第二話 拷問大好きパンイチおじさん
今度の『ヘッヘッヘッ』は、ごく普通の人間だった。
まぁ、人界だしね。
湖国スタフネルに放流したスリこと初代『ヘッヘッヘッ』は貧弱な身体をしていたけど、こっちはわりとマッチョだ。首から銀色のタグを下げている。その視線に気付いた『ヘッヘッヘッ』なマッチョこと略してヘッチョが、「お?これか?」と自慢げにタグを揺らした。
「プラチナランクだ。下手に暴れるなよ。なぁに、お互い気持ちよくなるだけさ」
何言ってんの、こいつ。
ていうか腕、離してほしいんだけど。ヘッチョ、爪とか汚いし。全体的に汚いし。汗臭いし。そもそもキモい。
連れ込まれた路地は、路地というかほぼ建物と建物の隙間のような狭い場所だった。通りの賑わいは聞こえてくるものの、瞬きくらいの時間で人間が消えても気付く者はいなさそうな、そんな所。
ペナルティで小さくなってるだろう犬でも呼ぶかと指先を持ち上げると、今までで最大級の頭痛が来た。
…、なん、だ、コレ。
近くに、何か…いる…。
気を取られた隙に、ヘッチョの手が俺の首元に伸びる。ビリッと音がして、兵服よりちょっと質がいいだけの上着が破り取られた。
お、俺の服ーー!!
人間、野蛮すぎる!!
「あん?なんだこの首の傷…。……そうか、お前喋れねぇのか。こいつは都合がいい」
ヘッチョが、またヘッヘッヘッと笑う。
その首筋に、鋭い剣の刃が当てられた。
俺の頭痛がさらに増す。
こいつだ、と確信した。
「弱い者を虐めるのはよくないな」
ヘッチョの背後に立つ人間。ハクラギと同じ、白銀の髪と濃い金色の目。
ただし、ハクラギよりは優男な印象の。
——勇者。
いや、こっちは神人か。
そこには、神に特別な力を授かった存在がいた。
神界と聖界が互いに人界に干渉していた頃。人界には、特別な存在とされる人間たちがいた。
聖霊に愛された、勇者と聖女。
神に愛された、神人と巫女。
役割は似たようなもので、人界の魔物退治の消耗品にされたり、たまに気まぐれで魔界に送り込まれたりする。魔界に来たところで、強烈なペナルティでまともに戦うことなんてできないのに。
聖界が消滅し人界から全ての勇者と聖女が消えた分、神人と巫女が増えたんだろう。
……なんでハクラギと同じ色をしているのかは、……多分俺の予想通りなんだろうな。
偽ハクラギって呼ぶのも嫌だから神人でいいか。突然の神人の登場に、何かのプラチナランクだというヘッチョが慌て始めた。「あ、あんたとやり合う気はねぇよ!」とか何とか言って、足を縺れさせながら逃げていく。結局、何のプラチナなのかわからないままだ。どうせ冒険者ランクとかだろう。
「怪我はないかい?」
剣を鞘に収めた神人がにこやかに話しかけてくる。
……嫌いなタイプだ。
さすが神に選ばれるだけのことはある。
あれらと、似た『におい』がする。本人は隠しているつもりだろうけど。
顔は全然違うとしても、ハクラギと同じ色で神っぽい中身とかやめてほしい。
神人は、清廉な印象の白の騎士服に白いマントを身につけていた。洗濯が大変そうだな。
身長は俺よりもちょっとだけ高い。白銀の髪は、短く刈られている。整った顔立ちはしているから、魔族の中には好む奴がいるかもしれない。
俺のすぐ近くで立ち止まり、破られて気の毒なことになっている服を見て、それから首元の傷を見た。
「それは……、そうか悪しき存在に声を封印されているのか」
……失音の術を知っている?いや、表面にある情報を読み取っただけだ。ママ上は強いから、自分の術を隠さない。魔術を使える者なら、俺の首の傷が『どういう効果のものなのか』くらいはすぐに読むことができる。だから魔皇国軍でハブられてたんだし。
優しい声を出してはいるけど、神人が俺を見る目には狩人の鋭さがあった。それも、かなり残酷な。
こいつはどっちのタイプだろう。逃げる獲物を好むのか、それとも懐いた獲物を嬲る方か。
どちらにしても、この街を落とすならこいつの情報は必要だ。逆に運が良かったと思うべきか。
俺はとりあえず、破れた服を片手で掻き集めて、首のところでギュッと握った。
視線は少し下向き。
何やら訳ありの超美青年が、不安そうにしてるぞー。表情死んでるからわかりづらいだろうけど、そこは動きで察してほしい。
さぁ、どう出る神人。
「安心して。僕は君の味方だ」
目が、ママ上の眷属の拷問大好きパンイチおじさんと同じ色をしている。「拷問する時に服が汚れるのは美しくない」とかいう理由でパンイチなおじさん、元気かな。あの人にも千年会ってないな。パンツは脱がないのかって聞いたら「それはマナー違反です」て叱られた思い出。
