第一話 人界で雑魚となる俺
魔皇国オブシディオンの城は、魔界で一番硬いと言われる『エクリプスコア』と呼ばれる鉱物を切り出して築造されている。
巨大な石の城は魔界の微かな明かりさえ全て吸い込むかのように黒く、荘厳で、皇国に住む者たちにとっても畏怖の対象だ。
俺に言わせると、自室のない実家だけど。
そんなちょっと複雑な気持ちがあるお城には、地下深くへと続く細く長い螺旋階段がある。円柱状にくり抜かれた空間の壁側に一段一段突き出すように設置されたそれは、どこまでも続いていて、終わりさえ見えない。
クリムゾン・ライン。
俺が千年前にママ上に突き落とされて聖界へと飛ばされた穴だ。
「……城に、こんな場所が……」
俺の後ろを歩くハクラギが、底のない穴を覗きながらぽつりと零す。この場所は外からの明かりも一切届かない、闇の中。だけど俺もハクラギも魔族の目を持つから、特に問題はない。人間は明かりがないと闇の中を歩けないと聞くので、なかなか不便な生き物だと思う。
俺は手ぶらで、ハクラギも腰に刀を佩いただけの軽装でひたすら降っていく。服は兵服よりはまぁマシだろう程度の布を使った『人間の冒険者』っぽい装い。役割は俺が魔術師でハクラギが剣士だ。人間は闇の中では歩けないけど、集団に混ざった異物を見抜く目は持っているから、その対策である。
——クリムゾン・ラインには、四つの境界が存在している。
境界ごとに別の界層へと通じるそれは、今は二つしか稼働していない。聖界は滅んだし、冥界は封じられてる。使えるのは、人界と神界へ通じる境界だけだ。
そんな便利なものがあるのなら、互いに自由に行き来して、とっくに全面戦争になっているのでは?と思うだろうけど、そうならない理由もちゃんとあるのでご安心を。
人界への境界は、クリムゾン・ラインの中でも一番浅い場所にある。昔一度だけ『体感しに』行ったことがある。人界へ行くのは聖界や神界へ行くよりも簡単だ。線を引いたように空中に浮かんでいる、赤い色の渦に飛び込めばいい。足を止め、螺旋階段から渦を見下ろした。
これから人界を征服しに行くっていうのに、見送りはいない。静かな旅立ちだ。俺はハクラギと二人きりになれるから、むしろいいけどね。そもそもこの場所を知るのが、俺とママ上くらいだし。
俺はハクラギを振り返ってノートを見せた。
『準備はいい?太陽ってめちゃくちゃ眩しいから気をつけてね』
俺の言葉(文字?)にハクラギは、少しだけ緊張した様子で頷いた。
……意思の疎通ができるのって、やっぱりいいな。もっと早くにノートを使っていれば良かった。
はい、って感じで手を差し出す。握って握って、とワキワキさせると、数秒躊躇った後にハクラギが俺の手を握った。
やったぜ。別に握らなくてもラインは越えられるし、同じ場所に着くんだけど、そんなの言わないとわからないしね。多分ハクラギは、こうしないと離れ離れになる、くらいは思ってるかもしれない。素直すぎて、心配。単純そうに見えて中身は最悪な年寄り魔族に喰われないといいけど。うん、俺だね、それ。
あれだけ『自分から誰かに触る』のが嫌だったのに、ハクラギ相手だと気にならないんだもんなぁ。恋とは不思議なものです。
硬い手をギュッと握り返して、階段から空中へと一歩を踏み出す。魔界に対して特に未練があるわけではないので、そのままよいしょと赤い渦へと飛び込んだ。
光が俺たちを包み込む。
ママ上が欲しがっている、太陽だ。
いつか俺が、贈ってあげよう。
柔らかい地面の上に、着地した。
目が慣れるのに、いくらか時間がかかる。網膜を焼く、陽の光。月の下でしか生きられないナイトウォーカーというわけではないので、痛いとか熱いとかはないけど、とにかく眩しい。
ゆっくりと目を開けた。
視界に飛び込んでくる、彩のある世界。
足元の草、周囲の木々、空の青。
頬を撫でる優しい風、戦うすべを持たない小さな鳥たちの声。
——人界。
ハクラギのお母さんの故郷でもある。
「……これが……」
ハクラギが呆然と周囲を眺めている。可愛い。若いって、いいね。
年寄りは「そろそろ来るな」っていう感想しかない。……っと、来たな。
