囚われたレギ
冒頭の暗闇と焚き火、という場面は今後も何度か出る予定です。(以前にも出ました)
この章はレギにとって厳しい経験を重ねる事になる重要な章です。
できれば最後までお付き合いください。──失ったものを嘆くのではなく、それを埋め合わせするような強靭さを持つレギの姿を見守っていただければ。(彼の非情さと優しさが垣間見える章でもあります)
闇に包まれた世界にただ独り。
ぼんやりとした視界。
闇の中に置かれた火が一つ。
地面に座り込み、焚き火の揺らめきを見つめていた。
その火の周りには、自分と似た者たちが集まっている。──そんな風に感じた──
やっと眠気から解放されてきた俺は、なぜ焚き火を囲んでいるのか、自分が何者だったかをうまく思い出せずにいた。
思考を阻む霧がかかり、それが重さを持って俺の意識を閉じ込めているように。
自分の中にあるものを手探りで探すようにして、なんとか自分の思考の糸口を掴んだが、それが余計に俺を混乱させた。
自分は魔術師であり、大いなる者との接触を果たし、多くの業を手にしていたはずだが、その力の一端すら掴む事ができなかったのだ。
(俺は──なぜ、こんな場所に居る?)
焚き火の周囲に居る者たちを見ると、どこかで見た連中が座り込んでいた。ある者は胡座を掻き、ある者は膝を抱えている。その数名は誰も彼も薄暗い顔をして、黙って燃える火を見つめていた。
声をかけようとしたが、声が出ない。
それどころか自由に動く事もできないようだった。
自分自身を取り戻そうと俺は足掻いた。
やっとの事で体の自由を取り戻し、立ち上がると、焚き火の明かりが届かぬ闇の中に、多くの人影が立っているのに気がついた。それらはぴくりとも動かず、闇の中で息を潜めていた。
そして、火のそばに腰かけている見覚えのある連中──、それは共に戦った冒険者の男女だと思い出した。
必死に名前を思い出そうとすると、だんだんと頭の中の霧が晴れてきた。
アギム、シズラス、ウーリア、クァンルシカ……そしてフィンジ。
「……そうか、ここは死者の記憶」
俺は言葉を発する事ができるようになっていた。
俺の中にある死導者の力が彼らとの繋がりを持っているのは、彼らの死に直面したからだろう。
「フィンジ……死んでいたのか」
気を失っていただけかと思っていたが、彼は邪神の攻撃を受けて木に叩きつけられた時に死亡していたようだ。
だが、この領域に居てさえも、俺は死導者の力に触れる事はできないようだった。
ここが無意識領域に近く、俺の意識の総体である精神領域から離れているとしても、なぜ俺がここに居て、自身の力の根源からも引き離された状態にあるのか、まったく理解できない。
「戻らなくては」
肉体に、精神の中心に。
なぜ自分の魔術領域にさえ手が届かないのだろう?
俺の中に渦巻く不安や疑念が、とても遠くに感じられる。
自分が自分でなくなる感覚を、俺はつい最近も感じた覚えがあるような気がしていた。──それがいつの事なのかも思い出せはしなかったが。
この死導者の力が作り出す領域で、俺は孤独に囚われていた。
死導者の力を使う事はできないが、この場に居る者たちに触れると、彼らが死んだ瞬間の記憶が見えてきた。
大柄なフィンジの肩に触れると、彼の死亡した理由が分かった。
大男が叩きつけられた木に、折れて尖った枝があったのだ。
それが背中を貫通し、彼の心臓を串刺しにしていたのだ。
「不運な奴」
俺が吐き捨てるように口にすると、どこからか声が聴こえてきた。
それは俺の肉体に聴こえる人の話し声。
なにを話しているかは分からなかったが、数人の男女の話し声らしきものが聴こえる。
俺の意識が、死導者の霊格が作り出す霊的な領域から引き離されていくのを感じる。
視界がぼやけていくと、俺はそのまま白い闇の中へ溶け込むようにして──肉の重さ、苦痛、寒さ……そうした不快な感覚を味わった。
* * * * *
意識を取り戻した俺は、自分が樹木の邪神と戦い、呪いを受けた事を思い出した。
