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ミッドナイト・フォーチュンテラー  作者: 藍内 射尾
夕立の分岐点

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アミュレットショップ

 日曜日の光が丘公園。

 空は予報通りのどんよりとした曇天だったけれど、雨が降っていないせいか、広場は多くの家族連れや学生たちで賑わっていた。


「晶くん、準備はいい? 私のところはもう始めるわよ」

 隣のブースで、エミさんが手慣れた手つきで革製品を並べていた。彼女が仕立てたバッグや財布は、曇り空の下でも鈍い光沢を放ち、プロの風格を漂わせている。


「はい。……こっちも、なんとか」

 僕は藍色の布を敷いたトランクの上に、自作の「おまじないグッズ」を整然と並べた。

 看板には、手書きでこう記した。

 ――『整理屋の小さな護符店:あなたの心に、ほんの少しの隙間を』


「……ねえ、晶くん。これ、何が違うの?」

 店番を手伝ってくれている優子ちゃんが、並んだアイテムを不思議そうに指さした。

 ルーンを刻んだ石、ハーブが詰まった小瓶、真鍮製のチャーム……。


 通りがかりの女子中学生の二人組も、足を止めて興味深そうにこちらを覗いている。僕は、手元でローズクォーツのルーンを弄びながら、静かに語り始めた。


「……そうですね。日本のお守りで例えると、わかりやすいかもしれません」


 僕はまず、金属プレートのペンダントを手に取った。

「このアミュレットは、『無病息災』や『交通安全』みたいなものです。毎日身につけて、災いから自分を守ってもらうための盾。……受動的な守護ですね」


 次に、ハーブや石が詰まった布袋、タリスマンを指す。

「対して、こっちのタリスマンは『学業成就』や『合格祈願』に近い。特定の願いを叶えるために、積極的に力を引き寄せるためのブースターです。……何かを成し遂げたい時に、持ち歩くもの」


「じゃあ、この石は……?」

 女子中学生の一人が、タイガーアイに彫られたルーン根付けに手を伸ばした。


「それはルーン。北欧の古い文字です。文字そのものに意味があるから、守護にも願望実現にも使える万能型かな。……でも、僕のおすすめは、時々石に触れて、刻まれた文字の意味を思い出すこと。それは『外からの力』じゃなくて、自分の中に眠っている答えを再確認するための、心のスイッチになるから」


「……心の、スイッチ」

 優子ちゃんが、僕の言葉を呟くように繰り返した。


「ちなみに、このホワイトセージの小瓶は、神社の清め塩みたいなものです。父さんの喫茶店の仕入れルートから分けてもらった高品質なハーブなので、香りを嗅ぐだけで頭の中の│ノイズ《雑念》が少し消えますよ」


「へぇー、面白い! 晶くん、これ一個ちょうだい。……あ、占いもやってるの?」


 中学生たちが楽しげに小銭を取り出し、おまけの「ルーン一枚引き」に一喜一憂している。

 賑やかなブースの片隅で、優子ちゃんは先ほど僕が説明した『タリスマン』を、じっと見つめていた。


「……ねえ、晶くん。特定の願いが……『消えたい』とか、そういう悪いものだったとしても、タリスマンは力を貸してくれるのかな」


 雑踏の喧騒を切り裂くような、静かな問いだった。



 雑踏の喧騒が、その一瞬だけ遠のいた気がした。

 優子ちゃんは、僕が作ったタリスマンの小袋を見つめたまま、動かない。


 僕は隣のブースで接客しているエミさんの様子を伺い、それからゆっくりとトランクの奥から、まだ加工前の二つの天然石を取り出した。

 淡い桃色のローズクォーツと、深い夜空のような群青に金粉が散るラピスラズリ。


「優子ちゃん。……石にはね、それぞれ『器』があるんだ」

 僕は彼女の視線を誘導するように、二つの石を藍色の布の上に置いた。


「この薄桃色の石、ローズクォーツは……自己愛と受容の石と言われている。他人を愛するためじゃなくて、自分を大切にすることを思い出すためのもの。……たとえ自分を嫌いになっても、この石の色だけは、優子ちゃんを否定しない。ただ、そこにいて『それでいいんだよ』って、心のささくれを撫でてくれるんだ」


 優子ちゃんの手が、吸い寄せられるようにローズクォーツに触れた。

「……柔らかい色。……私を、否定しない」


「そして、こっちの青い石、ラピスラズリは真実の石。……怖くても、自分の本当の声を聞く勇気をくれる。消えたい、という願いの奥に、もし『本当は誰かに見つけてほしい』という叫びが隠れているなら、それを暴いてしまうかもしれないけれど……」


 僕はローズクォーツに、あるルーンを一文字だけ刻んだ根付けを彼女の手に握らせた。

「今の優子ちゃんには、こっち。……Berkanaベルカナのルーンだよ。意味は『誕生』や『成長』。でも、新しいことを始めろって意味じゃない。……ただ、冬の木々が春を待つように、今は静かに自分を休ませてあげて、っていうお守りだ」


「……お守り」


「これは売り物じゃない。店番のお礼。……消えるための魔法じゃなくて、次に進むための『ゆとり』を、この石に預けておいて」


 優子ちゃんは石のひんやりとした感触を確かめるように、強く、強く握りしめた。

 彼女の瞳に溜まっていた暗い濁りが、涙となって零れ落ちることはなかったけれど、代わりに深い呼吸が、彼女の胸を小さく押し上げた。


 やがて、フリマの終了を告げるアナウンスが公園に響き渡る。

 片付けを始めた僕の横で、優子ちゃんは僕のブースに置いてあった一枚の名刺を手に取った。

 『整理屋』の肩書きと、僕の連絡先が書かれた素っ気ないカード。


「……晶くん。これ、もらってもいい?」


「ああ。……何かあった?」


「……ううん。ただ、予約。……来週の放課後、学校の図書室か屋上で。……カルラちゃんと一緒に、私の相談、乗ってくれる?」


 彼女の言葉は、消え入りそうなほど細かったけれど、先ほどの「空白」とは違う、確かな意志が宿っていた。


「……わかった。カルラには僕から伝えておくよ」


「……ありがとう。……じゃあ、また学校で」


 ルーンの根付けをポケットに大切にしまい込み、優子ちゃんは人混みの中へ消えていった。

 雲の切れ間から、一筋の光が濡れたアスファルトを照らし始める。


 整理屋の仕事は、まだ終わらない。

 来週、彼女がどんな「物語」を僕たちに差し出すのか。

 僕はトランクを閉め、重たくなったそれを持ち上げた。


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