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狭軌最強鉄道伝説~新幹線がない世界~  作者: ムラ松
第5章 消える伝説の車両たち
16/20

時が変わってもいつもそこにいてくれたあの機関車───

今回は碓氷峠にちなんだお話をやっていきたいと思います。本来、この時代は碓氷峠は廃止された時代ですが、この世界ではまだ現役なので碓氷峠の進化は止まりませんっ!!

1997年10月のダイヤ改正で信越本線、特に横川~軽井沢間の碓氷峠は革命的に変わった。狭軌最強鉄道計画の完了による、超特急での高速運転、そして横川~軽井沢間の碓氷峠は今まで補助機関車、ロクサンこと、EF63の連結で登ってたのが、超特急かがやきの681系はそのEF63なしで碓氷峠を超えた。これはとても革命的なことであるが、碓氷峠のEF63はこれにより、活躍の幅が縮められる可能性が大きなった。

そんな、可能性のある中も、EF63は事故廃車を除き、1両も廃車を出さずに碓氷峠を超える列車の補助についている。

俺、白山悠太はそんな激動の碓氷峠で機関士をやっている。今回はそんな俺とロクサンが駆け抜けた20年間の話をしよう。


1997年10月のダイヤ改正以降、信越本線の本数は増発され、碓氷峠を超える列車も増えてきた。681系の運用は超特急かがやき10往復と特急白山2往復のみ。それ以外、碓氷峠を超える列車はみんな上りは横川、下りは軽井沢でロクサンとそれぞれ連結をする。俺は横川~軽井沢、通称横軽を毎日のように、何往復する日々が続く。

「悠太、毎日、忙しそうだね~。」

「それに対してお前はこんなにダイヤ、キツキツなのにこんなにクールでいられるな。」

いつも通り、特急あさまの補助をやりながら無線越しで特急あさまの運転士に言われる。

無線の声の主は俺の幼なじみ兼、俺の彼女の熊野碓氷(うみ)。高崎運輸区に所属し、高崎~長野間で特急から普通列車までの多彩な車両の運転士をこなしている。ちなみに、試運転以外では681系には乗務したこはないらしい。(まず、営業運転中の超特急かがやきが高崎に止まらないかつ大宮~軽井沢がノンストップのため。)

「そう?私はそこまで大変じゃないよぉ~。」

おっとりした感じで碓氷は言う。

「なんかお前らしいちゃお前らしいな。」

「まぁね~。」

彼女はこんな性格なのでこんなことぐらいでは動じない。逆に心配になるのが碓氷である。

まさか、この性格が故にで重大なことが起こるなんて、この時の俺は思いもしなかった。


そんな年明けの1998年の1月。

「え~と、今日から横川運転区に配属になりました、熊野碓氷です…。よろしくお願いします。」

なんと、碓氷が、俺ら、碓氷峠越えの機関士が配属している横川運転区に転属してきたのだ。

「横川運転区初の女性機関士か~。」

「こりゃ、ちょっと期待してもいいかもな。」

みんな、碓氷のことを大歓迎してくれた。

「でも、なんで私が、しかもこの時期に…。」

碓氷は苦笑いする。

「それは碓氷。」

碓氷のお父さんかつ、俺の大先輩の正樹さんがうなずく。

「何?お父さん?」

それに対して碓氷は首をかしげる。

「まぁ、うちの機関士が足りなくなったのも理由のひとつだけど、今は女性も社会に出る時代だし、碓氷峠にも女性機関士を入れて、碓氷峠の女性機関士として、もっと碓氷峠を盛り上げて行きたいという本社からの提案で、なんとなく捕まえやすかった碓氷、お前をここに配属させたわけだ。」

正樹さんがそう言ってまたうなずいた。

「どおりで最近、ここの詰所のリフォームをしてたわけか…。」

俺はそうつぶやき、苦笑いする。

「なるほどね~。それで、なんでこんな時期からなの?」

「それは、碓氷峠は他の路線より特殊な路線だから、車両の研修に普通の路線の車両より時間をかけて研修させたいと思って本社に頼み込んで3ヶ月繰り下げてもらったんだよ。」

「なるほど~。」

ちなみに、他の路線の場合、研修には1週間ほどかけるらしいが、碓氷峠は路線、車両が特殊なため、研修に時間をかけるらしい。

「ちなみにその研修の担当は誰なんですか?」

俺が小さく手あげて聞く。

「ん。」

正樹さんは口も開かず、俺を見た。

「俺ですか!?」

「そうだよ。」

「はい…。」

「悠太よろしくねっ!!」

碓氷はにっこり笑う。

「じゃあ、頑張れよ。白山。」

正樹さんは俺の肩をポンと叩き、その場を去る。

はぁ、俺が研修担当か…。しかも運転区では一番下っ端の俺が…。まぁ初めての後輩だし、びっちり教育するか。

「じゃ、じゃあ、研修始めようか、う、碓氷…。」

「悠太、何、緊張してるの?今さら、私の名前を下の名前で呼べなくなったとか言わせないよ。」

碓氷はジト目で俺を見る。ちなみに、付き合い始めてから、お互い、下の名前で呼び合うことにした。

「ま、まぁそうだけどさ…。」

俺は目を逸らす。

「まぁいいや、それで何するの?」

「今日は高崎から来る普通列車長野行きを補助して、軽井沢からは長野から来る急行信州2号東京行きの補助をしてていう感じかな?午前中で確か横軽を3往復かな?昼休憩挟んでまた補助やってかな?まぁとにかく実機を見るぞ。」