足下から樹木化していったはずだが、俺の下半身は自由になっていた。
樹木化から解放されてはいたが、どうやら厄介な状況になっているようだ。俺の両腕は拘束され、壁際に吊るされていたのだ。
拘束具に吊るされた手首が痛みを訴えている。
体重を支えていた手首を守る為に自分の足で立ち、周囲を見回すと、壁際で椅子に座る人物を見つけた。
そいつの着ている上着や白い外套に付けられた紋章を見て、俺の置かれた状況が非常にまずいものだと気づいた。
「目が覚めたか」
椅子に座っていた男が立ち上がり、部屋のドアを開け、外に居る者に声をかけていた。
俺は囚われているのだ──レファルタ教の秩序団の連中に。
最悪の状況に立たされたが、俺はなんとかこの場を切り抜けようと取り組もうとした。
しかし当然というべきか、魔法はおろか、魔術の門を開く事すらできなくなっていた。自身の精神領域でもある魔術の庭へ意識を送り込めなくなるとは、ここに掛けられている魔術的な防衛は、強固な呪術と同系統の力が働いているようだ。
すぐに部屋の中に数名の男女が入って来た。
中には白銀の鎧を身に着けた男も居て、ここが奴らにとっての拠点と考えられた。
(古砦に向かう渓谷の前で見た、レファルタ教の砦か?)
それにしても最悪だ……。邪神の呪いで樹木化しかけていたとはいえ、まさかレファルタ教の連中に捕らえられてしまうとは。
それにしても、いきなり手枷をかけられた状態で吊るされているとは。いったい奴らは俺にどんな嫌疑をかけているというのだろうか。
「おまえは冒険者のレギスヴァーティ・エーデンドレイクで間違いないな?」
白銀の鎧を着た男が言った。
俺は革製の上着とズボンを身に着けただけの格好で、武器はもちろん、首から下げていた戦士ギルドの階級印章も取り上げられていた。
「……ああ、そうだ。それより、これはどういう事だ? いますぐこの手枷を外して欲しいんだが」
「だまれ」と、鎧を着た男の隣に立っている、見るからに知性の足らなそうな男が言った。
白銀鎧の男の方が若く、頭も顔も悪い大男は五歳ほど年上だろう。しかしレファルタ教内での権力は若い男の方が上のようだった。
もう一度ドアが開いて人が入って来る時に、強い風が吹き込んでくる音が聴こえた。
どうやら建物の外は強い風が吹いているようだ。──きっと、ファーレーフという冬の嵐が訪れているのだ。
「おまえを解放する事はできない」
冷たい声で鎧姿の男が言う。
「邪神の信奉者を解放するわけがねぇだろうが」と、知性も品性も無さそうな男が口にした。
「邪神の信奉者? いったい誰の事だ?」
俺がそう言うと、知性品性は無いが、体格だけはよい男がいきなり俺の顔を、思い切り殴りつけてきた。
それをまともに喰らい、意識が飛びそうになる。思うように体を動かせない為、もろに拳骨を喰らってしまったのだ。
「よせ」
騎士風の若い男が止めに入る。
ドアから入って来たばかりの少女が、離れたところで身を竦めるのが見えた。どうやらこうした荒事に慣れていない様子だ。
見るからに新入りの少女であるが、なんらかの役割を与えられているのは確かで、白い外套や革の胸当てに付けられた紋章などが、彼女の位の高さを表している。
「俺が邪神の信奉者とは、……どういう意味だ?」
屈強な男は「まだ言うか」と、殺意に似たものを滲ませる。
「おまえの右目の事だ」
「なに?」
俺は焦った。──顔には出さなかったが──
だが鎧姿の男は確かに言った。「右目の」と、左目ではなく右目だと。
まさか右と左を間違えた訳ではあるまい。
一瞬、左目の魔眼に気づかれたのかと思ったが、魔眼の擬態(認識阻害)はこの、あらゆる魔法の力が封じられた場所でも、確実に機能しているのは疑いようがない。
ならばなぜ「右目」だと奴は言ったのだろうか。
「俺の右目がなんだって」
「見せてやれ」
すると横から一人の女が近づいて来て、俺の顔の前に小さな手鏡を差し出した。
