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第三話 信仰の芽

 俺はノートのページをたくさん使って、聖界で手に入れていた情報をハクラギに語って聞かせた。

 神界と人界、それからもう滅んだけど聖界と人界の関係性。

 神界にある神の座、そこの一柱がこの都市の『神』エリシウムヴェイルであること。

 今の段階ではまだ予想の域を出ない、エリシウムヴェイルの神人とハクラギの髪と目の関係は、とりあえず確信が得られるまでは保留。

 ハクラギは俺の説明を聞いて、上位存在から力を与えられた人間が特別な名称で呼ばれていることに、少なからず衝撃を受けている様子だった。

「……つまり、私の母は聖王に気まぐれに力を与えられ、酒の余興程度に魔界へ送り込まれた、と」

 身も蓋もない言い方をすれば、そう。あんまり聞きたくなかったけど、それでも一応聞いたら、ハクラギは聖女であるお母さんとも、魔帝ノクルドとも会ったことはないらしかった。

 生まれてからずっと俺のママ上が見つけるまで、ノクルドの城の地下でひどい拷問を受けていたハクラギ。この間の式典の後ママ上に確認したところによると、ハクラギを拷問していた魔族たちは今は拷問大好きパンイチおじさんの所にいると言っていた。これはハクラギも知らない話だ。十倍返しで五百年拷問してから殺すらしい。ママ上は、強者が幼い子どもや弱い相手を玩具にすることをとても嫌う。実の子である俺のお腹に穴を開けて聖界に放り込んだのだって、俺がちゃんとママ上に認められるくらいには強かったからだ。本人の中では、しっかり整合性が取れている。

 無意識なんだろう、視線が下がるハクラギの、その白銀の頭に手を乗せ、よしよしと撫でた。

「……クロウ」

 よしよし。大丈夫だよ、ハクラギ。これからは俺が君を守るからね。今はだいぶ雑魚だけど。

 無表情だけど伝われ、と目に念を込めたら通じるものがあったのか。ハクラギは目元を和らげて微笑んでくれた。かっっこよ。



 今俺たちがいるのは、神都サンクトリアにあるそこそこ良い値段の宿の一室だ。

 人界の征服を遂行するにあたり、ちゃんと路銀も用意されていた。功労の式典でハクラギが受け取っていた目録の一つだ。常識的に考えて「人界征服してこい。ただし無一文でな」とかアホの所業だしね。聖界の時に、それやられたけど。

 ハクラギは路銀として、自身の収納術の空間に換金しやすい安めの財宝を与えられていた。安い分、数が多いらしく、仕分けが大半だったらしい。俺も実はこっそり「ヘソクリになるかな?」と持ってきている物がいくつかある。

 つまり、俺たちはわりとお金持ちなのである。

 質が良い宿にしたのは、客層を上げて余計なトラブルを防ぐためだ。俺やハクラギの美貌は人目を引く。かと言って一番良い部屋にすると、人間の目に留まりやすくなる。なので中間よりちょっとだけ上のランクの部屋。室内にシャワールームも完備。連泊を想定して前払いしてあるから、宿の人たちの対応も抜群。

 ちなみに、同室。

 やましい気持ちは、まぁ、あるけど。それだけじゃなくて、ペナルティのことを考えた結果だった。別にお風呂上がりのハクラギを眺めたり、寝てるハクラギを眺めたりしたかったから、とかじゃない。……眺めるとしても。





 こんばんは。

 シャワーを浴びてホカホカになっている俺です。


 お風呂、一緒に入りたかった。

 でも、さすがにそれは駄目だと言われた。狭いから、って。広かったらいいのか。次はスイートルームに泊まろう。金持ってるアピールして目立たない方がいい、とか。ハクラギとお風呂に入れるのなら、どうでもいい。