「は~い。」


点呼を済ませ、留置線に向かう。今日の午前中の運用のお供はEF63の11号機と8号機という組み合わせであった。

「今日はこいつか。じゃあ、床下を一通り確認な。ついでにこの特殊なこのロクサンの仕組みを説明してやるよ。」

「は~い。よろしくね!!」

「こいつは基本から話すと、形式はEF63形電気機関車。1963年に製造された機関車で、碓氷峠の通過に特価した超特殊な機関車。搭載ブレーキは抑速ブレーキ、空気ブレーキ、そして、この機関車の特徴のひとつでもある電磁石を使ったブレーキ、電磁吸着式ブレーキ。こいつらをうまく使いこなして66.7‰を上り下りゆく。主に軽井沢へ向かう下り列車を押し上げ、横川へ向かう上り列車のブレーキをかけて下るのが仕事だ。これが基本的な知識かな?」

「本当にいろんなブレーキ搭載してるんだね~。」

碓氷はしゃがみこんで、電磁吸着ブレーキを見る。

「そりゃ、JR最大の急勾配だから、安全装備はきっちりしないとね。ちなみに681系にも同じブレーキを搭載してるんだよね。」

「そういえば、そんなものあったね~。」

碓氷はうなずく。

「とにかく、一通り確認して、運用に出るぞ!!」

「うん!!」

床下の点検を一通り済ませ、運転室に入り碓氷に機器のことを一通り説明し、入れ替え信号機の合図と共に、ロクサンを本線横の待避線に移動させる。

「ちなみに碓氷、増解結の経験はある?」

「うん。高崎でよくやってるから多少はね。でも悠太たちみたいに後ろ向いたままで連結とかいう離れ業はできないよ。」

「まぁ、電車の運転士はそんなのやらないからな…。でも、機関士みんなやってるけどな。」

「なるほどね~。」

「まぁ、暇さえあれば、運転区構内で連結の練習させてくれるから大丈夫だよ。」

「そうね。」

待つこと、5分、長野行きの普通列車、115系3両が横川駅構内に入線する。そして、入れ替え信号機の合図と共に115系と連結準備を始める。車両との間が2mほどになり、俺は後ろから顔を出して、手旗信号の合図で115系と連結する。その横で碓氷も、乗務員扉の窓から顔を出して、連結を見守る。

115系と連結をすると、運転台横のモニターに115系3両の情報が映し出される。これは自動列車碓氷峠情報装置、通称、ATUIと呼ばれるもので、このモニターで列車の状況を確認する。

「やっぱり、ロクサンはすごいね~。」

碓氷は目を丸くする。

「お前、まだ驚くのは早いぞ。」

ブー・ブ・ブ・ブ・ブー

運転室に前方監視役の115系の運転士からのブザーで合図を送り、無線機を入れる。

「ロクサンの運転士さん、軽井沢までよろしくお願いします!!」

「了解です。」

このあいさつは昔からの伝統のあいさつだ。

「それではブレーキテストを始めます。マスコンキーは大丈夫ですか?」

「大丈夫です。ちゃんと抜いてあります。」

「了解です。では行きます。」

シューシュー。

ブレーキテストを行い、発車準備を行う。

「ブレーキ良好です。」

「了解です。」

碓氷はその作業を見ながら

「悠太、やるときはちゃんとやるんだね…。」

「そりゃ、相手はお前じゃないからな。」

前方監視役が碓氷の場合、「マスコンキー抜けてるか~?ブレーキテストやんぞ~。ブレーキ良好な~。じゃあ、4番出発~!!」とものすごくいい加減である。やっぱりこんなに雑なのも、俺が碓氷のことを信用してるのからかな?

駅から発車ベルが鳴り、出発の時間となった。そしてドア扱いが済むと115系の運転士から

「4番出発~!!」

「了解!!4番出発~!!」

ピー!!

掛け声と共に汽笛を鳴らし、マスコンを力速に入れ、列車はゆっくり動き出す。

「いいか、碓氷、マスコンの動きを見てろよ。」

「うん!!」

碓氷はマスコンを見つめる。

「登ってるときは、一番最大までノッチを入れて、軽井沢の場内信号機が見えるぐらいまで入れるのが基本。あと、慣れてくれば、ちょっとした微調整を入れていってちょっとした振動を抑える。まぁ、そんな感じであとは、身体で覚えろ!!」

「なんという力技…。」

碓氷は苦笑いする。

「あとは空転しそうになったら砂を撒くことだね。」

「は~い。」


旧線と分岐してトンネルを抜け、熊ノ平信号場を超え、もうすぐ軽井沢に到着する。

「場内進行!!」

「場内進行!!」

俺は115系の運転士が言ったことを言い、ブレーキをかける。

「いいか、機関車は電車と違って簡単には止まれなくて、ブレーキ操作には結構大変なんだよな。」

「うんうん。」

碓氷はうなずく。

「ブレーキはこうやって、2つあって、上が編成全体のブレーキで下が機関車のみのブレーキ。この2つを工夫して…」

プシュー

列車はだんだん、減速し、構内へ入線する。そして停止位置に合わせ停車させる。

「まぁこんな感じかな?」

「悠太すごいね!!」

碓氷の目はとてもキラキラしていた。

「まぁ、これを習得するまで結構時間はかかるけど、お前にもすぐにできるようにしてやるよ。」

「本当に!?じゃあよろしく!!悠太~!!」

碓氷は俺に抱きつく。

「ちょっと、お前、苦しいよ!!」

「いいじゃないこれぐらい~!!」

そして碓氷は俺のほっぺをスリスリする。

「お前、仕事中だからやめろ~!!」

本当にこいつはな…。


この日から3ヶ月近く、みっちり、碓氷にロクサンの全てを教えた。俺の乗務には必ずのように碓氷がいて、たまに代わりに運転させたこともあったが最初の1ヶ月ぐらいは怖くて仕方なかった。いくら、3、4年ほど、信越本線で電車の運転士をやってたとは言え、この66.7‰の碓氷峠ではこの腕が通じず、教えるのにも苦労をした。また、連結時の振動もとても激しく、改めて、連結の大変に実感が湧いた。それに走行連結も存在するので、それの教育も大変だった。

