こずるようなら、そもそも人界征服自体が無理な話だ。
気になるのは、限定解除の時間くらい。
とは言え、そっちもあまり心配はしていなかった。何しろ今回の俺には、オブシディオン魔皇国が誇るアタッカー、ハクラギ・リンフォードがいる。湖国スタフネルのコロシアムで見れなかった分、ここで見させてもらうとしよう。
たった百五十年で、オブシディオン魔皇国軍最高指揮官にまで上り詰めた、その力を。
大神殿の門の前に立つ。
最後にもう一回だけ女の子に『嫌なもの見ると思うから、俺たちから離れた方がいいよ』と伝えてみたけど、断られた。
そこまで言うなら……、この先何が起きたとしても、それは彼女の選択の結果なんだろう。
——では。
ハクラギくん、やっちゃってください。
巨大な白門がハクラギの一閃によって、綺麗に斜めにスライドしていく。
本来の力なら、カットするんじゃなくて木っ端微塵にできたんだろうなぁと思いながら、中に入る。やだねぇ、ペナルティってのは。
轟音と共に、門が倒れていく。土埃がすごい。誰か下敷きになったりしてない?大丈夫?
粉塵が収まるのを待って、中に入る。
最初に目に入ったのは、唖然としている警備の神兵たちの姿だった。
胸章の色から判断して、一番下の第七位。信仰の芽は植えられていない人間たちだ。運が良ければ、また会えるだろう。……だから、斬りかかってこないでね。
人間たちが衝撃から立ち直る前に、術式を完成させる。
——限定、解除。
ザ、と。
墨をぶちまけたかのように、空が一気に黒く染まる。
それから、じわり、じわりと。血の滲みを思わせる赤が、拡がっていく。
怨嗟の声、憤怒の色。
俺とハクラギが生まれた場所。
下から突き上げるように、大きく地が揺らぎ。
次の瞬間。
サンクトリアの全てが、魔界へと変貌した。
…………あれ?街も全部?
お、思ったより拡がっちゃったな……。
急いで片付けよう。術による擬似的な空間である以上、本当の魔界ほどのペナルティはないけど。それでも人間には有害な空気だから。
俺とハクラギに一個ずつオマケしてくれたお団子屋さんは、生存枠なんだ。待っててね、お団子屋さん。しばらくは、俺の周囲の神兵たちみたいに転がってゲロゲロしちゃうかもだけど。
俺は深呼吸して、しばらくぶりの魔界の空気を堪能した。
生ぬるい風が好きじゃないとか言って悪かった。最高だよ、このペナルティがない感じ。喉の圧迫感も消えてる。限定解除と共に自動展開されるママ上の術のおかげだ。
「……ク、クロウ……さま」
背後から女の子の声がする。
ゲロゲロしてない。……そういや、シノビの飴ちゃんを食べてたな。魔界産の物を口にしたから、ちょっとだけ馴染みやすくなってるんだ。
「こ、この、空……、風に混じる、も、亡者たちの、悲鳴……重く、苦しい…空気……。……き、聞いた、ことが…あります……、伝承、の…魔の、世界……」
やっぱり勘もいいな、この子。
だから、離れた方がいいよって言ったのに。
「……好きな方を、選んでいいよ」
俺の声に、女の子がさらに驚く。
ママ上がピアスのオマケとしてかけてくれたのは、限定解除の時間だけの失音の術の中和。この世界にいる間、俺は声を出すことができるようになる。ありがとうママ上、すっごく便利。
「知らずに生きる方が、楽だとは思う。俺もできれば、そっちを勧める。……ただ、もし真実を知りたいと願うのなら、君が取るべき選択は一つだ」
「しん、じつ……」
「君のお母さんが死んで、ここが神都になった理由」
「……っ!」
「俺たちがここを片付けるまでに、考えておいてくれれば良いからね」
そう言って女の子に背を向ける。これで彼女が俺の敵となっても、それは仕方がないことなんだろう。人界における魔界の評判なんて、聞かなくてもわかる。
そう考えハクラギに視線をやろうとしたところで、再び背後から声がかかった。
ただし、今度はもっとはっきりとした声音で。
「お待ちくださいッ!」
地に両膝をついた女の子が、縋るように両手を組み俺を見上げている。
どうか、と。女の子が祈りを捧げる。
「どうか、わたしを…お連れください…!この世界を偽りから、取り戻したいのです…!」
嘘に囲まれすぎて、精神に限界が来ていたのか。それともとっくに破綻していたのか。