 シャワーを浴びていくらか気分がスッキリした俺は、パジャマを着ていた。やっと着れたよ、千年ぶりだ。アラクネたちがせっせと編んだ黒いパジャマ。手触りも凄く良い。

 あと、お揃いの生地の枕もあったりする。

 自分の収納空間からそれを取り出した俺は、ハクラギが寝る方のベッドに潜り込んだ。

 ……夜這いじゃないからね。したいのは山々だけど、今のところハクラギは俺をそういう目で見てはいないから夜這いしたところでポイっとベッドから出されて終わりだ。

 そうじゃなくて、言い訳とかじゃなく、本当にちゃんとした理由があった。

 部屋を同室にせざるを得なかった原因。ペナルティの、緩和のために。

 俺だってできれば、ハクラギにこれを伝えたくない。年上の、本来ならハクラギより強い俺の情けない姿なんて見せたくない。

 ……だけど。ペナルティを甘く見たら死に直結すると、聖界で嫌というほど知ったから。

 感情を優先して安全策を取らないのは、馬鹿のやることだ。

 

「どうしたんだ、クロウ。そちらは私のベッドだぞ?」

 ちょっとアンニュイになってた気持ちが、首にタオルをかけた上半身裸のハクラギ登場により吹き飛んでいく。長い白銀の髪を頭の上でお団子にしてるのとか、尊すぎでやばい。可愛すぎる。明日の朝、あの髪を俺がセットしてあげよう。三つ編みにするんだ。

 無表情のままうっとりと見ていたら、ハクラギは俺がベッドを交換したがっていると思ったのか、ベッドサイドに置いていた刀を移動させようとした。

 待って、違うから。

 ノートに「待って」と書いてから、ベッドの上に正座する。

 やっぱり言いたくない。

 でも言わないと話が進まない。

 ハクラギも俺の様子が普段と違うと気付いたのか、真面目な顔になってベッドの端に腰を下ろした。

「……どうした?」

 心配そうな声。

 う〜、言いたくない。

 言いたくない、けど。

 俺はできるだけゆっくりとノートに書いた。


『ハクラギの中に流れてる聖力で俺のペナルティをある程度中和しないと、結構やばい、です』


「……やばい、とは?」

 ハクラギの声が、さっきより硬くなる。

 言いたくないよぉ。

 かっこ悪いよぉ。

 でもここまで来たら、仕方ないから書く。


『たぶん、朝には死んでる』


 ……!?

 あれ!?

 急に天井が見え——、ハクラギのパーフェクトな顔が目の前に来た。


「どういう意味だ…!?」

 ……こ、こんなに怒った顔…初めて見た。

 いや、シノビとバトった時も殺気の強さ的にはこのくらいだったのかもしれないけど。

 俺はすっごく怒ってるハクラギを間近で見ながら、手にしていたノートを振った。

 とりあえず理由を書かせて。あと、もったいないけど一回離れて。こんな至近距離でノートにつらつら書くのって、なんかシュールだから。

「あ、と……、すまない」

 ハクラギは俺を押し倒していることに、今気付いたらしかった。

 もう一度謝罪してから身体を起こし、再びベッドの縁に腰をかけ直す。反省してるのか、ちょっとだけ丸くなっている背中があり得ないくらい可愛い。もう国宝でしょ、こんなの。

 そんなことを思いながら、俺は現在自分の身に起きていることをハクラギに伝えた。


 まずは、この都市の神エリシウムヴェイルと俺の力の相性が最悪だということ。

 これは互いが弱点属性ということなので、本来ならそれぞれにダメージが通るはずなんだけど。ご存知の通り、ここは人界。神の気に染まっているだけで、神自体はいない。つまり今の時点では、俺が一方的に殴られ続けているだけ。圧倒的に不利な状況なのである。

 おまけに、例のパンイチ拷問おじさんの目をした神人に直接触られたことで、魔族としての『中身』ががっつりやられてしまっている。実は今も結構痛い。頭とお腹が。

 なのでこのままだと、朝には結構グロいことになってるんじゃないかな、と思う。


 というようなことを書いたら、こちらに上半身を向けてノートを見ていたハクラギが、俺の頬にそっと手を伸ばした。

「……どのくらい、痛むんだ?」

 え?

