整理完了済みは、私の名を晩餐会当日責任へ立たせられません
薄い通知には、祝うような言葉が並んでいた。
「本人未整理名札の整理完了後、旧台所係リディアを晩餐会当日料理人責任者として仮任命する」
整理完了。
リディアはその四文字を、声に出さずに指で押さえた。
北門小竈横仮窓口の机には、まだ乾ききらない札が並んでいる。ノラの湯温札。テッサの包帯乾燥札。カイルの帰着札。ミラの夜明け薬札。
その横に、自分の本人未整理名札がある。
母の計量匙の小札。
前掛け紐の返還先。
明朝の薪を買うための賃金到着欄。
料理人責任を、どの火の前へ置くのかという空欄。
「おめでたい文面に見えますね」
セレスティアが通知を読み、静かに言った。
「晩餐会当日の責任者欄が空白では危険です。王宮厨房として、誰が火を見るのか決めたいのでしょう」
「はい。責任者欄が空のままでは、火も人も逃げ場を失います」
リディアはうなずいた。
けれど、うなずいたのは仮任命にではない。
「だからこそ、私の名を立てる前に、整理完了とは何がどこへ届いたことなのかを読みます」
書記官が少し安堵した顔をした。
「整理完了とは、本人名札の所在が確認され、仮窓口の台帳に収まった状態です。ならば、当日責任者として――」
「所在だけでは、私は火の前へ到着していません」
リディアは母の計量匙を取った。銀ではなく、使い込まれて角の丸い匙だ。
「この匙が王宮晩餐会の備品欄へ入れば、私の返還品は整理されたように見えます。でも、明日の朝、ミラさんの薬粥をむせずに飲める濃さへ測れなければ、匙はまだ戻っていません」
ミラは椀の縁を両手で包み、匙を見た。
「リディアさんの匙は、私の朝の横にあるほうが、怖くありません」
「前掛けも同じです」
リディアは前掛け紐の小札を通知の上へ置いた。
「責任者欄に私の名が立っても、この紐を北門の火の前で結べないなら、私は料理人として到着していません。王宮の欄に名前があっても、私の手はここで薬粥を混ぜています」
ノラが湯温札を見下ろした。
「じゃあ、リディアさんの整理完了って、札がきれいに並ぶことじゃないんですね」
「はい。きれいに並んだだけなら、明朝の薪が買えません」
リディアは賃金到着欄の空白を指した。
「私の賃金が晩餐会当日責任者欄へ届いた扱いになると、北門の明朝薪はどこで買いますか。火がなければ、匙も前掛けも、誰の喉にも届きません」
カイルが鍵箱に手を置いた。
「責任者の名前で閉じたら、買えていない薪まで買ったことになるんですか」
「なります。帳面の上では」
テッサが湿り気の残る白布をつまみ上げた。
「乾いていない布を、棚だけ整理完了にするのと同じです。見た目は片づいて、使う人が困ります」
リディアは通知の「整理完了後」に青い線を引いた。
「整理完了済みではありません。本人生活到着欄、読了中です」
セレスティアがその線の横に、監督官の細い文字を添えた。
「旧台所係リディア本人未整理名札は、帰着先、賃金到着、返還品、料理人責任の生活到着確認が終わるまで、晩餐会当日料理人責任者欄へ移管しない。王宮厨房は、当日責任者欄の必要性を通知できる。ただし本人欄を閉じる根拠にはできない」
書記官は反論しかけて、母の計量匙と賃金欄を見比べた。
「では、責任者欄は空いたままです」
「空けたままにはしません」
リディアは自分の名札の下に、新しい小札を置いた。
「本人生活到着欄読了中。晩餐会当日責任へ移す前に、北門明朝薪、薬粥匙、前掛け、賃金到着を確認すること」
ノラがその小札を読み上げた。
テッサが前掛け紐を机の角に掛け直した。
カイルが鍵箱を少し寄せ、ミラは母の計量匙を薬粥札の横へ戻した。
リディアの名は、王宮晩餐会の火から逃げたのではない。
どの火の前に立つ名なのかを、まだ読み終えていないだけだった。
整理完了済みではないから、明朝の薪を探せる。
整理完了済みではないから、母の匙をミラの朝へ戻せる。
整理完了済みではないから、前掛けをどこで結ぶのか、自分で読むことができる。
リディアは青線の端に、もう一つだけ小さな印を足した。
「晩餐会の火を軽く見るつもりはありません。けれど、北門の火を空にした名で、王宮の火を見たことにはできません」
セレスティアは短くうなずいた。
「当日責任とは、火を大きくする肩書ではなく、消してはいけない火を数える責任です。そこから外れた任命は、責任ではなく移し替えです」
その言葉で、書記官は初めて、通知の白さを怖がるように見た。
そのとき、書記官の懐から、別の照会票が覗いた。
「当日責任者未定につき、母の料理帳保管者名を仮責任者欄へ照会する」
セレスティアの目が細くなる。
リディアは、薬粥札の横へ戻った母の計量匙を見た。
「次は、母の料理帳の名を、私の代わりに火の前へ立たせようとしているのですね」




