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ゴブリンを甘く見るな!――元最強ギルドマスターの俺がゲーム序盤に転生、未来知識を武器に見習い傭兵から成り上がって王になるまで  作者: 窮北の風


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第29話 山麓

 チカ町から双流城へ向かう道は、二本ある。


 一本は町の北から出て、カエル湖の上流に沿って北へと曲がりながら進み、方石灘スクエア・ストーン・ビーチを迂回してから東へ折れる道だ。遠回りに見えても、道幅が広く平坦で、水場にも困らないため、商隊や旅人の多くはこちらを選ぶ。


 もう一本は、それよりずっと短い。

 町の東から出て、「オウム嘴」と呼ばれる小山を越えれば、そのまま双流城へ通じている。だが、こちらは道が狭く曲がりくねっており、普段は急ぎの者か、体力に自信がある者、あるいは登山や景色を好む者しか通らない。


 その、普段は人通りの少ない山道を、今まさに一団の人々が夜の闇の中、必死に逃げていた。


 レオナルドは人混みの中に紛れ込みながら、すでに先ほどまでの意気込みを完全に失っていた。

 魂が抜けたように脚だけが機械的に前へ出る。だが頭の中は混乱しきっていて、何も整理できない。


 どうしても分からなかった。


 自分があれほど頼りにしていた冒険者の小隊が、どうしてああも何事もなかったかのように、自分たちの横を走り抜けていったのか。


 彼らは、後ろに武器を持たぬ町民がいることを見ていたはずだ。

 泣き叫ぶ声だって、聞こえていたはずだ。


 それなのに、足を止めることすらせず、人々を追い越し、そのまま森へ消えていった。


 あの人たちは、自分たちの行動が残された者たちにどれほどの破滅をもたらすか、本当に分からなかったのだろうか。


 レオナルドは思わず振り返った。


 道の果てでは、燃え上がる火の明かりに照らされながら、ゴブリン軍の影が少しずつ姿を現し始めている。

 低く小さいくせに、異様な密度で押し寄せてくる黒い影。まるで波のように畑を覆って近づいてくる。


 今の速度では、とても森まで辿り着けそうにない。

 その前に追いつかれる。


 そうなれば、ここにいる全員が終わりだ。

 自分も、父も、母も、妹も。


「こんな時に、それを背負ってどうする!」


 突然、父の怒鳴り声が耳元で炸裂した。


 三十年ジャガイモ畑を耕してきた老農は、母の背中にくくりつけられていた二本の鍬を、乱暴に引きはがした。


「あなた!」

 母は慌てて奪い返そうとする。

「これ、うちで持ち出せた唯一の値打ちものなのよ! これがなかったら、これから何で食べていくの!」


「命がなくなったら、鍬なんて何の役にも立たんだろうが!」


 父はそう怒鳴り返し、鍬を投げ捨てようとして腕を上げた。

 だが、そのまま固まる。


 柄を握る指の節は白くなり、濁った老いた目には、あまりにも深い未練がにじんでいた。


 しばらくして、父は大きく息を吐き、結局その鍬を自分の背へと担ぎ直した。


「……いや、やっぱり俺が持つ」


「父さん、俺が持つよ」

 レオナルドは二歩前へ出て、手を伸ばした。


 だが父は身をかわし、そのまま彼の肩越しに、後方から迫ってくる黒い影へ視線を向けた。

 そして首を横に振る。


 妹の手を、彼の方へ押し出した。


「お前は妹を連れて走れ」


 声は驚くほど静かだった。

 生きるか死ぬかを話しているようには、とても聞こえない。


「だめだ! 一緒に行くんだ!」


 レオナルドは反射的に叫んだ。


「馬鹿な子だな」


 父は肩を軽く叩き、引きつったような笑みを浮かべた。


「もう間に合わん」


 そう言うと、彼はその場にどかりと腰を下ろし、もう動こうとしなかった。


 母は何か言おうと口を開きかけたが、結局何も言わず、ただ小さく笑って父の隣へ腰を下ろした。

 そのまま、そっと父の肩にもたれかかる。


 周囲で逃げていた人々の間にも、少しずつ分裂が生まれ始めていた。


 白髪の老女がついに歩けなくなり、家族に支えられて道端へ運ばれる。木の幹に背を預けて座り込んだその隣では、嫁らしき女性が膝をつき、声を殺して泣いていた。だが、何を言えばいいのか分からないのだろう。