そして4月頃…

「よし、練習の成果、見せてもらおうじゃないか!!」

「うん!!」

10:43、特急あさま5号直江津行きが入線する。車両は185系7両。ちなみに185系は1985年のダイヤ改正から特急ときとあさまに導入されている。

ホームに入線し、ロクサン側も連結準備を始める。入れ替え信号機の合図で185系のあさまに近づく。そして手旗信号でゆっくり連結する。

ガチャン。

「あんまり揺れなくなったな。」

「ほんと?」

「まぁな。でもまだ気抜くなよ、本番はここからだからな。」

「うん。」

碓氷はうなずく。

ブレーキテストを済ませ、発車準備をする。

「こちら185の運転士です。4番出発〜!!」

「了解、4番出発〜!!」

ピー!!

汽笛を鳴らして、マスコンを力速に入れ、定刻通りに出発する。

列車は順調に峠を登っていく。碓氷は、マスコンを微調整させながら、列車を動かす。

「どう?悠太?」

「まぁ順調だな。」


このあとも、列車は順調に峠を登っていき、定刻通りに軽井沢へ到着する。185系と別れ、ロクサンは待避線に入る。

「よし!!登りはオッケー!!」

碓氷は親指を立てた。

「まぁ、最初に比べれば上達したな。でも何度も言ってるけど、下りの方が危険から、気抜くなよ!!」

「わかってるよ!!私、頑張るから!!」

と、言って碓氷はウインクをする。

「その粋で頑張れよ!!」

「うん!!」

それから15分後、軽井沢に特急白山6号上野行きが入線してくる。この列車は軽井沢を出ると、高崎まで止まらない。要するに、横川で走行切り離しを行う。

入線してきた特急白山の489系と連結する。ちなみに489系はこの前のダイヤ改正から始まる横川通過に備えて自動連結器から電気連結器に付け替えており、作業員なしでの増解結が可能となった。でも、停車時の連結は作業員がいる。

「やっぱり、走行切り離しは緊張するな~。」

「それは俺も同じだな。まだ慣れないよ。」

俺は苦笑いする。

「そうだよね…。じゃあ、行くよ。」

「おう。でも切り離しより、安全に下ることから考えろよ。」

「うん!!よ~し、1番しゅっぱーつ!!」

ピー!!

列車は定刻通りに出発する。

矢ヶ崎踏切付近を通過すると66.7‰の下り坂に入るので、ノッチを切って、ブレーキ圧力を高め、安全に坂を下る。


そして横川駅の手前の閉塞信号機を通過をした直後…

ピーピーピー

汽笛合図で切り離しの指示を出す。列車とは無線でつながってはいるが、昔の伝統にあやかい、これは汽笛合図で指示を出す。この合図と共に489系の運転士は手元にある、連結器の解結スイッチを押し、瞬時にブレーキレバーとマスコンキーをつけ、489系で単体で動く準備を行う。これを瞬時にやらないと列車に非常ブレーキがかかってしまう。489系側でその準備が済むと…

ファーン!!

489系が切り離しの準備が済んだ合図の汽笛を鳴らし、ロクサン側はノッチを力速に入れ、加速する。そして489系から逃げるように横川駅の中線に入る。ちなみに489系はこの切り離しが行われると自動的にATCが入り、前を走るロクサンとぶつからないように制御をしてくれる。


中線に入り、そのまま、真ん中にある待避線へ向かい、次の列車が来るまで待機する。

「ねぇ、悠太どう?」

碓氷が頭につけてた無線を外して聞く。

「碓氷、いいぞ!!」

俺は碓氷の頭をなでた。

「本当?」

「うん。この短期間で結構覚えたじゃん。これからは、1人でもいけるな。」

「そう?私にできるかな…。」

碓氷が小声で言う。

「珍しく弱気だな。」

「だって碓氷峠のシェルパだよ!!1人ではちょっと不安だな…。」

「大丈夫。お前ならできるよ。それに1人で全部できたんだし。」

「でも…私…。」

碓氷の頬が少し赤くなった。

「なんだ?碓氷?」

「もっと…もっと悠太と一緒にいたい!!」

と、碓氷は心から叫んだ。

「碓氷…。」

俺はこの言葉にびっくりする。

「今日の研修が終わったら悠太と一緒に列車に乗務できなくなる。前みたいに声だけも聞かなくなる。確かに、運転区では会えるかもしれないけど、私は悠太ともっといたい!!」

それを聞いて俺ももっとこいつといたいと思い出した言葉は…

「碓氷、俺もだ!!お前と一緒にいたい!!だから…」

「だから?」

碓氷は首をかしげる。

「俺と…俺と結婚しよう!!」

「え!?」

お互いにとっても唐突なプロポーズだった。

「悠太…。うんっ!!よろしくねっ!!」

「本当か?」

「もちろん!!」

碓氷はにっこり笑った。


ということで1998年、俺と碓氷は結婚した。この時は、まだ子どもを作るとか考えずにお互い、せっせと働き、碓氷峠を超える列車の補助をやった。結婚をしてからは、貢ぐ相手がいるということでものすごく働き甲斐を感じた。

