第五話 信仰の芽(2本目)
神人をキモがる女の子は、かなりの情報通だった。大神殿の巫女だから、当たり前と言えばそうなんだけど。
人界へ来て最初に彼女と知り合えたのは、幸運と言える。ハクラギと話してても照れてないし、神人のことは嫌ってるしで、俺からの好感度が鰻登りだ。人界を征服した暁には魔界へ連れて帰ってもいいくらい。彼女の力じゃペナルティだけでも死んじゃうから、諦めるしかないけれども。
女の子から得た情報は、まとめるとこんな感じだ。
神都サンクトリアには、現在一人の神人と二十人の巫女がいる。全員がサンクトリアの神エリシウムヴェイルから力を授けられていて、魔物を討伐したり、生活を豊かにするための祈りを捧げたりして過ごしている。
大神殿には他にも大勢の神官たちが暮らしているが、こちらは何か特別な能力に目覚めているわけではない。ただし大神官が一人いて、組織の構造上神人や巫女よりも上の立場とされている。お飾りの王様みたいなものだ。
なお、神から力を授けられると、二つの能力が開花すると言われている。
一つは、魔物に対する神の力。火や水といった四元素を利用した魔術とは別の、破魔、もしくは加護の力だ。能力の強さに差はあるが、どちらかが使えるようになる。
それから、もう一つ。『異能』。これは授けられた者それぞれに全く違う力が開花する。彼女の場合は、嘘を見抜く能力、だった。だが当人は面倒を避けるために、異能が開花していないふりをしているのだという。だから、巫女としての位が一番低くて、大神殿の中でも外側の小さくて粗末な部屋しか与えられていない。…俺としては、その時点でどうなの?って感じだけどね。護衛の数が少なかったのも、その辺が理由かな。
一方で神人は強い力を持っていて顔も良いから、上辺しか知らない人々に凄く人気がある。
でも実際は、
「魔物や人間とか関係なく周り全てを見下していて、相手が嫌がったり怖がったり苦しんでいたりする様子を見て喜んでいるんです。……完璧に隠してはいるけど、わたしにはバレバレで。多分、人も犠牲になっていると…思います」
とのこと。
彼女が自分の異能を隠すのは、神人対策でもあるわけか。たとえ周りが信じなくても、神人本人はそれが事実だとわかるだろうし。あいつの性格なら、あっさりこの子を殺すだろう。
あと、神人がハクラギ色である理由も、ようやくはっきりした。
大体は、俺の予想通りだった。
——二百年前、神都サンクトリアから単身で魔界へと向かった『大巫女』は、輝く白銀の髪に黄金の瞳を持っていた。
『大巫女』は与えられた神の御力で魔帝ノクルドを滅ぼしたが、力を使い果たしそのまま魔界で息を引き取った。
それを哀れに思った慈悲深きエリシウムヴェイルは彼女の魂を救い上げ、以降特別に強い力を授ける者に『大巫女』と同じ髪と瞳を与えるようになった。
ゆえにサンクトリアでは、白銀の髪と黄金の目を持つ者は尊い存在として特別視されている。
……胸糞悪いな。
聖女が大巫女とかになってるし。ノクルド倒してないし。なにより、哀れに思った、とか嘘すぎる。
全部都合がいいように変えました感が半端ない。
ただ、そこまで話が残っているんだったら大巫女、つまり聖女だったハクラギのお母さんの似姿とか残ってるかなと思ったんだけど。それは残ってはいないらしかった。残しておけよ。適当に伝承作るからそんなことになるんだよ。
色もそうだけど、ハクラギはお母さん似だと思うんだよね。ノクルドがゴツゴツしてる感じの見た目だったから。
見てみたかったな、と少しだけ思う。
ちなみにハクラギは「同じ色ではあるが、自分は神人ではない」と嫌そうに答えていた。
彼女からの情報を頭の中で整理していると、ふと複数人の足音が耳に届いた。
こちらに向かって来ている。ハクラギも気付いているようだ。
少しして、ノックもなく扉が開いた。
「やぁ、ターシャ。今日もかわいいね」
女の子の目に一瞬『きっっしょ』の文字が浮かんで消えた。頑張って隠してる。えらい。あとでシノビから貰った飴ちゃんを分けてあげよう。
真っ白い装束に真っ白い胸当てを付けた神人が、「お邪魔するよ」と部屋に入ってくる。お邪魔すぎる。こんなに言葉通りなことってあるんだ。
神人の後ろには、神官だろうモブが何人も控えていた。
「そこの二人は、昨日ぶりだね。ここにいるということは、やっぱり君たちがターシャを助けてくれた冒険者だったのか。ありがとう。彼女は大切な仲間なんだ」
キラキラ〜ってエフェクトが見える。裏があるって知ってる三人の前でその台詞言うの、逆に面白い。怖がる相手が好きとのことなので、怯えたふりをしてそっとハクラギに寄り添ってみる。ハクラギも俺の意図に気付いたのか、髪を撫でて「大丈夫だ」と微笑んでくれた。役得ッ!