俺がそう思うと同時に、ハクラギが何かに耐えるように眉根を寄せた。彼自身もここに来る前の知識として、おそらく聞いているだろう。
ペナルティ、だ。
界層を超えた者全てに課せられる、不可避の圧。
まず、体調がちょっと風邪を引いたような怠さになる。数日ならいいけど、ずっと続くとそれだけで、結構なストレスになる。
それから、これが一番重要なんだけど。
……かなり弱体化する。
魔界にいた頃は無限に近かった魔力に上限が生まれ、術の威力も格段に落ちる。武器は切れ味を失い、魔族らしい身体能力も当然ながら落ちる。
これはそれぞれの界層に満ちる、界気のせいだ。
空気とはちょっと違う、見えない力というか。そんな感じのものが存在していて。普段は感じないけど、別の界に移動するとまるで免疫みたいに異物に作用する。
これが、互いに界を好き勝手行き来できない理由。
俺たちは、自分が住む世界以外の場所に行くと、とんでもなく弱くなるのである。
しかも今の人界、俺が試しに来た時よりもペナルティがだいぶ強い。前は聖界と神界が信仰を利用し半分ずつ人界へ干渉して、界気を自分たちに有利な方に染めてる感じではあったけど。それでももう少し人界としての力が、ちゃんとあったはずだ。なのに、今はそれをまったく感じない。周囲を探った限りじゃ、聖界よりさらに上位の神界の気で人界の気が消えてしまってる。……いや、うまく混ざってるんだ。人界の気と。
ママ上が俺の補佐にハクラギをつけたのもこれが理由か、と納得する。
人間と魔族のハーフであるハクラギは、人界でペナルティを受けても純魔族ほどの負担にはならない。
だけど、俺は。
「……クロウ?」
自身の身体の動きを確かめていたハクラギの、握ったままだった手を俺は目一杯の力で引いた。
「クロウ?」
だけど、ハクラギはびくともしない。
あー、やっぱりー。
説明しないといけないから手を離して、ノートに書く。
『神界の干渉が増して、魔族へのペナルティが強くなってる。今の俺は、ハクラギより弱い』
ハクラギが「えっ!?」って顔をした。
そうなのだよ、ハクラギくん。
なんなら体調も悪い、雑魚となった俺。
聖界でこれ経験しといて良かった。魔族は強さで自己肯定してる面があるから、かなり凹むんだよね。
ペナルティを受ける側にも一つだけメリットがあるから、わざわざここにいるんだとしても。
——弱体化するくらいの界気に包まれるから、自分からバラさない限りは異界の者だとは気付かれない。
それはこっそり侵入する側としては、ペナルティと釣り合うだけのアドバンテージだ。
頼りにしている、とノートに書くと、真面目な顔をしたハクラギが俺の前に片膝をついた。
「お任せください。必ずや、お守りいたします」
かっこいいけどいつものハクラギに戻ってほしいので、『それ今度やったら、魔界に送り返す』と書いて見せる。渋々立ち上がったハクラギは、「わかった」といつもの口調で返してくれた。
とは言え俺だって、雑魚になるのがわかってて無策で人界に来たわけじゃない。色々準備も済ませてきている。
とりあえず、予定していた最初の目的地に向かうことにしよう。
人界のどこに出るかの座標は、わりと好きにできる。今回は、とある都市近くの森の中に設定していた。
木々を掻き分けて歩くハクラギが「クロウ、見ろ、花に目がない。あっちはきっと食べられる実だ。取ってきてあげよう」と、はしゃいでいる。なんて可愛いんだ、俺のハクラギは。聖界は丸ごと灼熱にしちゃったけど、人界はできるだけ残しておこう。……なるほど、だからママ上は俺に「滅ぼしてこい」じゃなくて「征服してこい」って言ったのか。俺の性格をよくわかっている人だ。
木になっていた赤い実を二つ取ったハクラギが、一つを俺に渡してくれる。
「林檎だ。人界の林檎には顔がついていないんだな」
ほんとだ。魔界の林檎は赤い表面に顔がついてて、哲学的な問いかけをしてきてうるさいんだけど、人界のは静か。良い匂いもする。隣で丸齧りしているハクラギに倣ってカシュリと齧りつくと、口から零れるくらいの汁が出た。
「ははっ、人界の林檎は瑞々しいな」
