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北門小竈横仮窓口は、晩餐会未完了品保管所ではありません

王宮印の文字は、小竈の横の小机へまっすぐ向いていた。


「代表確認者名が未定の場合、北門小竈横仮窓口を晩餐会未完了品保管所へ指定する」


 リディアは、机の上に置かれた札を見た。


 包帯乾燥棚、芯湿り。


 明朝薪賃金、未到着。


 次薬までの喉、二刻後再読。


 そして端に置いた、自分の本人未整理名札。


 どれも小さな紙だった。だから王宮から見れば、まとめて置く箱があればよいのだろう。未完了品を保管する場所。終わっていないものを、晩餐会が終わるまでしまっておく場所。


 けれどリディアには、その言葉が、湿った布を箱の底へ押し込む音に聞こえた。


「保管所にすると、何が変わるのですか」


 テッサが包帯棚の前で尋ねた。声は小さいが、手は白布の端を離していない。


「物としてしまわれます」


 リディアは答えた。


「この包帯は、乾くために棚へ戻っているのではなく、未完了品として保管されたことになります。次に誰かが見る時、芯が湿っているかではなく、保管番号が合っているかを見られる」


 テッサの眉が寄った。


「番号が合っていたら、使われますか」


「使われます。乾いていなくても、保管済みの布として」


 ノラが湯桶に掛けていた布を握りしめた。


「薪の賃金欄も、保管品ですか」


「はい。薪が届くまで開いている欄ではなく、晩餐会の未完了紙として閉じられます。薪屋の受領名が戻る前に、補填費の紙束へ移される」


 カイルは鍵箱を胸に抱いたまま、小机の端を見た。


「帰着札も、入れられますか」


「北門へ帰ったことを読む札ではなく、晩餐会に残った未完了品として扱われます」


 ミラが椀を両手で包み、唇を湿らせた。


「わたしの、次の薬までの喉も」


 リディアは椀の横の小紙を見た。


「保管品ではありません」


 その一言だけは、先に言った。


 それから母の料理帳を開く。紙の端には、火の粉でできた小さな焦げ跡がいくつもある。母は道具を並べる時、置き場所の名より先に、戻ってくる手の名を書いていた。


 匙、湯気が落ち着くまで鍋横。


 布巾、乾くまで窓辺。


 薬粥、飲む人が次の息をするまで火のそば。


 場所は、物を閉じるためではない。


 生活が戻ってくるまで、空けておくためにある。


「北門小竈横仮窓口は、保管所ではありません」


 リディアは王宮照会票の余白に、新しい見出しを書いた。


 北門小竈横仮窓口・生活到着待ち札一覧。


 書記官が目を瞬かせた。


「未完了品保管所指定への、異議ですか」


「異議ではなく、読み替えです。未完了品ではなく、未到着条件です。保管ではなく、戻ってくる場所を空けておくことです」


 リディアは一枚目の札を小机の左端へ置いた。


「包帯乾燥札。テッサ本人が芯の乾きを読むまで、棚と小机の間を戻れること。保管箱へ移さない」


 テッサが白布を胸の高さに持ち上げ、うなずいた。


「乾いたら、私が読みます」


「はい。乾く前に、誰かの番号で閉じません」


 次に、薪賃金の札を小竈の近くへ置く。火の熱で紙端がわずかに反った。


「明朝薪賃金札。薪屋受領名と北門支払名が合うまで、晩餐会準備費へ転記しない。賃金が届く場所として、この机を返答先にします」


 ノラが小さく息を吐いた。


「薪屋さんの名が戻るまで、ここに置けるんですね」


「置けます。薪は、火をつけたら終わりではありません。払う名へ届いて、明日の火がまた買えるまでです」


 カイルが鍵箱の蓋を開けた。夜番の札が、少し傾いている。


「帰着札は」


「鍵箱引継ぎ札。帰って、次番の名が読めて、鍵が閉まるまで、この窓口で再読待ちです。未完了品箱へ入れれば、帰った人ではなく、戻らない紙になります」


「じゃあ、俺の札も、帰ってきます」


「帰ってきます」


 カイルはその言葉を、鍵を閉める時のように大事に聞いた。


 最後に、リディアはミラの椀の横の紙を小机の中央に戻した。


「次薬までの喉。これは保管できません。二刻後、ミラ本人の息と椀を見て、まだならまだ、通ったなら通ったと読む」


 ミラが椀を膝へ下ろした。


「しまわれるんじゃなくて、待ってもらえるんですね」


「待つ場所が、ここです」


 リディアは自分の本人未整理名札を、他の札の上に重ねなかった。端に、少しだけ離して置く。


「旧台所係リディア本人未整理名札。晩餐会責任欄へ別送しない。母の計量匙、前掛け、北門小竈横の返答先が本人に戻るまで、本人欄で生活到着待ち」


 書記官の羽根ペンが止まった。


「ご自身の名も、同じ窓口へ置くのですか」


「同じです。私の名だけが、物置から抜け出せるわけではありません。帰る場所がない名は、誰かの責任欄へ運ばれます」


 母の料理帳の頁が、小竈の熱でかすかに浮いた。


 リディアはそこにある古い余白を見つける。


 鍋横、空けておくこと。戻る匙を置くため。


 母は、場所を広く持っていたわけではない。狭い台所の中で、戻るもののために、ほんの少しだけ空けておいた。


 リディアは王宮照会票へ返答をまとめた。


「北門小竈横仮窓口は、晩餐会未完了品保管所ではなく、未乾燥包帯、未到着薪賃金、次薬前の喉、鍵箱帰着札、本人未整理名札の生活到着待ち窓口として扱う。保管済み印、転記、別送、完了扱いは、各本人再読および生活到着確認まで不可」


 書記官がそれを写すと、小机の上の札は、片づかなかった。


 片づかなかったから、テッサは湿った包帯を棚へ戻せた。


 片づかなかったから、ノラは湯桶の布をめくり、もう一度熱さを見ることができた。


 片づかなかったから、カイルは鍵箱を抱えて次番の名を確認できた。


 片づかなかったから、ミラは次の薬までの時間を待ってもらえた。


 そして片づかなかったから、リディアの名札も、晩餐会の責任欄へ運ばれず、小竈横の端で母の計量匙と同じ方を向いた。


「ここに置けば、戻ってこられます」


 テッサがぽつりと言った。


 リディアはうなずいた。


「はい。ここは、戻ってくるもののために空けておく場所です」


 その時、返答欄のさらに下へ、別の王宮番号が薄く浮かんだ。


「生活到着待ち札の混在を防ぐため、北門小竈横仮窓口の札受領順を王宮厨房標準整理番号へ置換する」


 リディアは小机に並ぶ札を見た。


 包帯、薪、喉、鍵、本人名。


 それぞれ戻る時刻も、読む手も違う。


「次は、順番を番号にしないための読み方です」


 小竈の火は、札の端を焦がさないほど弱く、けれど紙を冷やさないほどには温かかった。

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