表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
89/120

本人棚と現場到達棚は、王宮厨房標準棚番へ統合できません

差替票の字は、細く整っていた。

 北門本人棚および現場到達棚は、王宮厨房標準棚へ名称統合する。統合後の棚番は、晩餐会後処理室が一括採番する。


 棚の名前を変えるだけなら、何も動かないように見える。

 けれどリディアは、王宮の紙がいつも「名前だけ」を装って、薬と灯りと賃金を別の場所へ連れていくことを知っていた。


「棚番を読む前に、番号が何を数えるのかを分けます」


 彼女は北門小竈横の板に、三本の縦線を引いた。


 一、王宮厨房標準棚番。

 二、北門本人棚。

 三、現場到達棚。


 書記局の使いは、困ったように眉を寄せる。

「同じ棚です。標準化すれば探しやすくなります。本人棚も現場到達棚も、王宮厨房標準棚の下位区分にすれば――」


「下位区分にした瞬間、誰が呼ばれるかと、何が届くかが同じ番号で閉じられます」


 リディアは、リーナの薬薪札を手に取った。

 青い紐の端には、昨夜の煤と、今朝の湯気で湿った跡が残っている。


「リーナさんの本人棚の番号は、リーナさんがもう一度読めるまで空いています。ここには、名前と、読める時刻と、待っている理由を書きます」


 板の二列目に、彼女は書いた。


 北門本人棚・リーナ。本人再読待ち。声が戻るまで読了済みにしない。


「でも現場到達棚の番号は別です。薬薪一束、夜薬一回分、湯温確認。これは今夜の薬湯が冷えないための場所です」


 三列目に、薪の絵を小さく添える。


 現場到達棚・薬薪。小竈横。湯気確認済み。次薬まで保温。


 リーナはまだ声を出せない。けれど湯気が細く喉へ届き、枕元の湯呑みが冷えずにいる。

 本人が読めないことと、薬が届かないことは、同じ番号で片づけてはいけない。


 リディアは次に、カイルの灯油札を置いた。


「カイルさんの本人棚は、帰着確認です。いつ、どの角を通って、鍵箱へ戻ったか。本人が帽子を脱いで名を言えるまで、帰着済みにしません」


 カイルが小さく頷く。

「西三つ角の灯りは、棚番に入りますか」


「入ります。でも本人棚ではありません」


 リディアは三列目に灯りの印を描く。


 現場到達棚・西三つ角灯油。昼まで点灯。夜番帰宅路として保留。


「王宮標準棚番が必要なら、写しの検索番号だけを付けます。たとえば、照会写し八十九番。けれど八十九番が、カイルさんの帰着と西三つ角の灯りを同時に閉じる番号にはなりません」


 書記局の使いが差替票を指で押さえた。

「一括採番しなければ、晩餐会後処理室が進みません。番号がばらばらでは、清算も返答も遅れます」


「遅れて困るものを、見ます」


 リディアは、エダの賃金袋を本人棚の釘へ掛けた。

 袋は軽くない。半日分の硬貨と、まだ本人が読んでいない明細が入っている。


「エダさんの本人棚は、賃金袋を受け取る手の名前です。本人再読まで未完了」


 続けて、食券を別の札へ移す。


「現場到達棚は、今朝の粥と食券です。これはもうエダさんの名前で届きました。ここを王宮標準棚番に統合すると、粥が届いたから賃金も到達済み、または賃金が未読だから粥も保留、という間違いが起きます」


 エダは食券を両手で挟んだ。

「食べたことと、もらっていないお金は、別の棚なんですね」


「はい。別の生活です」


 小さな報酬は、派手ではなかった。

 リーナの薬湯は同じ火で温まり続けた。カイルの帰宅灯は消されず、エダの朝食粥は本人名で記録されたまま、賃金袋だけが未完了として残った。

 同じ人の生活でも、同じ番号で全部閉じてはいけない。


 リディアは最後に、自分の札を板の端に置いた。


 旧台所係リディア。本人未読。北門小竈横仮窓口。母の計量匙、薬粥札横。


 書記局の使いが息を呑む。

「あなたの欄も、王宮厨房標準棚番へ入れます。旧台所係関連欄は多すぎます。標準化しないと、伯爵家への返答も王宮厨房への照会も――」


「私の欄が多いのは、私一人の手柄を増やしたいからではありません」


 リディアは母の計量匙を持ち上げた。

 匙のくぼみに、薬粥の米粒が一つ乾いて残っている。


「母の匙は、私の名誉品ではありません。ミラさんの薬粥を量るものです。前掛けは、晩餐会責任者の印ではなく、北門で湯気を受ける布です。私の帰着先は、王宮厨房標準棚番の下ではなく、この小竈横の仮窓口です」


 彼女は三列に分けて書く。


 王宮標準棚番・照会写し。旧台所係関連、受領時刻のみ。

 北門本人棚・リディア。本人未読。王宮呼出同意なし。

 現場到達棚・母の匙。薬粥札横。次薬まで使用可。


 ノラが、板の下に小さな木片を置いた。

「棚の名前札、分けて打ちますか」


「お願いします。王宮へ渡す写しには、検索番号を付けてください。ここに残す札には、本人の名と、届く場所を書きます」


 テッサが白布棚の端へ、細い青紐を結ぶ。

「標準棚番が来ても、この紐は外さないんですね」


「外しません。番号は探すためのものです。生活を閉じるためのものではありません」


 リディアは差替票の下へ、青い字で規則を書いた。


 王宮厨房標準棚番は、照会写しの検索番号に限る。

 北門本人棚は、本人名・読了・帰着・受領確認が終わるまで統合しない。

 現場到達棚は、薬・灯り・賃金・粥・匙が実際に届く場所として残す。

 同一番号による本人棚・現場到達棚の一括閉鎖を禁じる。


 書記局の使いは、口を開きかけて、閉じた。

 たぶん反論はできる。標準化。効率。晩餐会後処理。どれも、紙の上ではまっすぐな言葉だ。

 けれど板の三列には、湯気と灯りと食券と、匙の米粒が並んでいた。


 そのとき、使いの肩掛け鞄から、もう一枚の細い封が滑り落ちた。

 今度の紙には、赤い標準印が押されている。


 王宮厨房標準棚番に未登録の北門現場札は、重複防止のため欠番として回収する。


 リディアは、青紐の結び目をほどかなかった。

 棚番で閉じられないとわかると、今度は番号のない札を「欠番」と呼んで回収するつもりなのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