 …うーん。子どもの頃にたくさん酷い目に遭ったハクラギに、具体的な痛みの話はしたくないなぁ。

「私の昔のことは気にしなくていい。今のお前のことを聞かせてくれ」

 ——あれ?俺、今声に出てた?

 そんなわけないよね。失音の術は今日も元気に発動中だ。

 なんでわかったんだろう。

 首を傾げていると、少し笑ったハクラギが「いいから」と話の続きを促した。

 本人がそう言うのなら……、と似た痛みを記憶の中から拾い上げノートに書く。


『お腹に手を突っ込まれて、そのまま笑いながら中のものを引っ張り出された時の感じ?』


 聖界で、まだ無詠唱も使えなくて、ペナルティの対策もできてなかった頃。すごく変な奴に見つかってしまった俺は、しばらくの間捕まって色々と思い出したくないことをやられてしまった。お腹の掃除(物理)は、その中の一つだ。

 あれ痛かったなぁと思っていると、ハクラギは少しだけ驚いたように瞬きをした後、切なそうに目を細めた。 

 するり、と硬い手のひらが頬を撫でる。

「あぁ……、それは痛いな」

 その言葉で。

 俺は、ハクラギが俺と同じ痛みを知っているのだと、理解した。

 同時に、魔族としての本能とは別の場所で、なぜハクラギに惹かれてしまうのかも。

 場所も時代も違う中で、俺たちは同じ痛みを抱えていて。 

 こうして撫でてくれる手を、互いに待っていたのかもしれない。






 ちゃんと就寝用の衣服を着たハクラギが、狭いベッドの上で俺を抱え込む。

 はわー。幸せー。あったかいー。


 あの後、俺はペナルティ対策についての話をした。

 ハクラギの中には聖王が聖女に与えた力が存在している。聖王に吸収されずに残った、世界で最後の聖力だ。

 聖界は神界よりも界層としては下位だけど、それでも聖王は特別だから今の人界であっても力が押し負けるなんてことはない。なにしろ俺の眷属の中で一番強いイケオジ騎士を指の一振りで殺せるくらいには強い聖王が、直接与えた力の名残だ。

 聞けばハクラギのペナルティは、微妙な頭痛がする程度、らしい。なら逆に魔界で何か不利なのかと聞けば、そこは魔帝ノクルドの力があるから、こちらは完全ノーダメージ。なんというハイブリッド。これを知られたら、異界交配なんて良からぬことを考える輩がどの界層にも出てきそうだから、黙っておこう。

 さて、肝心のペナルティの緩和方法だけど。

 いたって簡単。接触があれば、それでいい。時間はかかるけど、皮膚同士を接触させてそこから直接俺がハクラギの中にある聖力を分けてもらう。

 時間を短縮したかったり、たくさん分けて欲しければ、粘膜の接触が効果的だ。つまり、…ベロチュー。こっちは「それは、ちょっとやめておこう」と、別に赤面とかもされずに真顔で断られた。悲しい。

 というわけで、時間がかかる方を選択した俺たちは、狭いベッドで抱き合っている。

 これはこれで、全然良いですね!!