結婚をしたということで、碓氷の父、正樹さんからすれば…

「お前ら、結婚もしたんだし、そろそろ子ども作れよ。そろそろ孫を抱きたいよ。」

と、子ども作れとうるさかった。それに対して娘の碓氷の返答は…

「確かに、子どもは欲しいけど私はまだ、あとちょっとロクサン運転したいの!!それにお父さんこれセクハラだからね!!このセクハラ親父が!!」

「セクハラって…おい!!そのディスコン棒を下ろせ!!それで俺を襲うな!!」

「うるさい~!!このセクハラ親父が~!!」

と、それを言われる度に、碓氷は正樹さんのことをディスコン棒を持って襲っていた。

「白山、お前からもなんとか言え!!」

「別に彼女に好きにさせてるので、僕からはなんにも…。」

「何?お前はちまたで広がっている草食系男子ってやつか?」

「まぁそうですね~。」

「お前も肉食系の猛獣に…。」

「少し、黙れ、このセクハラ親父!!」

「碓氷、だからディスコン棒はそうやって使う…やめろ~!!」

俺はこの謎の親子喧嘩を見守っていた。


そんなこんなであれから1年ほどして…

「やっと妊娠しました~!!」

碓氷がやっと、俺との子を腹に宿した。

「おぉ~おめでとう~!!」

みんなからお祝いの言葉が。

「やっと、俺にも孫が!!」

正樹さんは涙を流して喜んでいた。

「それで、私ってどうなるの?」

碓氷が聞く。

「妊婦に列車防護をやらせるのはダメって規律で決まってるから、今すぐ、育児休暇を取るか、辞職のどっちかかな。」

正樹さんが言う。一応、正樹さんが横川運転区の区長である。

「そりゃぁ、育児休暇取るの一択だね。」

碓氷は即時答える。

「お前ならそっちにする思ったよ。」

俺は笑う。

「いつか、自分の子どもに私の姿も見てもらいたいしね。」

碓氷はにっこり笑った。

「それ言ったら俺もそうだな。」

俺もにっこり笑う。

「とにかく、碓氷、元気な子を産むんだぞ!!」

正樹さんが言う。

「はい!!白山碓氷、元気な子を産んでここにまた戻ってきます!!」

と言って、碓氷は敬礼をした。


それから。また1年後の2000年11月7日、娘が生まれた。娘には楓と名付けた。

「いや~本当に顔はお前そっくりで俺に似てるところはほとんどないな~。」

俺は産まれて間もない楓の写真を撮りながら言う。

「まぁ、そうだね~。でもそのうち、悠太に似てくるところとかも出てくるかもよ。」

碓氷は楓を抱っこしながら言う。

「そ、そうかな…。」

俺は苦笑いした。


でも、碓氷の言うとおりは案外当たっていた。

「この子が先輩の娘さんですか?」

楓が1歳になった頃のある日、俺は家に職場の後輩を招いた。

「そうだよ。」

「可愛いですね~。楓ちゃんだっけ?こっちおいで~。」

後輩が手招きをする。しかし…

「楓って人見知りなんだよね~。ほら、楓、あいさつしな~。」

楓はずっと、母である、碓氷の後ろに隠れたままだった。

わかる通り楓は性格は俺に似て、ものすごく大人しくて、人見知りだ。

「本当に小さい頃の悠太そっくりなんだよね~。」

碓氷は楓を抱っこして言った。

「先輩も子どもの頃、あんな感じだったんですか?」

「そうだよ~。悠太、最初、私にもかなり人見知り出してたんだよ~!!」

碓氷は笑いながら言う。

「うるさいわ!!お前だってグイグイ攻めて来てたろ。」

「でも、そんなことしたから今の私たちがあるんでしょ?」

「ま、まぁそうだな。」

俺の顔は赤くなる。


娘はこんなに人見知りで心配なとこはあるが、所詮、俺の娘だし、そんな心配はないのか?という矛盾点も生まれるがなんとかやっていけるだろう。

そんな家庭で俺はとても幸せな日々を送っていた。


そんな日々の中、碓氷峠にも新たな変化が訪れた。

まずは特急白山で走ってた489系が2001年に全車撤退。夜行急行越前の運用で1往復は存在するが、それ以外の特急白山はみんな、681系、そしてそれの改良版の683系に変わった。

そして、その翌年、2002年、JR東日本も新しい試みが。それは…

「あの最新のE231系で横軽の通過実験ですか?」

「そうだ。近郊用のE231系1000番台を使って今後の横軽を越える車両のデータを取るみたいだ。」

「なるほど~。」

俺が頷いてると

「ということで、お前に試験列車、頼んだから。」

「あ、はい。ってえ!?またですか?」

「そうだ。じゃあ、頼んだ~。」

正樹さんはそう言ってその場を去る。

「ちょ、ちょっと~!!」


ということで試験当日…

「今日はよろしくお願いします~。開発担当の今野です。」

今野さんが頭を下げる。

「横川運転区の白山です。よろしくお願いします。」

俺も頭を下げた。

「今日はこちらのE231系10両で横川~軽井沢間を2往復してもらいます。」

「協調運転はしないのですよね?」

「はい。」

「協調運転なしなら8両の制限なのに10両大丈夫なんですか?」

「まぁ、いろいろ不安もありますがこのE231系はステンレス車で軽いし、これはあくまでも試験なので…。でも1往復目は協調運転なしで走って、もう1往復目はちょっとギクシャクはしますが、E231系の運転士と共同で走ってもらいたいと思います。」

「了解です。ちなみにこいつのMT比って…?」

「4M6Tです。」

「登坂大丈夫なんですよね?」

「まぁ…。これに関してはロクサンの力もかかってるので…。結構無茶な実験ですが、今後の車両開発のためなので、そこのところはよろしくお願いします。」

「はい。」


ということで中線で待機しているE231系10両と連結し…

「中線1番発車~!!」

ピー!!

