死よ。絶望を刻め!
囚われていたレギの逆襲が始まる!
暗殺者のオルダーナは通路を音もなく駆けて行き、すぐに暗闇の中に姿を消した。
今居る場所は一階の奥まった場所にある一本道の通路で、そこから先へと続く通路を進むと曲がり角があり、そのさらに先に丁字路があった。
右側の通路から異変に気づいた兵士たちが、角灯を手にして現れた。
「貴様ら! いったいなにも……」
何者だと問おうとした兵士が大剣で腹を貫かれ、宙に浮き上がった。幽鬼兵となったシグンは生前よりも怪力になったらしく、鎧を身に着けた兵士を軽々と大剣で持ち上げると、石床に叩きつけるように死体を投げ捨てた。
部屋の中から通路に出て来た三人の兵士は、二体の幽鬼兵にあっさりと命を奪われた。
魔人の幽鬼兵が近くの部屋に飛び込んで長剣を振るうと、一瞬で兵士は腕と首を失って倒れ込む。
砦の中はあっと言う間に戦場となった。
暗闇を照らす角灯や松明が焚かれ、ところどころで戦いの音が鳴り響いた。
オルダーナは二階へ向かったらしく、彼女もまた次々に新たな死体を作り出していった。
「死を刻まれし者共よ。汝らの主の声を聞け、我は汝らの王。汝らを所有する者なり。死は汝らに力を与え、我の剣となる事を命ずる。
蘇りて生を刈り取れ。生けるものの魂は我が供物なり」
俺の口から吐き出された呪いの言霊は砦の中に響き渡った。
ただしそれは生者には聴こえず、死を与えられた者にだけ聴こえる呪言なのだ。
この領域の支配者である者の呼びかけによって、死んだ兵士たちはたちどころに蘇り、近くに居る生者に襲いかかった。
あらゆる場所から悲鳴が鳴り響き、俺はその間に自分の装備品の回収に向かう事にした。
死霊となった者たちの記憶から保管場所を読み取ると、そちらに向かいつつ、出会ったレファルタ教教徒を死王の魔剣で殺していった。
ディオダルキスとシグンを砦の出口に配置させ、一人たりともこの場から逃げ出さぬようにしておいた。
通路を進んでいると、曲がり角から松明を持った数人の兵士たちがこちらに向かって来るのが見えた。
俺は魔眼の暗視を使っているので、明かりを持つ必要が無く、暗闇の中に溶け込む事ができた。
前方から来る四人の兵士を狙って風の刃を放つと、通路に突風が吹き抜けた。
七、八発の風の刃が乱雑に飛んだ通路に、大きな刃が通過した跡が残された。
それは石の壁を傷つけ、通路を歩いていた兵士たちの鎧を切り裂き、防具を身に着けていない無防備な部分を切断した。
暗闇の通路を先へ進むと、通路に四人の死体が転がっていて、酷い死体になると引き裂かれた腹部から内臓がこぼれ落ちていた。
死体を跨いで先にある部屋に辿り着くと、暗い部屋の片隅に置かれた防具と神殺しの魔剣を回収し、それを影の倉庫にしまい込んだ。
あとはこの砦に居る連中を皆殺しにするだけだ。
そう思うと、怨霊の意思はすぐに通路に戻ろうとする。
すでに多くの兵士が死を迎え、死霊となっているのが死導者の霊核を伝って認識できるが、もっと多くの者を自らの手で殺害したいという欲求に似たものが、憎悪と共に俺の中にあふれてくるのを感じる。
(まあ落ち着こう)
憎悪を滾らせながらも、まずは引き裂かれた肌着や血に濡れた衣服を脱ぎ、暖炉の中にそれを放り込むと、新しい着替えを影の中から取り出した。黒い厚手の上着の上に茶色い毛皮の防寒具を羽織ると、取り戻した赤鉄印章を首から下げ、革の手袋を手に嵌めた。
(さあ、奴らを殺しに行こうじゃないか)
そう考えながら死霊の視野を把握すると、すでに砦の中に居た兵士の大半が死亡したと思われた。──だが近くで、まだ戦っている者が居る。