 聖王は本当にクソだったけど、ハクラギの中にある聖力はとってもあったかい。俺、寒がりだから助かる。

 もっと堪能したいと思いつつ、先に自分の回復へと意識を向けた。

 まずはお腹を治しておこう。ペナルティで溶けた中身が尻から出るようなことになったら、俺の魔族としての尊厳がヤバい。

 魔族なのに聖力を受け入れられるなんて変に思われるかもしれないけど、俺は冥王であるパパ上の子どもだからね。あの世界はかなり特殊で色々とあるから、一見矛盾しそうなこともバランスが取れるようになっている。

 せっせとお腹を治して、人界に着いた時辺りの「胸焼けがする」くらいの感覚まで戻す。

 次に、酷い頭痛の治療。

 ハクラギは、ずっと真剣な顔で俺を見ていた。あんまり見ないで欲しい。特に頭を治す時は。

 とん、とハクラギの胸におでこを当てて彼から顔が見えないようにして意識を頭の中、その奥へと向ける。

 ずっと、声がしている。

 神々の、声だ。

 何かが根を張っているのが見える。まだ小さいそれは、キラキラと光っていて。人間の目には美しく映るんだろうけど、俺には魔界に住むキモい虫の巣よりも酷いものにしか見えなかった。

 信仰の、芽。

 洗脳、とも言う。

 体験して俺も初めてわかったんだけど、これは人間には避けようがない。芽が成長して頭の中がキラキラの根っこだらけになる頃には、中身はどうなっているのやら。想像しただけで気持ちが悪い。

 パンイチ拷問おじさん目の神人と接触した時に、直に植え付けられたんだろう。神以外のものがこれを植えられるなんて、知らなかった。

 信仰の芽は、その名の通り信仰を育てる『外部からの意識』の欠片だ。神々が人界での拠点となる国に住む権力者たちに、自ら植える。ちなみにこれも、聖界で得た情報。

 芽自体は独立してて自動運転みたいなものだから、ここで俺がそれを消滅させても神に気取られる心配はない。

 ただ、でもね。

 抜く時、絶対痛いんだよなぁ。

 いや、俺にもね。魔皇エルヴァイラの子としてのプライドがあるわけですよ。千歳以上も年下の子に、自分がガチで苦しんでる姿とか見られたくないわけで。でもこうやって触れる位置でないと、聖力を受け取れないわけで。

 なのでせめてもの抵抗として、顔を伏せてハクラギからは見えないようにしているのです。


 はー…、……やるか。

 

 キラキラしたキモい芽に、貰った聖力を少しずつ流し込んで枯らしていく。

 俺の意識の中で、ビョンビョン、と左右に揺れた芽が。

 脳を掻き混ぜるみたいに暴れ出した。


「……クロウ!?」

 俺の異変に気付いたハクラギが、胸に押し当てていた顔を上げさせる。こんなところで、そのナイス筋肉活かさないでもらっていい?なんてのんびり突っ込めたのは、それが最後。

 ごめんね、ハクラギ。

 ちょっと今、返事する余裕がない。そもそも声も出ないか。

 ハクラギの心配そうな顔がかっこいいから見ていたいんだけど、ほんと、いたくて。

 ……っ、…。

 反射的に目を閉じると何かに口を塞がれて、ヌルッとしたものが舌に触れた。

 あれ?これひょっとして。

 いや、今は治療を優先しよう。頭爆発して死んじゃう。

 マンドラゴラよりもよっぽどうるさい信仰の芽を「そいやっ!」と掴み上げる、もうちょい、もうちょい聖力ください。こいつ燃やしたいから。

 ……よっしゃ。——消えろ、信仰の芽。

 ゴウッ、と音を立てて忌々しい芽が燃え上がる。

 身体から力が抜けたのがわかったのか、俺の口から何かが離れていく。


 目を、開ける。

 

 そこには、少しだけ唇を濡らしたハクラギの顔があった。

 それはちょっとやめておこう、とか言ってたのに。俺が痛そうな顔をしたから。


「……ごめんね、ありがとう」

 

 本当に、何の意識もなくポツリと出た言葉。

 その声に、俺もハクラギも二人して目を丸くした。

 俺今、喋った!?

 ……あ、駄目だ。喉の圧迫感が元に戻った。

 まだ驚いている目の前のイケメンに、「もう喋れない」という意味で首を横に振る。

 「そうか」と答えたハクラギは、それでもホッとしたように俺を強く抱きしめてくれた。


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