笑うハクラギの指が、俺の口の端から流れた汁を掬い取る。あ、その指ペロッて舐めるんだ……。かっこよ。ガン見しとこ。
さっきまで子どもみたいだったのに、急にエロ兄貴みたいになるのズルい。これで本人無自覚なあたりが、魔族と聖女のハーフらしいなと思う。
悪い虫が寄って来ないように、俺がちゃんと見張っておかなければ。一番の悪い虫は俺?俺はいいの。だってハクラギは、俺のものになる予定なんだから。
むん、と気合を入れたところで、どこからか声が聞こえてきた。
複数の人間の怒号や叫びだ。誰かが戦っている。
ハクラギと顔を見合わせて、「一応見に行ってみよう」という結論になった。別に慌てて駆けつけたりはしない。生死を気にかけるほど、俺もハクラギも人間に対する情はないから。
林檎を食べ終わる頃になって、それは見えてきた。
森を出た街道を塞ぐように、人間たちが戦っている。相手は…、あぁ、はいはい。『魔物』だ。神界と聖界が『魔界の者たちを模して創った化け物』たちの総称。人界の下にある魔界から悪い魔族たちが人々を苦しめるために送り込んでいる、という設定まで用意されている。
ママ上が言うには、人間の信仰心を餌にして無限湧きしてるんだって。神や聖霊への信仰によって授かった力を、魔物退治に使う。それによって更に信仰が高まり、また別の魔物が生まれる。えげつない永久機関。
人間と戦っている魔物は、魔界だと『黒ゴブリン』と呼ばれている小鬼の上位種だった。馬車を襲っているらしく、護衛らしき兵たちを皆殺しにして中から人間を引き摺りだしている。白い装束を着た女の子だ。
うーん。聖女の血を引くハクラギの精神安定のために、似たような見た目の女の子は助けておこう。
無詠唱で放たれた火炎が、ヒョロヒョロと飛んでいく。やだ〜、あんな雑魚火、ハクラギに見られたくない〜。
一匹の黒ゴブリンの背に着弾した火が、腰布しか巻いてない黒い身体を包み込む。俺の動きを見て、人間を助ける、という判断をしたらしいハクラギが抜刀して走り出した。走るハクラギもかっこいいけど、本来の彼なら判断した瞬間に黒ゴブリン程度ならどれだけ数がいても一瞬で始末しているので、やっぱりある程度は弱体化してるんだろう。これは人界征服、時間がかかりそうだ。俺は全然良いんだけどね。一万年とかかかってもいいくらい。
俺がのんびり歩いている間に、ハクラギは全ての黒ゴブリンたちを片付けていた。血振りをした刀を鞘にしまう動きが良すぎる。あれ見たいから、もう一回黒ゴブリン出てきて欲しい。
「大丈夫か?」
そしてハクラギは、いつでも優しかった。黒ゴブリンに髪を掴まれ引き摺られていた白装束の女の子が、ハクラギを見て驚いた顔をしてから、差し出された手を取り立ち上がる。
おぉ、すごいぞ彼女。ハクラギを見ても頬を染めたりしてない。俺の中で好感度が爆上がりだ。もしちょっとでもその気がある素振りを見せてたら、この状態で放置して置き去りにしてるところだった。
人間は見た目通りの年齢のはずだから、多分15から20歳辺り。肩まで伸ばした明るい茶色の髪に、鳶色の瞳。人間に、よくいる色合い。
ハクラギと俺に礼を言ってくれた女の子はターシャと名乗り、この先にある神都に住む巫女の一人だと教えてくれた。
「……地方の村へ祈りを捧げに行った帰りだったのです。護衛の方たちには申し訳ないことをしてしまいました……」
俺は別にどうでも良かったけど『そうしないと』人間は奇異な目を向けるので、戦闘で死んだ護衛だったらしい人間たちを汚れていない場所に寝かせて、衣服を整えておく。黒ゴブリンたちは適当に重ねておいた。
「巫女殿!ご無事ですか!」
遠くに見える街の方から、馬に乗った兵たちが駆けてくる。
人数は五人。あんまり質が良くない革の鎧を身に付けている。腰に佩いた剣は、一般的な両刃の長剣。見た目から判断できる年齢はバラバラで、地位も高くなさそうだ。ごく普通の、街を警備する兵、という感じだろう。
「街に逃げ込んで来た者から、あなたの馬車が魔物に襲われていると聞いて駆けつけたのですが……」