魔法を駆使する女神官と、バルザーという巨漢の戦士。そして護衛らしき二人の兵士が通路で戦っている姿が、彼らを取り囲んでいる死霊の視点で確認できた。
あの大男の姿を視認した俺の中で、強烈な怒りや憎しみが膨れ上がるのを感じた。さらにそこにディオダルキスの呪われた憎悪の力が加わると、体の骨が軋む音が聴こえた気がした。
疲労困憊かと思えた体にこれほどの力が残っていたのかと、自分でも驚かされる。
魔剣の柄を握る手に力が込められ、今すぐにでも奴らをこの刃の餌食にしてやろうと、俺の歩調はどろどろした殺意とは裏腹に軽やかなものになっていた。
石の床を音もなく進み、丁字路を進んで遠回りするようにして四人に接近する。
奴らを取り囲んでいる死霊となった兵士たちが倒されていき、片方の通路に居る死霊兵士がすべて倒されると、俺は死角から近づいて行った。
暗闇に紛れて奴らの背後から接近すると、死霊に剣を向けているバルザーと二人の兵士の背後で、女神官が杖を手に立っているところへ近づく。
おそらく魔法で援護しようとして、うまく魔法が行使できなかったのだろう。困惑した様子で杖を振っている。
この女に片目をえぐられた事を思い出すと殺意が大きく燃え上がり、その衝動は即座に行動に移された。
抑えきれない殺気に感づかれたようで、音を殺して接近していた俺の存在に気づくと、女は振り返った──が、その行動は遅かった。
振り向いた瞬間、俺の手にした魔剣が女の心臓を貫き、背中から血の付いた刃が突き出されたのだ。
「ぅぁっ……!」
声を発しようとして声が出せなかったようだ。俺に胸を貫かれた彼女は、驚愕と怒りを滲ませた表情で俺を睨みながら、ずるすると崩れ落ちていった。
剣を引き抜くと、女神官は冷たい床に音を立てて倒れ込む。
(おやすみ、くそ女)
俺の意識はそんな言葉を思い浮かべながら凶悪な笑みを浮かべ、こちらを振り返った三人の男たちと対峙した。
復讐を果たすその歓びは、狂気となって血を駆け巡る。
「きさまァ……!」
バルザーは大振りの剣を構えながら、燃え上がるような殺意を目に宿してこちらを睨みつける。
「やはり殺しておくべきだった! 邪教徒めが!」
奴の言葉に賛同するかのごとく、二人の兵士もそれぞれの武器を構える。
「覚悟しろ! 邪神の奴隷め!」
「神よ! この者に神罰を!」
などと喚いている奴らの服や防具は、死霊と化した仲間を斬った時の返り血で汚れていた。
「やれるものならやってみろ!」
俺はそう叫んだつもりだったが、口をついて出たのは言葉ではなかった。
「「ゥ゙ぉァあぉオぉォオッ!!」」
それは亡者の叫びのようだった。
絶望と憎悪に彩られた死の雄叫びだ。
「おまえらの魂を喰い滅ぼしてやる」
とでも叫んでいるかのような狂気の咆哮。
その壮絶な咆哮を浴びた兵士たちは、恐怖に体を強張らせていた。
その声はディオダルキスと俺だけの怒りから出たものではない。数々の残酷な拷問を課してきたレファルタ教教徒に対する、死者たちの復讐の雄叫びでもあるのだ。
俺と繋がったディオダルキスがどのような存在になったのか、その時はっきりと理解した。
強大な殺意が俺の中に解き放たれると、俺の肉体は尋常でない力を沸き立たせた。
血液が沸騰し、その流れを加速させたのかと思うくらいに、異常な力が体に漲ってくる。
この力の流入は危険なものだった。
常人がこの力を注がれれば、意識はあっと言う間に殺意の衝動に呑み込まれ、精神汚染によって二度と還る事のできない狂気に捕らわれるだろう。それは精神の死を意味する。