汽笛を鳴らし、横川駅を発車する。

E231系は順調に峠を登ってゆく。E231系は車体も軽く、難なく峠を登った。

2往復目は協調運転で登る。E231系の運転士も操作しているので、ちょっと動きはギクシャクするがこちらも難なく登る。

そして無事に試験は終了した。

このデータを生かし、2003年に急行用のE231系5000番台と5500番台が製造された。5000番台は主に平地用で、東海道本線や房総各線に、5500番台は勾配用で、東北本線、高崎線、中央東線、そしてここ信越本線に導入され、あっという間に163系、165系、167系、169系を駆逐していった。もちろん5500番台はロクサンと協調運転ができる。

また、2006年には交流電車が走る東北地区にもE231系を交直流に対応したE531系5000番台を新造し、455系列を駆逐した。これにより、電車急行は全てJR車となった。


そして2003年のこと

「うわ~ん!!お母さん行かないで~!!」

「楓、泣かないの。大丈夫、すぐに帰ってくるから。いい子にしてるんだよ。」

楓を保育園に入園させた。

そして碓氷はと言うと…

「白山碓氷、職場復帰でありますっ!!」

と、敬礼をする。

「おぉ、お帰り~。お前には仕事がたくさんあるから、休んでる暇はないぞ~。」

正樹さんが言う。

「休んでる暇って…一応、私、これでも親だから…。」

碓氷は苦笑いする。

「まぁ、冗談だが、1週間は慣らし運用で白山と一緒に乗務してくれ。」

「は~い。じゃあ、悠太よろしく~。」

にっこり笑いながら碓氷は俺を見る。

「ほら行くぞ~。」

碓氷を留置線まで連れてき、いつもどおり、点検をし、出発準備を始める。

「それにしても、碓氷と乗るなんて久々だな~。」

「そうだね~。研修以来かな?」

「そうだな。お前、もう4年近くやってないけど、大丈夫か?」

「多分、大丈夫。」

「ものすごく宛にできないな…。」

「まぁ、でもなんとかするって。」

碓氷はにっこり笑う。

「本当に大丈夫かな?」

ちょっと心配な俺であった。


ということで碓氷に初っ端からマスコンを握らせ、今日の運用が始まる。碓氷にマスコンを握らせた結果…

「悠太、どう?」

「えっとな…。」

俺は苦笑いし

「揺れも激しいし、結構、酷かったな…。初っ端からやらせるのは危険だったな…。」

「そ、そうだね…。」

碓氷は苦笑いする。でも、どこか浮かない顔をしてた。

「というより、なんか集中力がないようにも見えるな。なんか、気になってることあるだろ?」

「えっ!?」

俺が聞くと碓氷は「バレちゃった?」という顔をする。

「やっぱりか…。なんかあるだろ?」

「えっと…その…楓が心配で…。」

俺はその事を聞くとため息をつき

「やっぱりそんな事か…。」

「そんな事って!!だってあの人見知りの楓だよ!?そりゃ、お母さんの私からしたら心配だもん!!悠太は心配じゃないの!?」

「だってうちの子だし、大丈夫だろう。」

「まったく悠太は。まぁ、そんな心配してても、仕方ないかもね。逆に悠太や楓に心配される方が怖いしね。」

「そんなで事故起こされたらたまったもんじゃないしな。じゃあ、気を取り直して行くか!!」

「うん!!」

碓氷はにっこり笑った。


そして、心配だった楓は。碓氷がお迎えに行くと

「お母さ〜ん。」

「楓、おかえり〜。」

ほぼ半泣き状態で母である碓氷に抱きつく。やっぱり、碓氷の予想通り、まだ馴染めてなかったらしい。でも、あの子ならなんとかやってこれると俺は信じている。


それから数日間は俺と碓氷は一緒の列車で乗務することになっており、その間に彼女の慣らしを手伝うということとなっていた。

「でも、やっぱり、前ほど乗り心地は良くないな…。」

「まぁ、復帰したばかりだもん。」

「そうだな。」

土曜日の休日。俺と碓氷は今日も仕事だ。ちなみに楓は今日は非番の正樹さんに面倒を見てもらっている。ということで、今、俺と碓氷は横川の待避線で次、補助する列車を待っていた。