その鏡に映った顔を見ると、確かに左目はなんともなかったが、右目が青紫色の、異質な眼球に変じているのが分かった。
──どうやら邪神の力が俺に注がれ、それが右目に集中し、邪眼へと変わってしまったようだ。
「俺の右目はどうなってしまったんだ?」
俺は動揺した様子で鏡を見ながらそう応えた。
「とぼけるな! 邪神に力を与えられたんだろう! それで四人の冒険者と俺たちの同胞を殺したんだな!」
「……こいつはなにを言っているんだ?」
俺は呆れた様子を隠そうともせず、そう口にした。
四人の冒険者と同胞──、同胞とはクァンルシカの事だろう。彼女は元神官という肩書を持つ、ただの冒険者ではなかったらしい。
彼女が銅階級だったというのは、なんらかの任務を帯びて、戦士ギルドに加わったばかりだったからだと考えられた。
「あんたらは俺を樹木の中から引きずり出し、ここへ連れて来たんだろう? 俺が邪神の信奉者であるなら、なんでそんな状態になっていたと思うんだ? あの樹木化は邪神によって呪われた所為なんだぞ」
そう切り出し、あの場でなにが起きたかを簡潔に説明した。
俺の説明に鎧の男は同意するように頷いたが、他の連中の中には、俺の言葉を疑っている様子を見せる者も居た。
「おまえがギルドに依頼され、渓谷にある砦に仲間と共に向かったのは知っている。おまえの右目には隠蔽の魔法が掛けられていたのだろうが、それも今は剥がれ、右目の邪悪な力が明らかになってしまっているのだ」
「俺が邪神を倒した時に、あの邪神の呪いの言霊を聴いた。奴は俺に呪いを掛け、右目を邪眼へと変えたのだ。──だいたい、俺が樹木の中に囚われていたのはなぜだと思う?」
この場に居るレファルタ教の連中は、俺の話をまともに聞く気はなさそうだ。ほとんどの者の目が、俺が邪神の信奉者であり、冒険者や神官のクァンルシカを殺害したと疑っている目を向けてくる。
「ふん、どうせ死霊術師と共謀して冒険者を呼び集めようと企んでいたのだろう。ところが分け前かなにかを巡って口論になり、おまえは死霊術師によって木に埋め込まれたに違いない」と、屈強な男が言った。
「なるほど、なかなかの空想力だな。野良犬程度の脳味噌しかなさそうなのに、つまらない空想だけは思いつくとみえる」
嘲笑って言った俺に殴りかかろうとして、若い騎士に止められた男が唸り声をもらしながら引き下がった。
「それに、おまえが持っていた剣はなんだ? その眼が邪神の呪いによってなった物だとしても、あの剣は邪神とは関係ないのか? あの黒い剣は我々にも素性が探り得ないほど、不可解な力を持っているようではないか」
神殺しの魔剣を調べられたようだ。──しかし奴らの持つ解析魔法では、その力の本質に触れる事ができなかった様子だ。
「ともかくファーレーフが静まるまで神殿に戻る事もできん。神殿に居る神官長様なら、おまえ自身の事も、あの黒い剣についても看破してくださるはずだ。
だがまずは、おまえの口から話す気になるように、少々手荒い歓迎をする事になるだろう」
若い騎士はそう言いながら、小さなテーブルに置かれた木の棒を手にした。その棒を体格のいい狂犬のような男に手渡すと、騎士は部屋を出て行く。
残された面々は、同胞を殺した男が手酷い扱いを受けるところを目撃しようと、無の表情でこちらを見つめてくる。
彼らになにを言っても、こちらの言葉を聞き入れないというのは分かっていた。頑なに己の信じるものしか信じようとしない者の思考は、いわば閉ざされた門のようなもので、自分の好む答え以外は受けつけないからだ。
「ふん、この状況でよくナメた口を叩けたものだ。その胆力だけは褒めてやる」
「秩序団などと謳っている連中が、邪神と戦って弱り切っている者を痛めつけようというのか。聞きしに勝る狂信者の集まりらしいな」
目を閉じると、大男は手にした棒を振り上げ、俺の首筋を殴りつけてきた。
レファルタ教徒は自身の手(拳)で人を殴ってはいけない、みたいなルールがあったり。それは次話で語られます。