目の前の三人の敵が攻撃してくるのが見えた瞬間、俺の体は反撃を意識するよりも速く、兵士の攻撃を躱しながら接近し、その胴体を斬りつけていた。
鋭く、重い一撃が薄い金属板を引き裂いて胴体を真っ二つにすると、兵士の下半身だけがその場に残り、大股で踏み込んだ格好のまま膝をがくがくと震わせてから、床に崩れていった。
「くッ!!」
振り下ろした大剣を手元に引き寄せながらバルザーは焦った顔を見せる。
もう一人の兵士は顔面蒼白の状態で、剣を手にした腕は震えていた。
「「ぉォぁぁあァアアッ!」」
俺は手前に居るバルザーに剣を振り下ろした。
白銀に光る刃の一閃が残像のように空中に残った。分厚い剣によって刃が受け止められると、さらに魔剣を叩きつけるように、何度も何度も狂乱した者のごとく剣を振り下ろした。
「ぬうんっ!」
なんとか大振りの剣で攻撃を受け止めていたバルザーが、俺の胴体を狙って蹴りを打ってきた。
俺が肘を打ち込むようにしてその足を受け止めると、大男は苦痛の声を小さくもらした。
厚い靴底だったが、それを突き抜くほどの激しい肘打ちを下から振り上げるように打ち込まれ、足の骨を砕いたのだと思われた。
「「はァッ!」」
肘を打ち込みながらも俺の手は剣の柄をしっかりと握り締め、肩の上に置くように構えた魔剣を小さな振り下ろしで素早く斬り下ろす。
「ぐぁあぁアァッ!!」
体を引きながら振り下ろした剣がバルザーの蹴り足を切断した。
足を引くのが遅れ、膝の上から下を完全に失う一撃を受けたバルザーの絶叫が辺りに木霊する。
兵士が腰から下げた角灯の明かりに照らされて、巨漢の男が床に崩れ落ちる時の顔がはっきりと見えた。
その顔は苦痛に歪むと同時に、俺への憎悪にあふれ、なにより目にしたものに恐れをなしている様子だった。
兵士は角灯を手にすると、その場から逃げ出そうと俺に背を向けた。剣を握り、反対の手で暗い通路の先を照らしながら、必死に逃げようとしている。
俺は足下に落ちていた兵士の剣を掴むと、それを逃げる兵士の背中に向けて投げつけた。
空気を裂く音がして、兵士の腰の上辺りを剣が貫通したのが見えた。
つんのめった兵士が凄い音を立てて石床に倒れ込む。
それでもその兵士は床を這いながら逃げようとしていた。
兵士が向かおうとしている曲がり角から姿を現したのは、彼の元同僚だった。
同僚はすでに死の支配下におかれ、胸元や口から赤い血を大量に流している。
脇腹を貫通した槍から血がしたたり落ち、ずるずると足を引きずりながら床に倒れ込んだ男に近づいて行くと、恐怖で声も出せなくなっている同僚に襲いかかったのだった。
暗い通路から聴こえてくる悲鳴を耳にしながら、俺は倒れ込んだバルザーに向かって魔剣を振り下ろした。
片手で持った剣の切っ先を下に向け、乱雑にグサグサと地面に穴を掘るような感覚で。じわじわと痛めつけるように。
「痛ィ! やめ、ヤメろ……、やメろォぉおぉォ!」
太股から腰に向かって次々に剣を突き刺し、それが腹部にまで達すると、奴は喚く事もできなくなり、無様に悲鳴を上げながら、ときおり「痛い」といった言葉をもらしていた。
さらに剣を力任せに振り下ろし続け、大男の体に穴を空ける作業にのめり込んだ。胸に刃が二度、三度と突き刺さると、奴は血の泡を吐き始める。
胸元に魔剣を深く突き込むと、口からもれていた音が聴こえなくなった。
魔剣の刃が奴の心臓を食い破ると、俺は魔剣の力を心臓に流し込み、死霊へと変える呪詛を刻みつけた。