先頭にいた兵が、ハクラギを見て何故かやっぱり驚いた顔をする。その視界に入るように、女の子が兵の前に立った。
「こちらのお二方に助けていただきました。残念ながら護衛の方たちは……」
女の子の視線に誘導されて、兵たちが並べられた遺体と俺がジェンガみたいに積んでしまった黒ゴブリンを見る。
「…あれは黒ゴブリン……!あのような凶悪な魔物が、何故こんな街道に…!」
呼び方は一緒なのか。何者かの意図を感じるな。何者っていうか、上位存在の。
しかし黒ゴブリン、人界だとそんな扱いなんだ。魔界じゃ若い魔族たちの術の的になってたりする気の毒な種族なのに。
馬から降りた兵が、馬上の兵二人に馬車を持ってくるように告げ、残りで護衛たちと黒ゴブリンを検分する。それからようやく俺たちの方へと顔を向けた。
「お二人は冒険者か。我らが神都サンクトリアへようこそ。神託の伝達者であられる巫女殿を助けていただいた礼を申し上げる」
神都。
巫女。
……あー、なんか嫌な予感がするなぁ、と思う。俺の勘は結構当たるんだ。
「こちらこそ、助けるのが遅くなり申し訳ない。だが彼女だけでも間に合ってよかった」
ハクラギが良い感じの返しをしてくれる。さすが人望の塊、魔皇国軍最高指揮官殿である。こんなイケメンにキラキラしながら「間に合って良かった」なんて言われたら、全面的に信じちゃうよ。実際は、見に行ってみようか、くらいの感じで林檎を食べながらのんびり歩いていたのに。助けるのが遅くなったのは事実だから、嘘ではないよね。
案の定、ハクラギの言葉は兵たちの信用度を上げたらしく、多少はあっただろう警戒心がゼロになったのがわかった。
「なんだ、今から神都に行くところだったのか?なら、この許可証を見せるといい。これがあれば名前を書くだけで中に入ることができる」
何それ、助かる。良い人たちだ。
先頭の兵の人は、ちゃんと俺の分もくれた。一言も喋ってない、隅っこにいるだけの俺なのに。
「あんたもそうだが……お連れさんもこれまた、ちょっと見かけないレベルの美人だな。慣れっこかもしれないが冒険者ギルドに行くなら、対策くらいはした方がいいぞ。あそこの連中は、なんていうか…野蛮でな。俺たちも手を焼いてる」
「忠告感謝する。覚えておこう」
どうやら、ここでも美しすぎるらしい俺たち。
女の子のことは兵たちに任せて、先に進むことにする。ちなみに黒ゴブリンについては「報奨金は必要ない。そちらで処理してくれ」とハクラギが言ったらすごく喜んでいた。めちゃくちゃ懐が潤うんだと思う。良かったね。先頭にいた兵の人が、お礼だと薬草とかいっぱいくれた。良い人たちだ。もし今後何か困っていたら、助けてあげるとしよう。
さて。
では、向かおうか。
俺が知る限りでは『聖都』だったはずの。
『神都』サンクトリアへ。
…………。
あーね。
なるほどー。
そう来たかー。
俺は人間たちで賑わう街を見ながら、なぜ人界がこれほどに神界の干渉を受け魔族へのペナルティを増大させているのかを、知るに至っていた。
都市の外壁を囲むように流れている水路は清らかで、魔除けの術が施されていた。
大きな門の前では、商人や旅人、冒険者といった人間ならではの多様な業種の者が並び、手続きをしている。長く伸びているのは荷物検査の列だ。細かくチェックされるらしく、遅々として進んでいない。
そんな中俺とハクラギは、兵の人にもらった通行証を見せて名前を記載しただけで行列を飛ばして中に入ることができた。お得感がすごい。俺の心の中であの人たちへの加点が止まらない。
余談だけど、名前は本名を記載した。「魔族は本名知られると…!」なんていう設定は特にないし。差し出された用紙に名前を書くと何か術がかけられていたらしく、「よし、本名だな。通ってよし」と言われた。茶目っ気出して偽名にしなくてよかった。例えば、クロウ・リンフォード、とか。
中に入ると、まず大きな像が目に入った。その前を通る人たちが皆、像に手を合わせていく。カーテン巻いたみたいな服を着て、背中に羽を生やしている真っ白な像。神族だ。冒頭の台詞は、これを見た俺の感想である。
こういうの、なんで言うんだっけ。
漁夫の利?