ゆっくりと神人が近付いてくる。首を隠すように服を握る俺の手に自身の手を重ね、そっと下げさせる。それからもう片方の手で俺の顎を掬い顔を上げさせると、パンイチおじさんの目をしたまま微笑んだ。
「僕はルミエル・ゲート。仲良くしてくれると、嬉しいな」
急激な眩暈と、頭痛。
頭の中に、何かが無理やり入ってくる。
本気でキツい。
ふらついた俺を、白い騎士服の腕が支える。
触れられたところがビリビリする。人間がここまでの神気を持つなんて、よっぽど気に入られてるんだろう。残念ながら、今の俺では勝ち目がない。自分でもびっくりするくらい雑魚だからね。
頭も痛いし、吐き気もするし。お腹も痛くなってきたな。
俺の具合の悪さを、無表情の仮面で必死で隠している怯えと勘違いしたのか。神人の目の奥が楽しそうに光り、
「ねぇ、君。もし良かったら——」
不意に、その眼差しを鋭く変えて俺から離れた。
惜しい。
もう少し刀が長かったら、肘から先を斬り落とせてたのに。……まぁ。さすがにこの一撃が、当てる気のないただの牽制だということくらいは、俺にもわかるけど。
グイ、と腕を引かれる。今日はよく腕を引かれる日だ。でもこの手は大歓迎。少しだけ頭の痛みがマシになった気さえする。
「これは……、驚いたな」
俺の視界はハクラギのパーフェクトボディで埋まってるから何も見えないけど、神人が驚いてるらしいのはしっかり伝わってきた。
わーい、ハクラギだー。迷子になってごめんね。
頭一つ分身長が違うから、胸板に顔を押し付けられてて結構苦しい。服が破れてるのを隠そうとしてくれてる?優しっ!好き!その優しさを守るためなら、俺は窒息し続ける!あ、匂い嗅いでおこう。……なんか本当に身体が楽になったな。ハクラギの中にある聖女パワーが神気を中和してくれているのかもしれない。
「神都に僕以外のエリシウムヴェイルの神人がいるなんて、知らなかった」
名前が長すぎる。覚えさせる気ないだろ。知ってる名前だけど。
エリシウムヴェイル。別に覚えなくてもいいけど、『神々の座』に席を持つ、最高位クラスの一柱だ。パパ上を冥界に閉じ込めた面子の一人でもある。
あのデカい像、こいつか。うーわ、俺との相性最悪だ。このペナルティにも納得。
神人の言葉に、ハクラギは何も返さなかった。それで逆に俺は気付く。
そうか、ハクラギは知らないんだっけ。エリシウムヴェイルの名前は魔界では聞くこともないし、神人なんて尚更だ。俺がやたら詳しいのも、聖界に長くいたせいだし。
となると説明が先だな。
俺は引き続き訳あり超美青年を演じながら、ハクラギのシャツの胸元をキュッと握ってフルフルと震えた。なお、俯いてるから見えないだけで無表情。シュールすぎるけど、表情筋が生き返ってくれないんだから仕方がない。
「——ク、……苦しかったか、すまない」
俺の名前を言いそうになって、念の為止めたな。ここは敵陣。今の時点で相手に無駄な情報を渡す必要はない。
ハクラギのこういう冷静な一面も、すごく好き。
それにしても頭上から聞こえるハクラギの声は最高だ。彼の胸に顔を埋めて、声を聞けるなんて。人界に来て良かった。もっと匂いを嗅ぎたいけど、あんまりやるとパンイチ拷問おじさんのこと言えなくなるからやめておく。
「僕は彼を助けてあげたのに、ひどいなぁ」
神人は明るい笑みを崩さず、軽い調子で肩をすくめた。
「そうか、それはすまなかった。今度改めて謝罪と礼をさせてくれ。今日は、この子の具合がよくなくてな」
フワリ、と身体が浮き上がる。お姫様抱っこ、…ではなく腰を腕に乗せる形でそのまま縦抱きにされた。いや、俺、超絶美形ではあるけど別に小柄でもなんでもない、男の体型なんですけど!?子ども扱い通り越えて、幼児扱いされてる!?ハクラギだから許してあげる!
「私はハクラギだ。『同じ色を持つ』者同士、仲良くしよう」
あ、言い方が上手い。神の名前とか神人が何なのかわからなくても、神人が何に驚いたのかは気付いていたみたいだ。街道で助けた女の子や、親切な兵の人たちもハクラギ見て驚いていたしね。
宿でもとって、そこで説明するとしよう。
「そうだね、…仲良くしよう。僕はルミエル・ゲート。この街で神人として、人々を魔物たちから守っている。いつもは大神殿にいるから、気軽に声をかけてもらえると嬉しいな」
人好きがする、とか、優しさに満ちた、とかそんな形容詞が付きそうな笑顔で告げた神人が「じゃあね」と去っていく。
その背が人の波に消えていったのを見届けて、ハクラギがポツリと呟いた。
「……気味の悪い男だ。目と態度がまるで合ってない」
ですよね!
ハクラギも、パンイチ拷問おじさんに会ってほしい。絶対に「この目だー!」ってなると思うから。




