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ゴブリンを甘く見るな!――元最強ギルドマスターの俺がゲーム序盤に転生、未来知識を武器に見習い傭兵から成り上がって王になるまで  作者: 窮北の風


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第30話 計画変更

 近い。


 さらに近い。


 通りいっぱいに広がったゴブリン軍は、すでに私との距離を百歩も残していなかった。


 月明かりはさっきより弱くなっている。とはいえ、たとえトーヴェのような並外れた視力がなくても、ここまで近ければ相手の顔つきも装備も十分すぎるほど見て取れた。


 だからこそ、私はこの軍勢の異様さにすぐ気づいた。


 おかしい!!


 これまで見てきたゴブリン兵たちの、あの無秩序で混乱した集団とはまるで違う。目の前の軍勢は、あまりにも静かすぎた。

 人間を見た時の狂ったような咆哮もない。耳障りな奇声も飛び交わない。聞こえてくるのは、甲冑が打ち合う硬い音と、数は多いのに不思議と乱れのない足音だけだった。


 私は目を細め、その隊列をじっくり見渡した。すると、すぐに理由が分かった。


 隊列の中央には、ひときわ体格のいいゴブリン精鋭戦士が八体いる。身長一メートルにも満たない普通のゴブリン兵たちは、その左右へ波のように散開し、中央の主力を護衛するように配置されていた。


 そして何より目を引いたのは、その隊列のど真ん中にいる、最も大柄な一体だ。


 その個体の装備は、周囲の同族より明らかに上等だった。上半身に着けた鎖帷子は月光を受けて鈍く光り、顔には血色の紋様が塗りたくられている。鼻には金の鼻輪まで通してあり、その野性的な装いは、どこかオークめいた錯覚すら抱かせた。見る者に一目で凶暴さと不気味さを印象づける姿だった。


 だが、私が最も警戒したのは装備ではない。


 その表情だ。


 そこには血に飢えた獣の狂気はなく、むしろ妙に落ち着いた、沈着な面構えがあった。


 最悪だ。


 これは、私が一番見たくなかった状況だった。目の前の軍隊には明確な指揮官がいて、しかもそいつは並外れた知恵を持っている。


 平均知能が三十にも届かないゴブリンの群れから、こういう個体が生まれること自体、極めて稀だ。つまり、その地位は普通の精鋭戦士とは比べものにならない。


 ゲーム内で見たゴブリン軍の編成知識と照らし合わせれば、ほぼ間違いない。


 あれが、今回チカ町を襲ったゴブリン軍の指揮官だ。


 敵の統率者と真正面から鉢合わせたと理解した瞬間、頭の回転が一気に速くなる。


 どうやら、さっきまで考えていた“時間稼ぎ”の作戦は、そのままでは使えそうにない。


 相手が本能だけで動く普通のゴブリンの群れなら、私は奴らを挑発し、後方の住民たちより自分を優先して狙わせることができたはずだ。


 向こうより少し高い能力値と、こちらの身のこなしを活かせば、入り組んだ路地の中を凧のように引き回しながら、時々はぐれた個体を仕留め、怒りを自分に集中させ続けることができる。


 ゲームでは使い古された手だ。いわゆる“カイト”戦法である。


 だが、この戦法には絶対条件がある。


 敵に知性がないこと。


 獣や低知能の雑魚相手なら、ヘイトの高い相手を優先して追いかけるからこそ成立する。だが敵に知恵があれば、この手の小細工はあっさり見抜かれる。


「……となると、作戦を変えるしかないな」


 そう呟いた時、向こうの軍勢もまた、道の真ん中に立つ私を認識した。だが、その歩みは一切止まらなかった。


 それどころか、後方の難民たちを逃がすまいと判断したのか、隊列中央にいたゴブリンの首領が片手を軽く振る。すると左右に散っていた普通のゴブリン兵たちが、訓練された兵士のように素早く道路の両側へ広がった。