「あぁ、ごめんね。そっちの彼にはすっかり嫌われてしまったかな。具合はどう?昨日はかなり悪そうだったけど」
ウケる。めちゃくちゃ楽しそうだな。隠してるけど。
それと、一瞬だけ「おや?」という顔をしたのを俺は見逃さなかった。信仰の芽がないことに気付いたのかもしれない。
「あぁ、全快とは言えないが、かなりよくなった。こちらこそ昨日はすまなかった。俺以外の者に触られるのを怖がる子でな」
ハクラギ、頭良い。この場でこう言っておけば、表向きは優しい神人は無理に俺には触れなくなる。
信仰の芽の有無を確認されたらまずいし、また植えられるのも嫌だし。あれ、ほんと痛いんだからな!
だけど、女の子の話や神人の態度を見ていて気付いたこともある。
神人の異能は、おそらくそれだ。
——任意の相手に『信仰の芽』を植え付ける。
どうやって昨日俺に芽を?と思ってたんだけど、神が与えた力なら納得。
……便利な手駒レベルが高い。
「ルミエル様、本日は祝福の日のはずでは?このような場所まで、どうなされたのです」
そして女の子は演技が上手い。ベッドから腰を上げ居住まいを正し、キョトンとした顔で首を傾げている。
「君が神人の色を持つ精悍な剣士と、美麗な魔術師を連れて歩くのを見た、という声を聞いてね。僕からもお礼を言いたくて探してたんだ」
誰だチクったの。
「まぁ、そうだったのですね。お優しいルミエル様に、感謝申し上げます」
「いや、そんな。でもここで会えてちょうどよかったよ。二人とも、旅をしているのなら何かと危険も多いだろう?祝福を受けていかないかい?」
しかもこれ、ひょっとして不可避イベント?
いや、回避いけるか?
