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代表報告者一名の声は、本人別の生活到達を処理済みにできません

朝礼前の後処理室は、紙の乾く音だけがやけに早かった。


 晩餐会で使い終えた皿の数、返送済みの空器、王宮厨房へ渡した照会写し。それらは、白い棚へ次々と移されていく。整理されてよい紙だった。もう誰の喉も温めず、誰の足元も照らさず、誰の手へ賃金袋を渡すわけでもない紙だったからだ。


 けれど、残務整理棚二番のいちばん上に置かれた薄い票だけは違った。


「代表報告者一名の口頭説明により、旧台所係関連未完了欄を処理済みへ転記可」


 書記が読み上げる声は、丁寧だった。


「リディア様が代表報告者として説明なされば、リーナ殿の薬薪、カイル殿の帰宅灯、エダ殿の賃金袋、それからリディア様ご本人の読了欄まで、朝礼前に一括で処理済みにできます。口頭説明であれば早い。責任者も一名で明確です」


 早い、という言葉に、リディアは母の料理帳を開いた。


 紙の上では早い。声は紙より早く届く。けれど、薬は喉へ届くまで早くならない。灯りは足元を照らすまで早くならない。賃金袋は手のひらへ渡るまで早くならない。読了欄は、本人がその字を見るまで早くならない。


「代表報告者の声は、到達確認ではありません」


 リディアは、残務整理棚二番の札を四枚に分けた。


 一枚目には、リーナの名を書いた。


「私が『薬薪が必要です』と言うことはできます。でも、それはリーナの喉が次の薬まで持ったことではありません。薬薪が北門小竈へ届き、湯が冷めず、リーナさん本人が飲めたあとでなければ、薬薪欄は閉じられません」


 リーナは扉のそばで、まだ少し荒れた喉に手を当てていた。彼女の代わりにリディアが話せることはある。けれど、リディアの声がリーナの喉になることはない。


 二枚目には、カイルの名を書いた。


「私が『帰宅灯を確認しました』と言っても、カイルさんが鍵を返し、西三つ角を通り、明日の鍵箱へ戻れる足元を得たことにはなりません。帰宅灯は報告されるものではなく、本人が帰る道に残るものです」


 カイルは鍵束を胸の前で握りしめた。夜番明けの指先は、まだ油皿の匂いを残している。彼が戻るべき鍵箱は、口頭説明の中には入らない。


 三枚目には、エダの名を書いた。


「私が『賃金袋は預かりました』と言えば、紙は整うでしょう。でも、エダさんの手に渡らない賃金は、次の勤務同意に変えられてしまいます。賃金袋は、預かり済みではなく、本人手渡し待ちです」


 エダは小さく息をのんだ。賃金を受け取るための手が、ようやく帳面の中に戻ってきたのだ。


 最後の一枚に、リディアは自分の名を書いた。


 書記が困った顔をする。


「しかし、リディア様ご本人が代表報告者でいらっしゃるなら、ご本人読了欄は同時に閉じてもよいのでは」


「閉じません」


 リディアは、母の料理帳の余白へ青線を引いた。


「私が誰かの未完了を説明する声と、私自身がこの欄を読んでよいかを確認する手順は別です。自分の声であっても、まだ読んでいない欄の代筆にはなりません。本人欄は、本人の到達先を奪わないためにあります」


 母の料理帳には、母の細い字で昔の火加減が残っている。塩をひとつまみ減らす理由、弱った人の椀を先に温める理由、早く済ませてはいけない夜の理由。リディアはその横に、今日の規則を書き足した。


 代表報告者は、一時伝達者に限る。


 口頭説明欄は、聞いた声の欄であって、本人発声欄ではない。


 本人発声欄は、本人が言えるときまで空ける。


 生活物到達欄は、薬薪・帰宅灯・賃金袋がそれぞれの場所へ届くまで閉じない。


 本人読了欄は、本人が読んだあとでなければ処理済みにしない。


 書記は、羽根ペンを止めた。


「では、朝礼前の一括清算は」


「できる部分だけです。空器と照会写しは棚へ。薬薪はリーナさんの次薬前確認へ。帰宅灯はカイルさんの鍵返却まで。賃金袋はエダさんの手渡しまで。私の未読欄は、私が読んで、何が動くかを確認するまで青保留です」


 後処理室の隅で、リーナが小さく咳をした。ノラが湯を差し出す。カイルは鍵束を持ち直し、エダは賃金袋の宛名札を自分の目で確かめた。


 それは大きな勝利ではなかった。


 ただ、一人の声で四人の夜を閉じさせなかった。


 リディアはその小ささを、火の前の匙のように大切にした。小さな確認がなければ、粥は焦げる。小さな名札がなければ、賃金は誰かの費用へ変わる。小さな灯りがなければ、人は帰ったことにされる。


 処理済みの黒印は、四枚の札の上で止まった。


 代わりに、青い保留印が押された。


 リーナ――次薬前喉確認待ち。


 カイル――本人帰着、鍵返却待ち。


 エダ――本人手渡し待ち。


 リディア――本人読了、生活影響確認待ち。


 そのとき、後処理室の書記が、もう一枚の薄い票を机へ滑らせた。


「では、本人別の発声がない欄については、代表報告者の沈黙をもって異議なしと記録します」


 母の料理帳の余白で、まだ乾いていない青線が、そこで止まった。

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