再読待機者は、当日勤務対象外ではありません
朝礼前の北門小竈には、まだ夜の匂いが残っていた。
湿った薪の端、薬草を煮た小鍋、帰宅灯の油皿、そしてエダの賃金袋。どれも、昨日の紙束の上では「代読完了」に近いところまで押し出されていたものだ。
リディアが青札をそろえていると、王宮厨房書記局の使いが新しい名簿を差し出した。
「再読待機者は、当日勤務対象外とする。朝礼に出せば混乱しますから」
薄い紙の一行目に、リーナの名があった。二行目にカイル、三行目にエダ。最後の欄には、旧台所係リディア、と小さく書かれていた。
再読を待つ人を、今日の仕事から外す。
その言葉は、やさしそうに見えた。無理に働かせない。混乱させない。声が戻るまで休ませる。
けれどリディアは、名簿の下に置かれた別紙を見た。
勤務対象外者への当日配布なし。
当日配布なしの品目――薬薪、帰宅灯油、保留賃金、朝食粥。
「これは、休ませる紙ではありません」
リディアは名簿を小竈の横の板に置いた。声を荒らげない。紙が何を動かすのかを、一つずつ読ませるためだ。
「リーナさんは、代読の声を聞いただけで本人が読んだことにはなっていません。だから再読待機です。でも、夜薬の薪は今朝も必要です。読めていないから喉が要らない、とはなりません」
リーナは寝台の上で、まだ声を出せない。けれど薬の時間は待たない。小さな薪が一本なければ、薬湯はぬるくなり、苦さだけが喉に残る。
「カイルさんは、帰宅灯の受け取りを自分で読み直すまで保留です。でも夜勤明けの帰り道は、今日も暗くなります。再読待機は、灯りを消してよい理由ではありません」
カイルは鍵箱の横で、帽子を握りしめていた。勤務対象外とされれば、鍵を返す列にも、帰る列にも呼ばれない。休んでいるのではない。列の外に置かれるだけだ。
「エダさんは、賃金袋の手渡し欄を本人が読み直すまで未完了です。だからこそ、賃金袋は本人棚に残します。勤務対象外だから当日配布なし、ではありません。手渡し条件未完了として、今日も本人名で保留します」
エダは唇を噛んだ。昨日まで、彼女の賃金は警備費に振り替えられかけていた。今朝は別の言葉で、同じ場所へ追い出されようとしている。
リディアは、名簿の空いた余白に三本の線を引いた。
一、再読待機欄。
二、当日勤務欄。
三、生活到達欄。
「再読待機欄は、本人の声を待つための欄です。当日勤務欄は、今日どの仕事に出るか、または出ないかを本人と現場で決める欄です。生活到達欄は、薬、灯り、賃金、粥が本人に届いたかを見る欄です。三つは同じではありません」
書記局の使いが眉をひそめた。
「ですが、勤務対象外なら、配布も管理も一括で外した方が――」
「一括で外すと、待つための札が、奪うための札になります」
リディアはリーナの薬薪札を取り、再読待機欄に青い紐を結んだ。次に生活到達欄へ、薪一本、朝一番まで保温、と書く。
カイルの帰宅灯油札には、再読待機、ただし西三つ角の灯りは継続、と添えた。
エダの賃金袋には、本人再読まで本人棚、半日分の食券は先渡し可、と書いた。
小さな報酬だった。
リーナの薬湯に、もう一度火が入る。
カイルの帰り道に、昼まで残す油皿が置かれる。
エダは、賃金袋そのものは閉じられなくても、朝食の食券を自分の名で受け取れる。
エダが食券を受け取り、かすれた声で言った。
「待っている間も、名前は残るんですね」
「残します。待つことは、消えることではありません」
リディアは最後に、自分の欄を見た。
旧台所係リディア――再読待機者、当日勤務対象外。
その横に、王宮厨房臨時窓口への呼出なし、と赤い線が引かれていた。
彼女はそこへも青札を置いた。
本人未読につき、王宮呼出への同意なし。
ただし北門小竈横仮窓口の返答作業は継続。
母の計量匙、薬粥札の横に所在確認。
書記局の使いが息をのむ。
「旧台所係まで勤務対象に残すのですか」
「私は王宮に呼ばれるために残るのではありません。ここで、読めていない人の名を消さないために残ります」
朝の鐘が鳴った。
小竈の火が、細く、確かに上がる。リーナの薬湯の湯気が白く立ち、カイルが油皿を受け取り、エダが食券を握って列に戻る。
そのとき、王宮からもう一枚の紙が届いた。
表には、丁寧な字でこうあった。
再読待機者の生活到達欄は、王宮厨房一時保護棚へ移管する。
リディアは、青札の紐を指で押さえた。
待つ人の名を消せなかったから、今度は、待つ人の生活そのものを棚へ移すつもりなのだ。