「神人殿、提案はありがたいが我々は」
「このくらいはさせてほしい。サンクトリア唯一の神人として、お願いするよ。君たちの安全を祈らせてくれ」
駄目か。ここで下手に断ったら、不審がられる。
ノートに『オッケー』と書こうとしたけど、神人の前では怖がりキャラとして定着してるので、返事もハクラギに任せることにする。俺が小さく頷いたのを見たハクラギが、「それでは」と提案を受け入れた。そこに女の子が手を挙げる。
「ルミエル様。礼拝堂まで、わたしがご案内さしあげてもよろしいですか?」
「…もちろんだよ、ターシャ。もう始まってしまうから、すぐに連れてきてあげて。それじゃあ、また後で」
来た時と同じように唐突に去っていく。後ろに控えてたモブ神官たち、一言も喋らなかったな。俺も人のこと全然言えないけど。
「……やっぱり目的は、お二人への祝福。あれをするつもりなの……?駄目、説明している時間はない」
それよりも女の子の様子だ。この部屋に案内してくれた時も、俺たちが祝福を受ける前に、とか言ってたし。ちなみに小声で言ってるけど、魔族の俺やハクラギの耳にはしっかり届いてる。
「お二人とも。無理を承知でお願いします。祝福の儀の際に、ルミエル様が功労者に祝福を授けてくださるのですが……、その……」
どう伝えたらいいのか悩んでいる様子だったので、草の芽のイラストと一緒にサラサラッとノートに書く。
『変なの植えられるから、触られないように気を付けろってこと?』
「……!そ、そう!そうです!」
この子、本当に優秀だ。信仰の芽にも、気付いているなんて。
大神殿の巫女なのに、さすがに異質すぎる。
どうやらまだ、聞けていない事情がありそうだ。
祝福とやらが受けられるのは、それなりの広さと高さがある礼拝堂だった。それなり、と言ったのはオブシディオン魔皇国の玉座の間と比べて、の意味だ。あんなに広い玉座の間があるのに、自室はない俺の実家。人界を征服したら、ご褒美にお部屋ください、って頼んでみようかな。
俺たちが女の子に案内されて来た時には、かなりみっちりと人間が入っていたのでこれ幸いと隅っこの方に移動する。礼拝堂は人間を収容するためだけの空間のようで、椅子の類はなかった。奥の方に一段高い壇があり、さらにその向こうに大きくて真っ白な石像が立っている。背中に羽を生やしてカーテン巻いただけみたいな服を着た、エリシウムヴェイルだ。像の後ろは床から高い天井までステンドグラスになっていて、神々しいですよ、という演出がこれでもかとされている。自分の姿を見せつけるの好きだよね、あいつら。注目を避けるために、フード付きのローブを頭から被って髪を隠しているハクラギを見習った方がいい。
神官たちがやって来て、「ぜひもっと前へ」とか言って来たけど、そこはハクラギが「敬虔な信徒を差し置いて外部から来た我々が前に出るわけには参りません」と柔らかく追い返していた。神人さえいなければ、なんとでも言い包められる。ただ、それで引き下がる相手じゃないだろうとも思ってる。
——ハクラギは。
自分が信仰の芽を受け止めると言った。
その上で具合が悪くなった振りをするから、俺にその場を辞して宿まで一緒に戻るように、と。
冗談じゃない。歩きながら『あれ凄く頭痛くなるし、抜くのも本当に痛いから駄目。俺が代わる』って書いたんだけど、逆効果だった。あと、「あの神人の目が、舐めるようにお前を見ていて嫌だった」とも言われた。急なイケメンムーブ。うっかり照れて、何言おうとしてたか忘れてしまった。
そうこうしているうちに広間について、俺は説得の失敗を知る。
信仰の芽は仮にも神の術だ。ハクラギは強いけど、あれを一人で消せるだけの術構成は、若すぎてまだできない。聖女の力がある程度抑えてくれるとしても、俺よりも根を張るスピードは速いだろう。
俺は急ぎノートに書いてビリっと破ると、シノビがくれた飴ちゃんと一緒に女の子にこっそりと渡した。
『俺の魔術でハクラギに植えられたものは何とかできる。抜け出せそうな日でいいから、光の庭って名前の宿まで来て。この飴ちゃんを食べてる間は、誰にも気付かれずに行動できる』