女の子の目には、世界に対する怒りさえ宿っているように感じられた。
跪く彼女の前に立ち、その小さな身体を見下ろす。
「……魔族に魂を売る意味を、理解してる?」
「しております!」
「君の魂は、輪廻から外れる。生まれ変わることもできなくなるよ?」
「かまいません!」
「魔族に屈した巫女として、人間の歴史に名を刻むかもしれない」
「偽りの歴史に何の意味がありましょう!わたしが恐れるのは、わたしの中の真実が月日の中で風化し、やがて光に潰され消えてしまうことだけなのです!」
「……最後に。君のその選択が、君を永遠の絶望の中に立たせることになったとしても?」
「覚悟の、上ですッ!」
……そこまで言うのなら。
いいよ。
こっちに、おいで。
「——…ならば、堕ちよ。ターシャ・キリエ」
俺の声に、女の子の身体が雷に撃たれたように硬直した。
「これより先、汝の魂は奈落の底まで、穢れ堕ち続ける。……深淵の魔女となり、己が眼で真実を見るがいい」
人間の魂はちょっと変わってるけど、それでもすごく脆弱だから眷属化には耐えられない。
なので俺がやったのは、彼女の魂の居場所を堕としただけ。人界よりも遥か下に存在する魔の世界へと。
その祈りの手を掴んで。
深き闇へと、引き摺り下ろした。
明るい茶色の髪が、漆黒へと塗り替えられる。
鳶色の瞳が影に染まり、光が消える。
肌の色は血の気を失い、その唇だけがくっきりと赤く。
……おはよう、新しいターシャ・キリエ。
聖界で生まれて俺の手で堕ちるとか、なかなかのレアキャラだよ?
ほんの一部だけど俺と繋がった女の子は、堕ちるあの刹那の那由多に、それこそ人間にとっては無限に思えるほどの情報を得たのだろう。
闇に塗られたその目には、上位存在に対する憎悪の火が強く鮮やかに燃えていた。
「……矮小なわたくしめを、末席に加えていただきましたこと、心より感謝申しあげます。我が主、喰らう黒王様。わたくしが死した後は、この魂、如何様にもお使いください」
いや、そこまで謙虚にならなくてもいいよ。あと、魂も別にいらない。俺はそういうタイプの魔族じゃないし。
黒い髪になった女の子がゆっくりと立ち上がる。種族は……『ナイトメア』だ。実世界だとそんなに強くないけど、夢の中ならほぼ無敵。おまけに魔力値が低い相手の夢に入り込んで、その内容を好きなように操れる。夢によって全てが変わってしまった彼女らしい変異の仕方だと言えた。
全くの余談だけど、俺やママ上、それからハクラギには種族名なんてない。
唯一だからね、俺たち。完全なレアキャラなのです。
「街の方は、わたしにお任せください。お二方は、あのキモいルミエルをどうぞ」
あ、性格わりとそのままだな。良かった。
「じゃあ、お願いしようかな。気をつけてね。あと、信仰の芽が生えてない人たちは、できるだけ生かしておいてくれると嬉しいな」
「はい!はいッ!はーいッ!お優しいクロウ様ッ!わたし、がんばります!」
ブワリと、彼女の身体から黒い霧が立ち上り、あっという間に広がっていく。なんだっけ。確か、悪夢の揺籠とかそんな名前だったような。かなり広範囲に見える。なるほど、人間が人界で堕ちても、ペナルティは発生しないわけか。
周囲にいた神兵たちが、霧を吸って次々と昏倒していく。死んではいない。ナイトメアの夢に捕まっただけだ。
「街の人たちにも真実を知ってもらいましょう!今のわたしなら、それが叶う!」
行ってきまーす!と、そのまま駆け出していく。
……徒歩なんだ。
こういう時って、背中に羽とか生やしてかっこよく飛んでいくイメージだった。
そういえば俺も徒歩だし、ハクラギも徒歩だ。なんなら、死んだ目四天王
も全員。
……なら、いいか。
さて、いい感じに神兵たちも静かになったし。
俺たちも行くとしよう。
「ハクラギ、あの神人はお前の好きにしろ」
「ありがたき幸せ」
「…………そこは、『任せろ」って言ってほしい」
「……お前が話し方を変えるからつられたんだ」
うーん。千年かけて矯正した話し方なのに、すぐ昔の癖が出ちゃうな。
なので気を取り直して「じゃ、行こっか、ハクラギくん」と言ったら、「それはちょっと……」と返された。
もう。
わがままだなぁ、俺のハクラギは。




