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生活到達欄は、王宮厨房一時保護棚へ移せません

王宮厨房一時保護棚、という言葉は、紙の上ではとても親切に見えた。

 失くさないように預かる。混乱しないようにまとめる。本人が読める日まで、安全な場所に置く。

 けれどリディアは、その紙を小竈の火の前に置いたまま、すぐには頷かなかった。


「保護棚へ移すものが、何なのかを先に読みます」


 書記局の使いは、胸を張った。

「生活到達欄です。再読待機者の薬薪、帰宅灯油、保留賃金、朝食粥などの確認欄を、王宮厨房で一時的に保護します。北門の小さな棚では管理が不安でしょう」


 不安、という言葉に、エダが賃金袋を抱きしめた。

 リーナの寝台では、薬湯の湯気がまだ細く上がっている。カイルの油皿には、昼まで残す分の灯りが揺れていた。

 どれも、遠い棚に置けば失くならないものではない。

 届かなくなるものだ。


 リディアは紙の余白に、三つの棚を描いた。


 一、王宮厨房一時保護棚。

 二、北門本人棚。

 三、現場到達棚。


「王宮厨房一時保護棚に置けるのは、写しと照会先だけです。どの紙がいつ届いたか、誰へ返答するか。それは王宮で保管してかまいません」


 彼女は一本目の線を引いた。

 写し。照会先。受領時刻。


「でも、リーナさんの薬薪は、ここに残ります。薪は王宮の棚で保護されても、薬湯を温めません」


 リディアはリーナの薬薪札を取った。青い紐の先に、今朝の小さな煤がついている。

 それを北門本人棚の釘へ戻し、隣に細く書く。


 本人再読待ち。夜薬一回分の薪、現場到達棚で保温確認。


 リーナが寝台で、かすかに目を開けた。声は出ない。それでも、薬湯の湯気が彼女の喉まで届く。

 保護とは、紙を遠くへ連れていくことではない。火が必要な場所に残ることだ。


「カイルさんの帰宅灯油も同じです。灯油札の写しは王宮へ渡せます。けれど油皿は、西三つ角の灯りへ残します。本人が読めるまで、帰る道を閉じないためです」


 カイルは帽子を胸に当てた。

「棚に置かれたら、灯りは消えるんですか」


「消えます。『保護中』の札だけが残ります」


 リディアは言葉を濁さなかった。

 やさしい名の棚ほど、何を動かすのかをはっきり読まなければならない。


 彼女は二本目の線を引いた。

 本人棚――名が残る場所。

 現場到達棚――薬、灯り、賃金、粥が実際に届いたかを見る場所。


「エダさんの賃金袋は、王宮の保護棚へ移しません。袋そのものは本人棚。半日分の食券は現場到達棚。賃金本体は本人再読まで未完了。三つに分けます」


 エダが小さく息を吐いた。

 昨日まで、彼女の賃金は警備費へ振り替えられかけていた。今朝は保護棚という名で、同じく手の届かない場所へ移されかけていた。


「保護棚なら、安全だと思っていました」


「安全な棚かどうかは、鍵の強さでは決まりません。本人が呼ばれるか、生活へ届くかで決まります」


 リディアはエダの賃金袋へ、青札を重ねた。


 王宮保護棚への移管不可。

 本人棚で保留。

 朝食粥と食券は当日到達済みとして、本人名で記録。


 小さな報酬が、順番に現れた。

 リーナの薬湯は冷えず、カイルの帰宅灯は昼まで残り、エダは自分の名で粥を受け取った。

 紙の勝利ではない。棚の場所が戻っただけの、地味な勝利だった。

 けれど、待っている人の生活は、その地味な場所でしか続かない。


 書記局の使いは、まだ納得しない顔で言った。

「では、旧台所係リディア殿の生活到達欄はどうしますか。王宮厨房としては、あなたの未読欄だけでも保護棚で預かりたい」


 リディアは、自分の名の札を見た。

 旧台所係リディア。本人未読。王宮呼出同意なし。北門小竈横仮窓口の返答作業継続。

 そして、母の計量匙は薬粥札の横にある。


「私の欄も同じです」


 彼女は札を、北門本人棚のいちばん端に戻した。


「王宮へ渡せるのは、照会写しだけです。私の未読欄は、王宮の棚で安全にはなりません。私がここで、どの名がまだ読めていないかを見るための欄です。母の匙がどこにあるか、薬粥が誰に届くか、賃金袋が誰の手に戻るか。それを読み終える前に、私の欄だけ保護済みにできません」


 小竈の火が、ぱち、と鳴った。

 ノラが板の端を押さえ、テッサが白布棚の札を一枚ずつ並べ直す。カイルは油皿を持ち、エダは食券を握って列に戻る。

 誰も大きな声を出さなかった。

 ただ、棚の位置だけが、本人の近くへ戻っていく。


 リディアは最後に、王宮から来た紙の下へ青い字で書いた。


 生活到達欄は、一時保護棚へ移管しない。

 王宮保護棚は写しと照会先のみ。

 本人棚と現場到達棚は、本人が読み、生活が届くまで北門に残す。


 書記局の使いが紙を畳もうとした、そのときだった。

 封筒の底から、薄い差替票が一枚落ちた。


 北門本人棚および現場到達棚は、王宮厨房標準棚へ名称統合する。

 統合後の棚番は、晩餐会後処理室が一括採番する。


 リディアは、薬薪札の青紐をほどかなかった。

 棚を奪えないなら、今度は棚の名前そのものを奪うつもりなのだ。

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