つまり、聖界が滅んだことにより、神界が人界の全てを掌握したわけだ。それまで聖界と折半していた人間の信仰心を、これ幸いと独り占めして。
——記憶と歴史の改竄までして。
「資料には聖都サンクトリア、とあったが……」
少し前までの俺の疑問をハクラギが口にする。さらさらとノートに書いて教えてあげると、ものすごく嫌そうな顔をしていた。わかる。やってること、キモいよね。
人間からの信仰心があるからって、やりたい放題だな。俺にはない発想だ。
……そう、この信仰心。
魔物についてのところでも説明したけど、ほんと厄介なやつで。
人間は強くもないし、長生きでもない。だけどその代わりに魂がめちゃくちゃ柔軟でしぶとい生き物なのである。
なんと彼らは、死んでも数百年したら違う肉体を得てまた復活する。輪廻転生、というらしい。
死んでも終わりじゃないとか怖すぎる。殺してもたった数百年で再登場するわけでしょ?どういう仕組みなの?
しかも彼らは転生する中で、自身が信仰する存在のもとで魂が清められると信じている。そうして罪が洗い流されることで記憶がリセットされて、再び人界に生まれ変わるのだ、と。
……実際上位存在のもとで何されてるか知ったら、発狂するんじゃないかな。まぁ、だから『記憶がリセット』されるんだろうけど。
ともあれ四界の中で最も便利な魂を持つ人間は、昔から神界や聖界の連中から恰好のオモチャ扱いをされていた。連中は人間に知恵や力を与えることで信仰を得て、時間をかけ自分たちの都合の良いように人界そのものを変えていった。
人間が使う魔術も、その一つだ。
「つまり神族や聖霊たちは、人間に信仰させることでその魂に干渉し、力を与える名目で好きなよう使い倒してきた、と」
ざっくり言えば、そんな感じだ。
「聖界の滅びを利用して、人界を歴史ごと作り変えるとは……おぞましい所業だな」
この世界で起きていることを理解したハクラギの、汚い物を見る目がかっこいい。
『聖都』サンクトリアは。
人間の歴史から抹消され、初めから『神都』サンクトリアであることになっていた。
これは像の前に設置されていた石碑に書かれていた内容から、わかったことだ。
四角い石碑には、
慈悲深き神々は、人々に叡智を授けられた。
神都サンクトリアは、最初の信仰の地である。
神々のみが、我らをお導きくださる。
罪深き者よ、神を崇め奉りたもう。
さすれば死して後、我らは楽園にて清められん。
と書かれていた。
……知らないと言うのは、幸せである。
上位存在は、強さと美を求め闘争に明け暮れる魔族とは違い、弱い者を使って安全な場所から遊ぶのが大好きだ。……こう書くと、改めてクソ感がすごいな。
ただ人間側から見れば、悪いことばかりでもない。
知らずにいれば、上位存在は危険な魔物から身を守る魔術を授けてくれるありがたい存在だ。
たとえ自分たちの世界が、神々を楽しませるためだけに造られた偽りの箱庭だったとしても。
自己主張が強い神の像の前を通り過ぎ、街中へと向かう。親切な兵の人たちは冒険者ギルドの話をしてくれたけど、俺もハクラギも冒険者っぽい服装をしているだけの侵略者なので行くつもりはなかった。こんなイケメンと美青年が顔を出してトラブルにならないわけがない。
向かっているのは、敵陣ど真ん中と言っても過言ではない、大神殿である。なお、歴史が改竄される前は、大聖堂だった。
進むにつれて、神気が増していくのがわかる。何故ならゲロりそうだから。あの像の奴、結構高位の神だな。デカすぎて顔とかよく見えなかったけど。
あー、気持ち悪……。聖界に飛ばされた直後を思い出す。前知識なしで弱体化と身体の不調を喰らったあの時に比べれば、気持ち的にはマシだけど。
頭が痛くなってきた。これ、俺で良かったな。ハクラギがこんな目に遭ってたら、速攻で魔界に送り返してた。
——…、っ。
フラッとなった瞬間、人混みに押される。
ちょっと目を閉じていただけなのに、あっという間にハクラギと離されてしまった。
……千歳超えて迷子とか、マジか。
声出ないから呼べないし。
一回ゲロってから考えようかな……。
とりあえず通りの壁際に寄ってみる。
少しだけ視線を下げたところで、手を背後から掴まれ、細い路地へと引っ張り込まれた。
「ヘッヘッヘッ、こいつは上玉だ」
……『ヘッヘッヘッ』ってさ。各街に一人いないといけない決まりとかあるの?