 若い夫婦の一組は、なおも口論していた。

 夫は、支度が遅かったせいで逃げ遅れたのだと妻を責める。

 妻は涙声で、それならあんたが要らない荷物なんかまとめなければよかったんだと叫び返す。


 だが、何言か応酬したあと、夫は急に口をつぐんだ。

 そのまま幼い子を抱き上げ、妻の手を引いて再び走り出す。


 それでも、ほとんどの者はまだ必死に走ろうとしていた。

 老人を背負う者。

 子供を抱えている者。

 靴が脱げても拾う余裕すらない者。


 だが人の流れはどんどん遅くなり、誰の呼吸も重くなっていく。

 目には見えない絶望が、網のようにすべての人を覆っていた。


 レオナルドは、息を荒げながらなお必死に足を前へ出そうとする人々を見つめ、それからもう一度だけ父の腕を引こうとした。


 だが父は、その手を静かに払いのけた。


「妹を連れて、生きろ」


 背後から届いたその声は、ため息のように軽かった。


 レオナルドは半ば夢遊病者のように妹の手を引き、森の方へと小走りに進んだ。


 耳にはあちこちの泣き声が響いているのに、頭の中は真っ白だった。


 もう何もできない。

 そう理解していた。


 このゴブリン軍の大群に、自分たちのような者が太刀打ちできるはずがない。

 ここに残ったところで、死体がいくつか増えるだけだ。


 胸の底から、どうしようもない罪悪感がこみ上げてくる。


 もっと剣が上手ければ。

 もっと自分に力があれば。


 騎士の誓いの通り、もっと多くの人を守れたのだろうか。


 だがその一方で、先ほど自分たちの横を走り抜けていった冒険者小隊のことも思い出す。

 あの連中でさえ、この状況では逃げることを選んだのだ。


 なら、どうしてわざわざ命を懸けて、赤の他人を助けなければならない。


 誓いのためか。

 心の中の信念のためか。


 そんな、形のないもののために、自分の命を差し出す価値なんて本当にあるのか。

 そして実際に、それを貫ける人間がどれほどいるのか。


 そう考えながらも、彼の脚はいつの間にか遅くなっていた。


 そして、気づけば彼は振り返っていた。


 隊列の最後尾。

 最初から最後まで、ずっと人々の背後に立ち続けていた、あの若い剣士の方を。


「このまま走っても、森に入る前に絶対に追いつかれる」


 私は足を止め、後方から雪崩のように迫ってくる黒い影を見つめながら、胸の奥がますます重くなるのを感じていた。


 ゴブリン軍はどんどん距離を詰めてきている。

 その無数の足音は、まるで鼓のように、一人一人の胸を打っていた。


 たとえ運よく森へ逃げ込めたとしても、結局逃げ切れない。

 全員の体力が尽きたところで待っているのは、一方的な虐殺だけだ。


 もしこの人たちを見捨て、トーヴェだけを連れて走るなら、私なら確実に逃げ切れる。

 だが、この人々を囮にするような真似だけは、どうしてもできなかった。


 私は立ち止まり、トーヴェの方を見た。

 道中ずっと大らかで、どこか飄々としていたこの少女も、今だけは少し緊張しているらしい。きょろきょろと辺りを見回しながら、手の中の麺棒を落ち着きなくこすり合わせていた。唇も強く結ばれている。


 少し離れたところでは、レオナルドも私を見つめていた。

 金髪の若造は、いつの間にか泣いたらしく、顔に涙の筋が残っている。ひどく間の抜けた顔で、まるで泥をかぶった猫みたいだった。

 私は少し笑いそうになり、けれど今笑うのはさすがにどうかと思い直した。


 やがて、人々は一人、また一人と足を止めていく。

 視線がすべて、私の方へ集まった。


「だ……旦那さま……」


 道にへたり込んだ大柄な女が、震える声で言った。


「私たちは足が遅いんです。あんたは……あんたは先に行ってください。私たちのことは、もう……」


「そうだよ」

 その隣の男も言葉を継ぐ。

「あんたは十分やってくれた。恋人さんだけ連れて逃げな。俺たちは恨まねえよ……」


「旦那、もし双流城まで辿り着いたら、カラス通りの戦斧亭に手紙を届けてもらえませんか? 女将さんに、こう伝えて――」


 私は差し出された封筒を、笑いながらそっと押し返した。


 それから周囲を見回し、わざと少し苛立ったような顔を作る。


「誰が止まっていいと言いました?」


「まだ走ってください」


「で、でも……どこへ……?」

 誰かが泣きそうな声で問い返す。


「何度も言ったでしょう。前の林です。あそこを抜けて、その先の道を二日ほど進めば、双流城の城壁が見えてきます」


「旦那、道なら分かります……」

 中年の男が拳を握りしめ、震える声で言った。

「でも、あの後ろの化け物どもが、俺たちを見逃すとは思えません……」


「まあまあ、そのことは気にしなくていいです」


 私は肩をすくめ、できるだけ軽い口調でそう言った。


「トーヴェ、私の外套、絶対になくさないでくださいよ」


「レオナルド。ここから先、この人たちのことはあなたに任せます」


 そう言ってから、私は静かに腰の剣を引き抜いた。


 刃は火の光を受けて、冷たい輝きを放つ。


 私はそのまま、ゴブリン軍の方へ向かって歩き出した。


 一歩。

 二歩。

 三歩。


 足取りは確かで、迷いはなかった。


「少しだけ、時間を稼ぎます」


 背後の声が、徐々に遠ざかっていく。

 泣き声も、叫び声も、足音も、すべてが霞んだ背景のように薄れていった。


 前方の黒い影は、ますます近づき、はっきり形を持ち始める。

 その手に握られた武器も、風に乗る血の臭いも、もうはっきり分かる。


 私は剣の柄を握る手に、さらに力を込めた。


 体の中の血が、さっきよりも熱を帯びていく。


 ……


 ……


 それから何年も経った後。


 チカ町から生きて逃げ延びた人々は、誰もがオウム嘴の山麓でのあの夜を思い返すたび、同じ光景を胸に浮かべたという。


 火に染まった街の彼方で、たった一人の少年が長剣を手にし、空を埋めるようなゴブリン軍へ向かって歩いていく姿を。


 火の明かりの中、その背は長い影を地に引き、歩みは静かで、一切のためらいもなかった。


 その光景は焼印のように、あの夜生きて町を出たすべての者の心に、深く刻み込まれたのだった。

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