そして、数分後…。

「入線してきたね。」

E231系5500番台の急行信州1号長野行きが入線してくる。

「じゃあ行くよ〜。」

「はいよ。」

碓氷はロクサンを進め、E231系に近づき、連結をする。

連結した時に…

ドンッ

「ちょっと、今の衝撃デカくないか?」

「あはは…。やっちゃったな〜。」

碓氷は「テヘ」という顔をする。

「まったくお前な…。もう少し、ブレーキの衝撃抑えろ。」

「はーい。」

碓氷は生半可な返事をする。本当にこいつはな…。そう俺が思っていると…

「やっぱり、ロクサンはすごいや!!」

「ねぇ、お兄ちゃん、あの機関車の運転手さん、女の人だったよ!!」

俺らの乗っているロクサンの近くに小学生ぐらいの男の子と楓ぐらいの年齢の女の子がロクサンや俺らの姿を見て兄妹で目を輝かせていた。

「2人とも電車好き?」

碓氷が窓から顔を出してその兄妹に聞く。

「うん!!大好き!!」

「電車、好きです!!」

2人はにっこり笑顔で答えた。

「おっ、いいねぇ〜。2人はどこまで行くの?」

「上田におばちゃんとおじいちゃんの家があるから行くの!!」

女の子が答えた。

「上田か〜。」

碓氷はうなずいた。

「ねぇ電車の運転手って女の子でもなれるの?」

また女の子が聞いた。

「もちろん!!あなたも運転士になってみる?」

「え…。うん!!私もお姉さんみたいにロクサンの運転手さんになるよ!!」

女の子はにっこり笑って言った。

「よく言った!!あなたもいつか、ここで運転士になれると願ってるよ!!ロクサンはいつでも待ってくれるよ!!」

碓氷もにっこり笑う。

「僕も頑張ってJR東日本の運転士になります!!」

男の子も言った。

「おっお兄ちゃんもいいねぇ〜。そのぐらいの意気で頑張りな!!さて、そろそろ、出発時間だぞ〜。もう乗らないと、乗り遅れちゃうぞ〜。」

「は〜い!!ほら行くぞ、香。」

「う、うんお兄ちゃん!!私、頑張るよ!!」

と言って2人は俺らに手を振りながら車内へ戻っていた。

「じゃあ、こっちも出発だね。」

「そうだな。」

俺がうなずくと

「こちら、231の運転士です。ロクサンの運転士さんへ、4番出発〜!!」

「了解、4番出発〜!!」

ピー!!

ファーランファーランファ~。

ロクサンが汽笛を鳴らすと、E231系もミュージックホーンを鳴らして出発する。E231系の急行車はミュージックホーンを搭載しており、横軽の間ではよく鳴らしている。


出発して、少ししてから…

「あの子たちもいつか私たちみたいになるのかな?」

碓氷が言う。

「まぁそうなのかな?楓もいつかあんな風になるのかな?」

「そうだろうね。あの子、ロクサンに興味津々だからね。」

「いつか、楓もこのロクサンのマスコンを握らせたいな。」

「私もそれは思う。私からすれば、あの子たちが大人になったらまた会いたいな。」

「そうだな。それで、楓と一緒に働いてくれたらいいな。」

俺はあの子たちと楓が巡り会えることを願った。


それから4年、俺と碓氷はまた横軽を往復する日々が続いた。

しかし、2007年の春、楓は小学生になった頃、碓氷にある変化があった。

「なんか、最近、右胸が変に大きくなってるんだよね〜。」

と、言いながら碓氷は自分の胸を揉む。

「それ、どういう事だ?」

「なんか、大きさが、左右非対称というかなんか変なんだよね〜。」

「今さら急成長か?」

「そんなわけないでしょ!!妊娠した訳でもあるまいし。それに右だけなんだよ!!」

「なるほどな〜。別に痛むわけでもないんでしょ?」

「そうだね。それなら大丈夫だよね?」

「まぁそうだな。」

ここで俺ら夫婦は判断を誤った。


それから2ヶ月ほど後…

「なんかだるい…。それに胃とかも痛いし…。」

ここ、数日、碓氷が体調悪そうにしていた。

「よし、病院行くか。」

「うん…。」

ということで、俺はただの風邪かと思いながら、病院に連れてくと…

「ちょっとこれはもしかして…。」

医者はすぐに異常を察し、別室に碓氷を連れて行った。

俺には何も理解出来ず、とにかく、碓氷の側にいることしかできなかった。検査した結果、部屋に通され、とんでもないことを言われた。

「大変申し上げにくいのですが、奥さんは…末期の乳がんです…。それに身体中に転移してます…。」

「そんな…。」

俺は信じられなかった。さらには…

「長くてもあと2ヶ月ぐらいですかね…。」

「抗がん剤入れてもですか?」

「そうですね。もう言いづらいですが手遅れってやつですね…。」

「嘘だろ…。」

俺は肩を崩した。横にいた碓氷はずっと黙っていた。

「とにかく、入院ですね。」

俺はそこから家に帰るまで記憶がなかった。


家に帰ると

「お父さん、お母さんどうだったの?」

「碓氷はどうなったんだ?」

家で待っていた楓と正樹さんが聞く。

「えっと…それは…。」

俺はなかなか言い出せなかった。

「白山、正直にちゃんと話せよ。嘘ひとつでも言ったらお前、一生許さないからな。」

正樹さんが俺を睨みつける。明らかに何かを察してるらしい。

「碓氷が末期の乳がんになっちゃって、あと2ヶ月ぐらいしか生きられないんだ…。」

「お父さん、本当だよね?」

「それ、本当なんだよな?」

2人はそう聞いて俺は静かにうなずいた。それを聞いて2人も愕然とした。


それから俺は仕事をしつつも毎日、病院に通い、碓氷の様子を見に行った。そして、俺はその時は四六時中、ずっと碓氷のことを考えてばかりで正直、仕事も捗らなかった。

碓氷は抗がん剤治療を続けるもどんどん悪化するばかり。そして俺は「なんで早く気づけなかったんだよ。」と毎日のように後悔をしていた。


そんな9月の半ば頃、碓氷は眠るように息を引き取った。碓氷は毎日のように「最後にまた1度ロクサンを見たい」と呟いていた。碓氷はそんな約束も果たせずに旅立ってしまったのだ…。

「ねぇ、お母さん目開けてよ!!」

「碓氷、お願いだ、行かないでくれ!!」

俺と楓は葬式でずっと大泣きしていた。


それから2週間、書類整理やらいろいろ死後の処理に追われて職場に行けなかった。そして少し落ち着いてから職場に復帰した。

「お前、もう大丈夫か?」

正樹さんが心配して俺に聞く。

「もう大丈夫ですよ。」

俺はにっこり笑って答えた。

「そ、そうか…。」

この時、俺の表情がおかしかったと正樹さんは思っていた。

「じゃあ、いつも通り行ってきます。」

「お、おう…。」

俺は点呼を済ませ、その場から立ち去ると…

「本当にあいつ大丈夫かな…?」

と呟いていた。


俺はいつも通り、点検を済ませ、車内に入る。すると…

「碓氷、いいな、ブレーキはゆっくり解除しろよ。」

「後方確認忘れなるなよ。」

と、碓氷との思い出が蘇る。

「まぁ、大丈夫だろ。」

と言いながら、ブレーキとマスコンキーを入れ、マスコンを握ると…

「ねぇ、悠太、今日の運用は?」

「制限25でよかったよね?」

脳裏にまた碓氷のことが蘇る。

「今さら思い出しても意味無いし、集中して行くか。」

俺は両端の頬を叩き、気合いを入れ、待避線へロクサンを移動させる。


それから数分後、今日、最初に補助する特急あさま1号直江津行きが入線する。

だが、車両は189系でも185系でもない。こいつはE257系。今年、信越本線で走る特急あさまとそよかぜの189系、上越線で走る特急ときの183系を置き換えるために導入された車両で中央本線や房総半島にも同形式の車両がいる。

