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北門小竈横仮窓口は、王宮厨房臨時管理下へ編入できません

北門小竈の横に置いた机は、まだ新しい木の匂いがした。


 そこへ、王宮厨房の書記官が白い封緘紐を持って来たのは、夕薬の鍋を下ろす少し前だった。


「北門小竈横仮窓口を、王宮厨房臨時管理下へ編入します。札束の散逸防止です。以後の確認は王宮控えに写しますので、ここは封じます」


 封緘紐が机の端に触れた瞬間、カイルが鍵箱を抱えたまま足を止めた。


「……俺の夜番帰着札、まだ読んでません」


 テッサも、乾かした包帯を抱えて顔を上げた。


「白布棚の乾燥確認、ここに戻すことになっていました。王宮控えに行ったら、明朝まで誰が読むのですか」


 ノラは湯桶の温度札を指で押さえた。ミラの椀の横には、夜明け薬の温度札が置かれている。小さな札ばかりだった。けれど、その一枚ずつが、誰かの朝を止めないための入口だった。


 書記官は困ったように眉を寄せた。


「だからこそ一括管理するのです。仮窓口では責任の所在が曖昧になります。王宮厨房に編入すれば、確認印も補完できます」


「補完する前に、生活影響明細を出してください」


 リディアは、机の上の札を一枚ずつ分けた。


「この机は、私の所有物ではありません。ここへ戻ってこないと、誰が何を読めなくなるかを見る場所です」


 まず、カイルの夜番帰着札を机の左に置く。


「これは、カイルさんが鍵箱を返したかどうかだけではありません。帰って、粥を食べて、次の夜番へ鍵を渡せるかまでの札です。王宮控えだけでは、本人がここで読めません」


 次に、テッサの包帯乾燥確認札。


「これは布の枚数ではありません。明朝、傷のある人に湿った布を当てないための確認です。封緘束に入ると、棚の前で止まれません」


 ノラの朝湯温札を、湯気の跡が残る端を上にして置いた。


「これは湯温の数字ではなく、薬を飲む人の喉を守る手順です。王宮厨房の共通印では、ノラさんの手の熱さは確認できません」


 最後に、ミラの夜明け薬の札を、椀の横へ戻す。


「これは夜明けまで冷めすぎないこと、飲んだあと次の薬まで腹に残ることを確認する札です。ここから消えたら、ミラは自分の薬がどう扱われたのか読めません」


 書記官の封緘紐が、少しだけ宙に浮いた。


「しかし、仮窓口を王宮管理に入れないと、リディア殿の勤務実績も整理できません。帰着先机、本人未整理名札棚、薪の乾燥札……すべて未完了のまま残ります」


「残しているのです」


 リディアは、自分の名が書かれた未整理名札を机の中央に置いた。


「私の名も、北門の火も、ここでまだ帰着条件を読んでいます。勤務実績があるから王宮へ召し上げるのではありません。勤務実績があるなら、何を空にして、誰の朝を動かし、どの札を誰が読めなくなるのかを、先に明細へ落としてください」


 セレスティアが、王宮厨房監督官の銀印を取り出した。けれど、朱ではなく青い保留印だった。


「北門小竈横仮窓口、生活到着確認中。編入命令は、生活影響明細添付まで未発令」


 青印が押されると、机の上の札は封緘束ではなく、四つの読み場所へ戻された。


 カイルは夜番帰着札を読み、自分の名の横に小さく丸をつけた。


「帰ってから粥、食べました。鍵箱、次番に渡せます」


 テッサは包帯札を棚へ戻し、ノラは湯温札を湯桶の縁に挟んだ。ミラは椀の横に戻った札を見て、ほっと息を吐いた。


「私の薬、ここで読めるなら怖くない」


 リディアは、机の端を指でなぞった。


 これは私の机です、と言いたかったわけではない。


 ここへ粥の空椀が戻る。ここへ薪の乾きが戻る。ここへ夜番の帰着が戻る。ここへ、リディア自身の名も、処理済みではなく、まだ読まれるものとして戻る。


 書記官は、封緘紐を巻き直しながら、小さく息をついた。


「王宮では、机は部署に属します。部署に属さない机は、事故のもとだと教わりました」


「北門では、机は戻るものを待ちます」


 リディアは、未整理名札棚の空き段を示した。


「部署名があっても、カイルさんが帰ったと読めなければ、鍵箱は宙に浮きます。管理印があっても、ミラの薬が椀の横へ戻らなければ、確認は終わりません。この机は、誰かの名前を上へ運ぶ場所ではなく、名前が生活へ帰るまで閉じない場所です」


 セレスティアは青印の写しを一枚、書記官に渡した。


「王宮控えにはこう写しなさい。『北門仮窓口は、所在地ではなく到着条件で管理中』。紛失防止のためなら、原札ではなく、戻る先を写すのです」


 書記官はしばらく札を見つめ、それから封緘紐を自分の帳面へしまった。封じるための紐が、今日は封じない理由を記録する栞になった。


 だから、この机は奪われた居場所ではなく、生活手順が帰ってくる窓口だった。


 そのとき、青印の横に、別の白札が差し込まれた。


「北門小竈横仮窓口担当者名、王宮厨房臨時書記官へ差替予定」


 リディアは白札を伏せなかった。


「次は、誰が読むかを明細に戻します」

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