文字に目を通した女の子は目だけで頷くと、ノートの切れ端と飴ちゃんをポケットにしまった。シノビ特製の飴ちゃんには、隠密の術がかけられている。気付いた時は「その効果いる?」って思ってたけど、あってよかった。
それにしても、俺から見ると彼女の異能は便利だ。今まで多くの嘘を見てきたらしい彼女にとっては、行動に必要なのは『理由』じゃなく『嘘が本当か』だけ。普通なら「何とかできるの?飴を舐めると気付かれないってどういうこと?」となるところを、一瞬で信じて納得してもらえるのは事情が複雑な俺たちにとっては有利と言えた。
「これより、祝福の儀を始める。この度、神人ルミエル様より祝福を与えられる者は七名。いずれもサンクトリアにおいて、敬虔な信徒としての徳を積んだ者である」
広間の奥にある壇上にいた神官が、ジャラジャラと飾りがついた杖で床を叩いて時間を知らせた。他にも偉そうな神官や、女の子が着てる巫女服よりも飾りがたくさんついた衣装を着た巫女たちが並んでいる。
口上を聞き、周囲にいた人間たちが囁き合う。
ルミエル様からの祝福を授かれる七人が羨ましい。
いつか自分も祝福を受けたい。
祝福を受けた者は皆、今まで以上に神への信仰心を強くしている。素晴らしいことだ。
などなど。
知らないというのは、なんて幸せで、残酷な生き方なんだろう。
死んでもこの呪縛から解放されることはなく。また生まれ変わり、弄ばれるなんて。
吐き気が、してくる。
神への歌を捧げる合唱隊の前を通り、神人が壇上へと上がる。裾の長い、真っ白な衣装。白銀の髪が、高い天井近くまでは伸びた大きなステンドグラスから差し込む光を浴びて、七色に輝く。人間から見たら、これも『清廉』とか『荘厳』な感じで映るんだろうか。ステンドグラスのせいで頭がミラーボールみたいになってるな、という感想しか湧かないのに。
儀式は合唱隊の歌とか、七人の功績みたいなのを長々と順番に讃えてから、ようやく祝福へと移ろうとしていた。
壇上で跪いている七人は、年齢や職業もバラバラのようだった。集団の中のあらゆる優秀な者に信仰の芽を植え付けているのだとしたら、効率の良いやり方だ。
それぞれの頭に順番に神人が手のひらを乗せていく。柔らかな光が七人を包み込む。集まった人間たちが「おぉ」と感嘆の声を漏らす。俺と接触した時は光ったりなんかはしなかったので、明らかにパフォーマンスだ。相変わらず光るの大好きだな、上位存在は。
七人に植え付けられた信仰の芽は、彼らの思考を全て『神のため』になるように作り変えてしまうんだろう。
儀式が終わり、拍手が湧き起こる。
にこやかに信徒たちを見回した神人が、「実は特別に祝福を授けたい人たちがいるんだ」と彼らに告げる。
——……来たな。
壇上から降りて、真っ直ぐ俺たちのもとへ。
ハクラギが滑るように俺の前に立ち、被っていたフードを外した。
見守っていた人間たちから、驚きの声があがる。
「素晴らしい儀式でした。神人殿からの祝福を直接授かれるとは、光栄です」
そう言って、神人の前で片膝をつく。これを無視して、先に俺に祝福を授けるのは、立場上神人には難しいだろう。実際にはハクラギよりも怖がってる俺に触れて楽しみたいと、その目が言っていたとしても。ほんとキモいな。人間、騙されすぎでしょ。
「ありがとう、ハクラギ。君たちの旅路が安全であるよう、祈りを捧げさせてくれ」
神人の手がハクラギの頭に触れる。やーめーろー。俺のハクラギに触るなー。
下を向いていたハクラギの気配がわずかに変わる。気付いたみたいだ。急に頭の中が、うるさくなるよね。
立ち上がった身体が、ふらりとよろめく。半分演技で半分本気くらい。だから言ったのに、頭めちゃくちゃ痛くなるよ、って。
普段から信仰に浸ってる人間なら、問題はないんだろうけどね。俺たちにとっては、急に氷の海に飛び込んだみたいな感じだ。
慌ててハクラギを支えるようにして、女の子に視線をやる。短い時間しかなかったけど打ち合わせはしている。
