表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
85/120

本人に読ませる責任者は、生活到達を動かす穴ではありません

「未発声保護欄の、配布責任者が空白です」


晩餐会後処理室の若い書記は、そう言って新しい票を差し出した。

前の票より、白い欄が少し広い。そこへ名を書けば、空欄は減る。朝礼用の束は、たしかに整って見える。


けれどリディアは、その白い欄の下に細く伸びた赤字を読んだ。


配布責任者指定後、本人読了予定へ一括転記可。

配布完了確認後、薬薪、帰宅灯、未受領賃金を到達扱いへ移すこと。


「配布責任者の名で、そこまで動くのですか」


リディアが尋ねると、係は申し訳なさそうに首を傾けた。


「責任者が空白ですと、誰が読ませるのか分かりません。読ませる責任を負う方が決まれば、以後の未了はその方の管理下になります」

「管理下、ではありません」


リディアは母の料理帳の写しを机へ置き、青い紙を四つに切った。

一つ目には、リーナの名を書いた。


「リーナへ紙を届ける人は必要です。けれど、その人の名で夜薬加温薪を削ってはいけません。薬薪が残っているかどうかは、紙を置いた手ではなく、薬粥室で喉が起きる時刻と一緒に見ます」


二つ目には、カイルの名。


「カイルへ読ませる紙を西三つ角へ運ぶ人は必要です。けれど、その人が配ったからといって、帰宅灯を消してよいことにはなりません。灯りは、足が戻るまで灯りです」


三つ目には、エダの名。


エダは壁際に立っていた。まだ夜番明けの顔色で、けれど賃金袋の紐から目を離さなかった。

係の横の小箱には、その袋が「配布待ち」として入っている。赤字のままなら、リディアの名が配布責任者に入った瞬間、袋は警備費戻し不可解除の箱へ落ちる。


「エダの紙を渡す人は必要です」


リディアは言った。


「でも、紙を渡す手と、賃金袋を受け取る手は同じではありません。配布者が棚へ置いたことで、エダ本人の受領欄を閉じないでください」


「では、誰が責任を」


係の声は責めるものではなかった。困っていた。空白は、係の明日の叱責にもつながる。

だからこそリディアは、責任という語を責めずに割った。


「配布責任、読了確認、生活到達確認。三つです」


青札の上に、細い線を三本引く。


「配布責任は、紙を本人が読める場所へ届けること。読了確認は、本人が読めた、または読み上げを止められる余白を持ったこと。生活到達確認は、薬薪が残ったか、灯りが点いているか、賃金袋が本人の手に渡ったかを見ること。配布責任者の名は、二つ目と三つ目へ自動で流れません」


若い書記が、赤字の票を見下ろした。


「ですが、配布責任者を指定しなければ、本人に読ませる手順が止まります」

「止めません。手順は作ります」


リディアは三つ目の青札を、エダの賃金袋の小箱へ差し込んだ。


未発声保護欄・配布票。

配布者は、本人が読める場所へ届けた時刻だけを記す。

読了は本人欄へ戻す。

生活到達欄は、配布済みをもって閉じない。


「エダさん」


リディアが呼ぶと、エダは小さく頷いて前へ出た。


「袋を、今ここで受け取れますか」

「はい。名前を読めます。手も、出せます」


エダの声は細かった。だが、本人の声だった。

係は一瞬迷い、リディアの青札を見てから、賃金袋を警備費箱ではなく、本人手渡し棚の上へ移した。


「配布責任者、リディア様。配布先、本人手渡し棚。読了、エダ本人待ち。生活到達、本人受領待ち」


「配布責任者の名で、支払い済みにしないでください」

「はい」


「置いた人の名で、受け取った私の名を消さないでください」


エダがそう言うと、係は今度こそ袋の口を本人側へ向けた。


エダの指が袋の紐に触れた。

たった一つの袋だった。けれど、その一つが警備費箱へ落ちず、本人の手の届く棚に残っただけで、空白は叱責の穴ではなく、帰ってきた賃金を待つ場所になった。


リディアは、残る三枚の青札も同じように並べた。


リーナの紙は、薬粥室で目が覚め、水を飲める時刻に読ませる。加温薪は配布済みでは削らない。

カイルの紙は、西三つ角の帰宅灯の下で本人帰着札と照合する。配布済みでは灯りを消さない。

リディア本人の料理帳写しは、誰かが配った時刻ではなく、リディア自身が読み終えた欄に戻す。


「責任者は、必要です」


リディアは係へ向き直った。


「だから、責任者の名を穴にしません。弱い人へ紙を届ける手を、弱い人の薬や灯りや賃金を動かす鍵にしてはいけません」


若い書記は、赤字の下に青い追記を書いた。


配布済みは、読了済みでも到達済みでもない。

配布責任者欄は、生活到達欄へ自動転記しない。


その青い一文が入ると、机の上の票束は、少しだけ遅くなった。

朝礼には間に合いにくくなる。

けれどリーナの薪束は残り、カイルの灯りは消えず、エダの賃金袋は本人棚に留まり、リディアの料理帳の余白も勝手に閉じなかった。


遅くなることで、守られる夜があった。


ほっと息をついた係が、次の薄い紙を取り出した。


「では、本人が読めない場合の代読責任者を指定してください」


リディアは、その欄の横にある小さな赤字を見た。


代読完了をもって、本人読了とする。


今度は、声まで誰かのものにされようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