それでこのE257系は今月の10月のダイヤ改正で189系と183系を置き換え、189系は二度と碓氷峠でロクサンと登る姿が見られなくなってしまった。

しかし、その車両を見た俺は…

「おっ、碓氷の乗る189のあさまか。」

何故か、俺には189系に見えてしまった。


俺はそう思いつつ、特急あさまと連結する。

「ロクサンの運転士さん、軽井沢までよろしくお願いします!!」

と、前方監視役の運転士が言ったのだが、俺には…

「悠太、軽井沢までよろしくね!!」

碓氷の声がそう言っているように聞こえていた。

「おう。碓氷。ブレーキテスト行くぞ〜。」

俺はそう応対する。だが、それを聞いた運転士は

「あの?」

俺が言ってることが謎に感じ、困惑する。でも、俺には

「了解〜。悠太〜!!」

そう聞こえ、ブレーキテストを行う。

「ブレーキはどう?」

「良好だよ!!」

俺の幻聴は止まらない。

「あの、僕は碓氷さんという人では…。」

俺の発言に対して運転士さんが否定をするが

「碓氷は碓氷だろ。」

俺は全面否定する。俺はふと、横のATUIのモニターに映る列車のMT比を見てあること思う。

「なぁ、碓氷、なんかこの189系、モーターと編成両数、少なくないか?なんで11両なんだ?」

ATUIには列車の編成とモーター車の位置が表示されるが、俺はそれが変なことに気づく。

「いや…あのこれは189系ではなくE257系ですよ。それに189系は今年のダイヤ改正で信越本線の特急から引退しましたし…。」

「は?189が引退した!?それにこの声碓氷、じゃないな!!」

俺はやっとこの異変気づく。

「そうですよ…。さっきからどうしたんですか!?」

運転士さんが俺に尋ねるが…

「189がいない…。それに碓氷もいない…。なんで、俺の思い出が消えて行くんだ…。」

俺はそう言いながら、意識が遠のいて行った…。


俺は気がつくと、横川駅の事務室のソファーで寝ていた。

「白山、目覚めたか。」

横には正樹さんがいた。

「俺、なんでここに…?」

「お前、横川での発車前に倒れたんだよ。それに、かなり意味不明なこと言ってたみたいだな。257のことを189だと思ってたり、運転士が碓氷だと思ってたり。お前、本当に大丈夫か?」

「…。」

俺は少し黙り考え

「最初は大丈夫だと思ったんですけど、いざ乗務したらおかしくなってきて…。」

「なるほどな…。お前、まだ少し休んでおけ。」

「そうですね…。」

俺はとぼとぼその場を去る。


それから数日間、俺は家で廃人のようになっていた。

その一方、横川運転区では…

「ロクサンの体験運転やりたい?楓が?」

「おじいちゃん、お願い出来ないでしょうか?」

「いや、お前がな…。」

楓が正樹さんに頼み込んでいることはロクサンの体験運転。 横川運転区の奥にJR東日本直営の「碓氷峠鉄道資料館」という小さな碓氷峠についての資料館が1998年に出来た。そこで横川運転区から伸びてる500mほどの線路で現役のロクサンの体験運転ができる。ちなみに、そこの管理はうちの運転区のメンバーとバイトなので、俺も暇さえあれば、ここで体験運転の指導や施設の案内などをやっていた。

「やっぱりダメ?」

「そうだな。あれは15歳以上が対象だからな。」

「だよね…。」

楓がガッカリしていると、正樹さんが

「あっ、それなら…。」

「どうしたの?」

「運転は無理だけど、実機の運転台なら見せてやるよ。それでもいいか?」

「本当?」

「もちろんだ。」

正樹さんはうなずいた。


ということで、正樹さんと楓さんは運転区に留置されていた1両のロクサンに入る。

「これがロクサンの中なんだ〜。これ、おじいちゃんも運転してたんでしょ?」

「そうだよ。楓のお父さんとお母さんもこいつを運転してた。」

「なるほどね〜。」

楓はいろんな機器を見て、気になるものがあればひとつひとつ聞いていった。

「でも、楓、なんでこんなこと言い出したんだ?」

「お父さんとお母さんがいつもどんな気持ちで電車を運転しているか気になって…。これでちょっとでもお父さんを元気づけるヒントが欲しくてね。」

「なるほどな。いつも2人は安全に登り下りすることをモットーにやっていた。そして、何よりもロクサンや碓氷峠を越える列車が大好きだった。2人は何があっても必死にやっていたな。」

