代理完了予定時刻は、誰の今夜を時間切れにする鐘なのですか
火入れ鐘半刻前。
その赤い時刻は、紙の上ではただの予定だった。
けれど、リーナは薬袋を抱える腕に力を入れ、カイルは灯油札の端を押さえ、エダは賃金袋の紐をほどかないまま息を止めた。
「半刻前を過ぎたら、わたしたちは読み終えたことになるのですか」
リーナの声は小さかった。
返却処理係は、困ったように転送票を見た。
「代理完了予定です。実際の確認が遅れる場合でも、晩餐会進行のため、一定時刻で処理を進める欄です」
「進める、という言葉を分けます」
リディアは、赤い時刻の下へ青線を引いた。
紙の到着予定。
本人読了予定。
生活到達予定。
三つの欄を並べると、赤い時刻は急に細く見えた。
「紙が届く予定時刻は、書けます。私が束を受け取る予定時刻も、書けます。でも、リーナさんの薬が喉へ届く時刻、カイルさんの足元に灯りが残る時刻、エダさんの手へ賃金袋が渡る時刻は、代理では完了できません」
「しかし、火入れ鐘は待ちません」
返却処理係は言った。
「晩餐会の火を入れるには、未読欄を残せないのです」
「残せないのは、晩餐会側の都合です」
リディアは顔を上げた。
「今夜を残せない人たちが、ここにいます」
彼女は、リーナの薬袋を机の中央に置かせた。
袋の中の薬草は、夜の二番鐘までに温めなければならない。冷めたまま飲めば、喉に引っかかる。リーナが明朝まで眠れなくなる。
「リーナさんの欄は、火入れ鐘半刻前では閉じません」
リディアは書いた。
夜薬加温薪、二番鐘まで保持。
本人薬袋確認、服用後まで未完了。
代理完了予定時刻による薪停止不可。
リーナは、ほっとしたように薬袋の紐を撫でた。
次に、カイルが灯油札を出した。
西三つ角の帰宅灯。
そこは、王宮厨房から北門へ戻る者が必ず曲がる石段だった。灯りが消えれば、帰りの足元だけでなく、翌朝の鍵箱引継ぎも止まる。
「カイルさんの欄は、足が角を曲がり、鍵箱に戻るまでが確認です」
リディアは、灯油札を赤い時刻から離した。
西三つ角灯油、帰着確認まで点灯継続。
鍵箱引継ぎ、本人声掛け後まで未了。
代理完了予定時刻による消灯不可。
カイルは、ようやく肩を下げた。
「俺が帰ったことを、鐘が代わりに言うのではないのですね」
「鐘は鳴ります。でも、カイルさんの足音にはなりません」
最後に、エダの賃金袋だった。
袋には南倉臨時夜番の名札が付いている。赤い時刻を過ぎれば、警備費不足分へ相殺予定、と小さな文字が続いていた。
エダは笑おうとして、失敗した。
「わたしが受け取る前に、時間で支払済みになるのですか」
「なりません」
リディアは、賃金袋の下へ青札を差し込んだ。
本人手渡し、帰宅路確認、次勤務同意。
三条件未了のため、相殺不可。
代理完了予定時刻による支払済み転記不可。
「働いた夜は、鐘が鳴ったから終わるのではありません。帰れて、受け取れて、次を自分で読めて、はじめて閉じます」
エダは賃金袋を胸に抱いた。
セレスティアが、赤い時刻印の横へ監督官印を置いた。
「晩餐会調整室へ返答します」
彼女は淡々と言う。
「代理完了予定時刻は、紙束の到着予定に限る。本人別の生活到達欄を完了へ移す根拠にはならない。時刻超過後も、夜薬薪、帰宅灯、賃金袋、本人未読欄は青保留のまま存続する」
返却処理係は唇を結んだ。
「それでは、未読欄が残ります」
「残します」
リディアは答えた。
「未読欄は、怠慢ではありません。誰かの今夜がまだ届いていない、という札です」
その言葉で、机の上の空気が少し変わった。
リーナの薬袋は、飲まれるまで閉じない。
カイルの灯油札は、帰るまで消えない。
エダの賃金袋は、本人の手に渡るまで相殺されない。
リディア自身の未読欄も、誰かの生活を閉じる鍵にはならない。
火入れ鐘半刻前。
赤い時刻は残った。
けれど、その横には、青い四つの未完了欄が残った。
鐘が鳴っても、今夜を時間切れにしないための欄だった。
その時、セレスティアが転送票の余白に、別の小さな刻印を見つけた。
代理完了予定時刻を過ぎた青保留欄は、翌朝、晩餐会後処理室へ自動移管する。
リディアは、四つの青札を押さえた。
「翌朝の後処理室は、誰の夜を終わったことにして片づける部屋なのですか」
まだ飲まれていない薬と、まだ帰っていない灯りと、まだ渡っていない賃金が、同じ机の上で朝に送られようとしていた。