 一目で分かる。


 こいつらは、私を無視して、そのまま後ろの人間たちを喰いにいくつもりだ。


 私はちらりと背後を見た。まだそれほど遠くへは逃げられていない難民の列がある。奥歯を噛み締めた。


 敵が散り切る前に、何としても全意識をこちらへ向けさせる必要がある。


 しかも一気に。


 最初の瞬間に奴らを自分へ縛りつけられなければ、“時間を稼ぐ”など絵空事だ。


 私は剣を握る手にさらに力を込めた。


「おい!こっちを見ろよ!この緑皮の畜生ども!」


 喉が裂けるほどの怒声を張り上げると同時に、私は矢のように前へ飛び出した。


 背後の難民たちがこの叫びを聞いたかどうか。聞いて足を速めたかどうか。そんなことは、もう考えていられない。


 私の視線は最初から最後まで、ただ一つの標的だけを捉えていた。


 精鋭戦士たちに守られた、中央のゴブリン首領。


 そう。


 私の作戦は極めて単純だった。


 敵が完全に対応する前に、持てる力のすべてをぶつけて、首領をその場で叩き殺す。


 この軍が統率を失えば、そこから改めて時間稼ぎの作戦へ持ち込める。


 百メートル……


 私は心の中で、双方の距離を冷静に数え続ける。


 八十メートル……


 親指が《洞察の指輪》の表面をそっと撫でる。


 五十メートル……


 もう少しだ。


 だが、まさに腕を持ち上げようとしたその瞬間だった。


 遠くのゴブリン首領が、突然こちらへ向けて侮るように笑った。


「Gaga Dus!(止めろ)」


 その号令が落ちた瞬間、二体のゴブリン精鋭戦士が隊列から飛び出した。両手に巨大な斧を握り、迷いなく一直線に私へ突っ込んでくる。


「くそっ……!」


 距離が近すぎる。今さら軌道を変えるのも、狙いを修正するのも、もう遅い。


 それ以上に厄介なのは、その二体が寸分違わず私の進路上へ飛び込んできたことだ。首領の姿は、二体の巨体に完全に隠されてしまった。


 今ここで無理やり《洞察の指輪》を発動しても、この距離では灼熱光線が首領へ届く前に途中で消える可能性が高い。


 斬首計画の難度が、一気に跳ね上がった!!!


 目の前まで迫った敵を見て、私は咄嗟に最も近い精鋭戦士へ指輪を向ける。


「ザコ!」


 全身の魔力が一瞬で中指へ集まり、透明な宝石から真紅の光線が迸った。


 ジィィ――


 それは燃える矢のように一直線に走り、五歩先のゴブリン精鋭戦士の胸を一撃で貫いた。その勢いはなおも残り、二体目の肩口に黒く焼けた傷を刻みつけて、ようやく空中へ散る。


 私は結果を確認しなかった。

 足も止めない。

 そのまま低く身を沈め、一体目の巨体を遮蔽物代わりに使いながら腋の下をすり抜け、同時に長剣を振るった。


 銀光が走る。


 二体目の喉が、あまりにもあっさりと裂けた。黄ばんだ血が噴き上がる前に、私はその死体を追い越していた。


 二体の精鋭戦士を連続で排除し、首領との距離は十数メートル。全力で前へ出続ける私にとって、その程度の距離はもはや無いに等しかった。


「死ねっ!」


 私は剣先を、まるで恐怖で動けなくなったように見えるゴブリン首領の胸へ真っ直ぐ突き立てた。


 ギィィィッ――


 手応えが、おかしい。


 肉を裂く感触がない。剣先は、まるで硬い曇りガラスの表面を滑ったかのように逸れ、刃の脇から細かな火花が散った。


 その瞬間、ようやく私は首領の正面に展開していたものを見た。

 ほとんど透明に近い、薄い膜のような障壁。


《武器偏折力場》!


 これは、さっきアンデッドプリーストが使った《拒絶の光環》とは違う。あちらは広く攻撃全般を防ぐ代わりに防御力は限定的だったが、この魔法は金属武器にしか効果がない代わりに、圧倒的に強固だ。

 使用回数も、防御上限も、《拒絶の光環》とは比較にならない。

 この膜を正面から破るには、術者の二倍以上の力が必要になる。


 だからこそ、ゲームではほぼすべてのメイジ系プレイヤーが真っ先に習得する、生存用の必須技能でもあった。


 そして今の私にとっては、これ以上ないほど最悪の知らせだった。


「最悪だ……!」


 私は思わず心の中で、この世界の創造主を罵った。


 どうして私が出会うボス級の敵は、どいつもこいつも強力な魔法防御装備なんか持っているんだ。今のアララン大陸じゃ、魔法アイテムはそんなにありふれた安物なのか?


 だが、毒づいている暇はない。

 次の瞬間、左右から風を裂く二つの重い衝撃が迫った。狙いは、私の頭と肩。


 ガァン!!


 私はほとんど反射で剣を縦に立て、頭を狙った一撃をぎりぎりで受け止める。激しい火花が散った。


 だが、もう一方は防げない。


 ドッ!


 重い打撃が肩口へ叩き込まれる。


 その瞬間、私は山に殴られたのかと思った。

 信じられないほどの怪力に身体が持ち上がり、私は枯葉のように斜めへと吹き飛ばされた。背中が道端の土壁へ叩きつけられ、内臓がまとめて位置を変えたような鈍い痛みが走る。


 私は歯を食いしばり、激痛を押し殺しながら、すぐに転がって起き上がった。

 そして前を見た。


 残る六体のゴブリン精鋭戦士はなお整然と構えを崩していない。対して普通のゴブリン斥候たちは左右から一斉に迂回し、私が首領へ再び突っ込むための進路を完全に塞ぎつつあった。


 その中央で、金の鼻輪を下げたゴブリン首領は、ゆっくりと腕を組んでいる。

 その眼差しには、露骨な嘲りすら混じっていた。


「ぺっ」


 私は口の中に溜まった濁った血を吐き捨てた。肩の痛みはなお脈打つように続いている。

 それでも、口元はゆっくりと吊り上がっていった。


「いい。いいじゃないか」

「少なくとも、敵の注意は全部こっちへ向いた」

「なら……あいつらは、もう少し遠くまで逃げられるだろうな……」

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