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残務整理棚二番は、未完了欄を朝礼前に清算できません

清算、という字は、きれいだった。


未完了の赤い線を、金額の黒い線へ移す。皿の欠け、薪の不足、灯油の残り、賃金袋の所在。朝礼前に数字へ直してしまえば、誰が読んでも同じ帳尻になる。


けれど、リディアは残務整理棚二番の札を見たまま、指先を止めた。


旧台所係関連未完了欄、朝礼前に一括清算予定。


「清算できるものと、してはいけないものを分けます」


返却処理係が、疲れた目で帳面を開いた。


「清算しなければ、朝礼で未完了が残ります。未服用薬も帰宅灯も賃金袋も、金額欄へ移せば保留費として扱えます」


「保留費は、生活に届いた証明ではありません」


リディアは、机の上に四枚の青札を並べた。


リーナの夜薬加温薪。

カイルの西三つ角帰宅灯。

エダの南倉臨時夜番賃金袋。

リディア本人の未読欄。


その横に、黒い清算票を置く。


未服用薬、薬材損耗として清算。

未帰着灯、灯油残量として清算。

未手渡し賃金、保留金として清算。

本人未読欄、代表読了事務費として清算。


字面だけなら、どれも整っていた。


リーナが小さく息を吸う。


「薬材損耗にされたら、わたしの薬は、もう飲まなくても済んだことになりますか」


「なりません」


リディアは薬袋の紐を解かず、札の下へ新しい行を書いた。


薬材損耗ではなく、服用未到達。

喉へ届くまで清算不可。

看護婦長メイナ確認まで、作り直しまたは温め直し判断。


「薬草が減ったことと、あなたが薬を飲めたことは別です。減った薬草だけを数えても、あなたの夜は終わりません」


リーナは、薬袋を胸に抱き直した。


次に、カイルの灯油札だった。


返却処理係は、黒い欄を指した。


「灯油は残量で清算できます。使った分は使った、残った分は残った。それで帳面は合います」


「帰る足元は、残量だけでは合いません」


リディアは西三つ角の地図片を広げた。角の横に、夜番鍵箱と小さな段差を書き込む。


帰宅灯、残量清算不可。

本人帰着、鍵箱返却、次番引継ぎまで未完了。

残油は『余り』ではなく、帰宅路確保分。


カイルが、地図の段差を見つめた。


「俺がそこを通るまで、灯りは帳面の余りじゃないんですね」


「はい。あなたが帰れるまで、灯油は帰るための席を持っています」


夜灯係の若い書記が、自分の名を確認者欄へ書いた。震えた字だったが、逃げなかった。


三枚目の黒い清算票には、エダの賃金袋が置かれていた。


未手渡し賃金、保留金へ計上。

翌朝本人申出により支払可。


「本人申出、ですか」


エダは、唇を噛んだ。


「帰れなかった人が、朝、申出に来られなかったら」


返却処理係は答えられなかった。


リディアは賃金袋の結び目をほどかず、本人名が見える向きのまま青札を重ねた。


南倉臨時夜番エダ。

賃金は保留金ではなく、本人手渡し未到達。

帰宅路確認・半日身分保持・次勤務同意読了まで清算不可。

本人が申出に来ない場合、支払済みではなく捜索確認へ移す。


「あなたの賃金袋は、金額が残れば済むものではありません。働いた夜が、あなたの手と帰る道へ戻るまで未完了です」


エダは青札を見て、少しだけ背筋を伸ばした。


最後に、リディア自身の欄が残った。


旧台所係リディア・ヴェルナー。

代表読了事務費。

朝礼前清算対象。


清算票には、リディアの名がきれいに書かれていた。


きれいすぎるほどだった。


「私の名を、事務費にしないでください」


静かな声だった。


返却処理係が顔を上げる。


「あなたの読了作業にかかる費用です。旧台所係関連の未完了欄をまとめるための」


「読了は、費用ではなく責任範囲です」


リディアは自分の欄に、細く青線を引いた。


本人未読欄は、本人が読んだ範囲だけ記入。

他者の薬・帰宅灯・賃金の到達を、代表読了費で清算しない。

旧台所係名は、未完了欄を畳む費目ではない。


母の料理帳の火の欄から名を外した時の、冷たい指先を思い出した。


あの時、名を外したのは、捨てられたかったからではない。


食べる人に届かない火を、自分の名で手柄にされたくなかったからだ。


「私が読むなら、読んだ紙と読んでいない生活を分けます。清算のために名前を貸すことはしません」


セレスティアが、監督官印を取った。


今度も、完了印ではなかった。


朝礼前一括清算停止。

生活到達条件未完了。

金額欄への置換不可。

本人別確認継続。


青い印が、黒い清算票の中央へ押された。


返却処理係は、しばらく黙ってから、残務整理棚二番の扉を半分だけ閉めた。


「では、朝礼へ出せるものは」


「出せるものだけです」


リディアは答えた。


欠けた皿の数。

使い終えた薪の束。

保管された空器の所在。

照会写しの受領時刻。


そして、出してはいけないもの。


リーナの喉。

カイルの帰る足元。

エダの賃金を受け取る手。

リディア本人の未読欄。


朝礼前に片づくはずだった四つの未完了は、黒い金額欄へ落ちなかった。


その時、閉じかけた棚の奥で、別の帳票が滑り落ちた。


朝礼用要約表。

旧台所係関連未完了欄は、代表報告者一名の口頭説明により処理済みへ転記可。


リディアは、落ちた紙を拾い上げた。


「次は、口で言えば済むという欄を読みます」


数字で清算できなかった夜を、今度は一人の声で閉じようとしていた。

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