トラウマ
「お父様!アインを私の専属にしてください!」
アインからの了承を得て、まず真っ先に向かったのはもちろん、お父様のところ。
「わかったよ。アイン、お前はこれからクロスの訓練を受けてもらう。厳しいだろうが、やりきれ。ルルラティアのために自分が使える人間であると証明してみろ」
「もちろん、わかっております。ありがとうございます。旦那様」
そういって、アインはクロスと共に部屋を後にした。
クロスとは、辺境侯爵家がもつ影のリーダーである。
隠密行動に長け、誰よりも頭が切れる。さらには変装術が凄まじく、いろいろな顔を持つ彼は、家の諜報員としてとても重宝している。
時に護衛として、時に側仕えとして、時に商人として。さまざまな顔のクロスを見るのは密かな楽しみになっている。
「クロスには、1週間で使えるようにしておけと伝えている。1週間だけ待っていてくれるかい?」
「わかりましたわ。・・・今日は、このままお父様と一緒にいてもいいですか?」
今日の夢は最悪だった。
時折、夜でも昼でも関係なしに、誘拐された時の夢をみる。
あの時のことは私の中に確かなトラウマを植え付けており、起きた時や、暗闇にいると、パニックになってしまうほどだ。
「いつまでもいていいんだよ。なんなら、今日は一緒に寝るかい?」
「本当ですか!今日はお父様と寝ます!」
嬉しさで舞い上がり、少し頭がくらつく。
「はしゃぎすぎ注意だよ。熱を出したらそれこそ大問題だ。少し眠るといい」
お母様の体質を受け継ぎ、体が弱く、体調を崩しやすいため、はしゃぎすぎてもあとが辛くなる。
お父様の膝の上で、頭を撫でられていると、湧き出る眠気に抗えず、誘われるままに夢の中へ落ちる。
寝たか。
トラウマとして深くまで傷つけられた娘。さて、王家にどう償ってもらおうか。
いっそのこと、独立でもしてやろうか。
「ヴァール、ブランケットを持ってきてもらってもいいか。」
辺境侯爵家の侍従頭であり、俺の右腕のヴァールは父上の代から仕えてくれている。
俺にとっては、亡くなった妻のシエラ、そして、シエラとの宝物であるセイヴェルとルルラティア以外は正直どうでもいいが、使えるものは大事に使っていく。
「お嬢様、寝てしまわれたのですね。お昼だろうが、夜だろうが、よく夢を見ては、うなされていると報告が入っております。」
「ああ。王家に盛大に苦情を入れさせもらうつもりだ。これからしばらく、王家への納品の数を減らせ」
それだけでデカい打撃になるだろう。
我が領で生産されている甜菜糖は、王家で重宝されている。そこをまず減らしていく。
これはスタートでしかないが、せいぜい後悔するがいい。
伝えてはいないが、ルルを婚約者の座に収めてもいいというふざけたことを抜かす王家は、いっそのこと潰れるべきな気もするが、そんなことをする時間があるなら、娘のために使おう。
「・・・いや・・・助けて・・」
「もう大丈夫だ。父様がいるから、安心して眠りなさい。」
うなされている娘を抱き直し、自身のベッドに寝かせる。
頭を撫でてやればうなされていた顔が柔らかく綻ぶ。
「ルル、またうなされてる。」
「お前たち、今すぐベッドから降りろ。」
ルルがうなされているのに勘づいて出てきた精霊どもに釘をさす。
動物だろうが、女の見た目の精霊だろうが関係ない。常に娘の周りをうろちょろしてきたこいつらは、偉大な高位精霊ではあるが、ウザい対照であることに変わりはない。
「あーあ、レイファードに怒られちゃった。」
「ま、レイファードのとこにいれば、大丈夫でしょう。」
「いくわよ、ラス。私は怪我をしたくないわ。」
流石に手は出さん。心外な。
「シエラ・・・。シエラが生きていたら、こんなことにはならなかったのだろうか。私が、この子を隠しすぎたのだろうか」
愛する妻に問いかけるが、もちろん返事は帰ってこない。