「ルミエル様のお力が強すぎたようですね。日頃から神々のご威光を浴びている我々サンクトリアの民以外の方なら、仕方のないことかと」
ササッと寄ってきて、巫女が診察しましたよー、感を出してくれる。
「今日一日は、休まれると良いでしょう」
「……悪いが、そうさせてもらおう。すまないな、神人殿」
「……いや、僕の方こそうっかりしていたよ」
多少演技も入ってるからか、ハクラギに肩を貸すと結構な体重がかかってくる。それをよいしょと支えて、広間から出る。女の子とは、いったんここで解散。俺たちを見送りに出て、後でまた神人や神官たちに報告させられるのも面倒だろうから。
さて、早く宿に戻ろう。
雑草退治だ。
儀式がかなり長かったんだろう。
宿に戻る頃には陽はすっかり傾いていた。
ここまでは徒歩だったけど、やっぱり半分は演技だったらしいハクラギは大神殿から出た途端普通に歩き出した。頭はすごく痛いらしい。あとうるさいと言っていた。
ハクラギをベッドに寝かせて、俺も乗り上げる。彼のお腹を跨ぐようにしてベッドに膝をつき、その頭の横に両手をついている。つまり四つん這いでハクラギに覆い被さってる。
「……クロウ、やはりこの方法しかないのか?」
ハクラギが俺を見上げながら聞いてくる。
他の方法、と問われ、ちゃんと考える。
植え付けられた信仰の芽は、ハクラギが持つ聖力があれば引っこ抜くことができる。だけどハクラギはまだそれを自分一人ではできない。だから、俺の術を借りてやる。
昨日はハクラギから受け取った力を俺が自分の身体の中で使ったんだけど、今日はその逆だ。俺が組み立てた術をハクラギに送り、それを使ってハクラギが信仰の芽を引っこ抜く。ただそれをするには、お互いの接触が不可避で。さらに今回は難しい術を送り込むために、最低でも粘膜の接触を必要とする。
まぁ、その。
ベロチューが最低ラインです。
とは言え、他に方法がないわけでもない。
俺の視線がハクラギの股間を見た後、自分の尻に移動する。頭の良いハクラギはそれだけで察したようで、
「そ、それは駄目だ!」と慌てたように却下してきた。わかれば、よろしい。
「しかし……想像より酷い痛みだ。あまり感じていなかったペナルティの圧も増大した感覚がある」
でしょ、でしょ。こいつ本当に厄介なんだよ。
だから、さっさと抜いてしまおう。
「——、クロウ」
何か言おうとしたハクラギの口を、はむっと塞ぐ。
こういうのは照れる前にやってしまった方がいい。俺だって恥ずかしいんだし。でも意識が乱れると術に悪影響だからね。自覚する前にやるに限る。
ハクラギの舌は厚くて熱い。いや、考えるな俺。めっちゃ照れるから。寝る時に思い返してニヤニヤしましょうね。
目を閉じて自分の術を送り込む。
俺より厚みのある体が、ビクリと揺れた。
「……っ、」
痛みを感じてるんだろう。重ねた唇の間から息が零れる。頑張れハクラギ。俺という名の除草剤を使って、ビョンビョン暴れるそれを根こそぎ枯らすんだ。
痛みに揺れる身体を上から押さえつけて、術を流し込み続ける。
やがてハクラギの身体から、「はー…」って感じで力が抜けていった。
そっと唇を離し、間近からその顔を覗き込む。
喉の圧迫感がない。
「……大丈夫?」
やっぱり声が出る。
そうか、わかった。聖力との接触で一時的にママ上の術が解けてるんだ。すごいな、聖王の力。
問いかけに目を開けたハクラギが、その手を俺の頬に添えた。
「名を、…呼んでくれないか」
「……ハクラギ」
「あぁ、大丈夫だ。ありがとう、クロウ」
ハクラギのもう片方の手が俺の背中に回される。力を入れられ厚い胸板に、ぽふっと俺の上半身が落ちる。
「もしお前がまたこの痛みを受けていたら、と思うと。……ぞっとする」
ハクラギは、優しい。
だからこそ、俺は彼にこの痛みを知ってほしくなかったのに。
俺たちは、何も言わずに。
しばらくの間、互いの鼓動を聞いていた。
次回第六話『味方は多い方が良い』は5月28日18時更新です。