と言って微笑む。

「そうなんだ〜。ねぇ、おじいちゃん。」

「なんだ、楓?」

「体験運転は今は無理かもしれないけど、ロクサンの運転のやり方を教えてほしいな。」

「楓…。よし、いいだろ。15歳になったら体験運転をちゃんとできるように教えてやるよ。」

正樹さんは楓の頭をなでる。

「本当?」

「もちろんだ!!」

「ありがとう、おじいちゃん!!私、体験運転もやりたいけど、将来、ここの運転士になるよ!!」

楓はにっこり笑う。

「よく言った。さすが俺の孫だ。じゃあ、ロクサンの基本から教えてやるよ。」

正樹さんもにっこり笑った。


そして家にいる俺は…。

「碓氷…。」

碓氷の写真片手に大きなため息をつく。

「なんでいなくなっちゃんだよ…。」

また俺はため息をつき、碓氷と出会った頃を思い出す。


俺は幼稚園の頃は1人でずっと電車の本を読んでいることが多かった。そんなある日のこと。

「君も電車好きなの?」

碓氷が俺に話かけてきた。

「う、うん…。」

俺は小さな声で答える。

「ねぇ、一緒に読まない?私も電車好きだし!!」

碓氷はにっこり笑う。

「いいよ。」

俺もにっこり笑う。

あの日の碓氷の笑顔は今でも忘れない。


そんな思い出に浸っているところに楓が家に帰ってきた。

「お父さん、大丈夫?」

廃人のように落ち込んでいる俺に問いかける。

「まったくだよ…。」

俺はため息をつく。

「お父さん、悩み事、私に話してくれる?」

「そうだな。なぁ、楓、俺はこのまま、仕事に戻るべきなのか?」

「なんで?仕事辞めちゃうの?」

「どんどん、俺の思い出が消えてく。最愛の碓氷がいなければ、碓氷とたくさん、無線でやり取りして補助をした189もいなくなった。それに他にもたくさんの思い出の車両が消えていった…。俺の思い出はどんどん、消えていくもんなのかよ?なんで俺の思い出は奪われていくんだよ!!俺はもう耐えられない。こんなことやってられない…。だからよ…」

俺が大粒の涙を流していると…

「お父さん、泣かないでよ。」

「楓…。」

俺の涙は止まらない。

「お父さん、まだ思い出は残ってるよ。」

「残ってるって何が?」

「ロクサン。あの機関車がいるじゃん!!今日、おじいちゃんにロクサン見せてもらって思った、あの機関車にはたくさんの思い出が詰まってる!!大丈夫だよ。ロクサンはずっと、お父さんといてくれる。だから、お父さんの思い出はずっと消えないよ。それにお母さんが居なくても私がいる!!私だってお父さんのこと大好きだもん!!」

そう言って楓はにっこり笑った。初めて碓氷と会った時のような笑顔で。やっぱり楓は碓氷の子どもだから本当に小さい頃の碓氷そっくりだな。

「楓っ!!」

俺は楓に抱きつく。

「お父さん、もう泣かないの。」

楓は俺の頭をなでる。

そして何より、俺は内気で素朴で人見知りな楓の言動に驚いている。楓も少しは成長したのだな。

碓氷はいなくなってしまったが決して何も残していかなかった訳では無い。碓氷は俺に楓という優しい子どもを残してくれた。ありがとう。碓氷。そして生まれてきてありがとう碓氷。


次の日、俺は職場に復帰する。

「お前、今日こそ大丈夫だよな?」

正樹さんが聞く。

「大丈夫ですよ。」

俺はにっこり笑う。

「よし、じゃあ行ってこい!!」

「はい!!」

俺は返事をして運転区を出る。

そして、ロクサンに向かい、点検を済ませ、車内に入り、マスコンキーとブレーキを入れ、マスコンを握る。

そしてロクサンを待避線へ移動させる。

少しして、特急あさま1号のE257系がやって来る。

「じゃあ行くか。」

ピッ

小さく汽笛を鳴らし、E257系と連結をする。

「ロクサンの運転士さん、軽井沢までよろしくお願いします!!」

「了解です。ブレーキテスト行きます。」

「了解です。」

シュー

ブレーキテストを行う。

「ブレーキ良好です。」

「了解です。」

その1分後、発車ベルがホームに響きわたる。

ついに出発か。本当に大丈夫かな?少し心配になるが大丈夫だと俺は信じる。

「ロクサンの運転士さんへ。5021M、4番出発〜!!」

大丈夫。俺にはロクサンがいる。例え、相方の車両が変わっても、相方の運転士が居なくても、ロクサンがいれば大丈夫。だから、行くぞ相棒!!

「了解。5021M、4番発車〜!!」

ピー!!

ファーランファーランファ~。

俺は思いっきり汽笛を鳴らす。そしてE257系もミュージックホーンを鳴らす。そして俺はマスコンを力速に入れる。

俺はもう何があってもめげない!!ロクサンと一緒にいる限り!!だって、俺の思い出はみんなロクサンにあるから─────


俺のそんな想いから12年。碓氷峠も少しずつ変化しながらもロクサンことEF63は多種多様な列車を補助し続けた。そして正樹さんは定年退職をし、今度は俺が横川運転区の区長に就任した。もうロクサンには乗ることが出来ないが、碓氷峠を全体から支えるというということで、頑張っている。

娘の楓はあと1年で高校も卒業。JR東日本に入るつもりでいる。あと少しすれば楓も俺や碓氷が運転したロクサンに乗る日が来るのだろうか?

俺は今日も碓氷峠の安全とロクサンの安泰を願って今もこの横川運転区で見守り続けている。

今回はけっこう長めでしたがどうでしたでしょうか?やっぱり、このお話を書いてて碓氷峠はいいな〜と改めて感じました。

このお話の投稿も少し落ち着いたらまた別で碓氷峠をモチーフにした小説を書きたいと思いました。いつ書けるかはわかりませんが、早めに投稿出来たらいいと思います。


そして、次回はまた毎度のように東北本線の485系のお話を投稿しようと思っています(笑)次回までまた間隔は開くと思いますが、首を長くてしてお待ちください(笑)

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