第26話 底意
この《栄光の王座》(Throne of Glory)という時代を画した大型ネットワークゲームには、きちんとした戦闘力の区分基準が存在する。
プレイヤー側はステータス画面に表示される職業Lvによって測られ、一方でゲーム内の住民たちは、職業認証の等級によって区別されていた。
両者の能力値をおおまかに照らし合わせると、「鉄」級はだいたいLv5のプレイヤー相当、「銅」級はLv10相当、「銀」級はLv20相当、「金」級はLv30相当、そして「ダイヤモンド」級はLv50相当にあたる。
もちろん、これはあくまで身体能力の数値的な比較にすぎず、そのまま職業者の実際の戦闘力を意味するわけではない。
技能、装備、魔法、さらには毒、罠、地形といった要素まで、一つの戦いの勝敗を左右する重要な鍵になる。
実際、私はかつて、「銅」級にすぎないアサシンが、隠身魔法と卓越した暗殺技術を使って、「銀」級のメイジを仕留めた場面を見たことがある。
だが、そうした要素も、絶対的な力量差の前では無意味になることがある。格上を倒すというのも、あくまで両者の差がそこまで大きくない場合に限った話だ。
なにしろ、職業等級が一段違うだけで、その実力差は天と地ほどにもなる。
たとえば今の私でさえ、まだ正式な職業認証を終えていないとはいえ、この時点の力で普通の冒険者七、八人を同時に相手にしても、そこまで恐れる必要はない。
それが、レシオ――たかが「鉄」級とはいえ正式な職業戦士である男――が、冒険者ギルドであれほど持ち上げられていた理由でもある。
この時代、強者を慕うことは別に恥ではない。むしろ強者に従うことは、自分の力を最も早く伸ばす方法の一つであり、同時に、命の危険だらけの冒険稼業において少しでも生存率を上げる術でもある。
ちょうど今、先頭を走っているレシオのまわりにも、すでに四、五人の冒険者が集まっていた。
たとえ人間性に大きな問題があったとしても、ゴブリン軍が押し寄せているこの状況では、一人で逃げるより職業戦士の後ろについた方が安全だと考えるのは自然なことだ。
数が多いほど力になる。しかもその先頭に職業戦士がいるとなれば、なおさらだ。
理屈の上では、この構成ならゴブリン斥候二十体ほどの小隊を単独で相手にすることも不可能ではない。連携が十分に取れていれば、ゴブリン精鋭戦士が一、二体混じっていても戦えない話ではないはずだ。
だが問題は、レシオたちの一団が、どう見ても勝利を収めた者たちの姿ではなかったことだ。むしろ、敗走してきた野良犬の群れに近い。
「こいつら、ゴブリン軍の主力にでもぶつかったのか……?」
胸の内に、嫌な不安がじわりと広がる。
レシオのような男は、見るからに虚栄心が強く、手柄を好むタイプだ。そんな男が逃げるしかなかったというのなら、相手の力は相当なものと考えるべきだろう。
そう思った私は、人々に足を速めるよう促し、できるだけ別方向へ逸れるように進路を変えた。
長年の戦闘経験と、そして自分自身が死んだ経験が教えてくれる。
――信用できない味方は、時に強大な敵よりもよほど恐ろしい。
「彼ら……冒険者ですか?」
その時、レオナルドが私の視線の先に気づき、同じ方向を見て顔を明るくした。
「コロン様、あの人たちをこちらに加えてもらえませんか? そうすれば、もっと安全になるはずです」
さっき互いに名乗ってからというもの、この若い民兵見習いは、どうしても私を「様」づけで呼びたがった。何度かやめるよう言ってみたが効果がなかったので、途中から諦めてそのままにしていた。
今の彼は、他の人々と同じく、目の前の冒険者たちを心強い援軍と見なしているのだろう。だが彼らは冒険者の世界を知らないし、ましてレシオという男の性根も知らない。
「構わなくていいです。みんなには速度を上げるよう伝えてください。そのまま東側の林まで移動します」
私は首を横に振り、彼の提案を却下した。理由までは説明せず、とにかく先に人々を誘導するよう指示を出す。
その間、私は隊列の横へ回り、レシオたちの動きを見張ることにした。そして、どうかこちらへ来ないでくれと、心の中で祈った。
だが残念ながら、今回は幸運の女神は忠実な信徒を見捨てたらしい。
レシオは私に気づくと、ほんの一瞬だけ考える素振りを見せ、そのまま小隊を率いてこちらへ向かって走ってきた。
気のせいでなければ、その足取りはさっきよりも少し速くなっている。
「コロン様! あの冒険者の隊がこちらへ向かってきます!」
レオナルドは目を輝かせた。まわりの人々も、一様にほっとしたような表情を浮かべる。装備も戦闘能力も上の冒険者が合流してくれれば、安全はぐっと増すと考えるのも無理はない。
「やっぱり、あの方たちも栄誉を重んじる立派な人たちなんですね! でなければ、自分からこちらに加わろうとはしないはずです。コロン様、私が行って話をしてきます!」
レオナルドが前に出ようとしたので、私は咄嗟にその腕を掴んで止めた。
「コロン様?」
「ここは私が行きます。あなたは他の人たちを見ていてください。予定通り進んで」
彼が納得のいかない顔をしているうちに、私は隊列の脇へ出て、まっすぐレシオたちの進路に向かって歩き出した。
「コロン、あの人たち、なんだか感じが悪いねえ」
いつの間に来たのか、トーヴェが私の隣に立って、目を細めながら前を見ていた。
「トーヴェさん、あなたは大人しくみんなについて行くべきじゃありませんか? それに、こんな真っ暗な中で、どうして相手が好人物じゃないって分かるんです?」
「だって、動きと表情だよ。ほら、先頭のあのおじさん、口の端がちょっと上がってる。あれ、絶対に冷笑してる時の顔だよ。それに剣の柄を握ってる右手も、さっきよりずっと力が入ってる。助けに来る人の顔じゃなくて、どう見ても獲物を狙ってる人の顔でしょ」
「そ、そんなの見えるんですか?」
「見えるよ? コロンは見えないの?」
私は思わず目をこすって、改めてレシオの方を見た。だが、見えるのは顔の大きな刀傷くらいで、トーヴェの言う「上がった口元」だの「力のこもった指」だのはさっぱり分からない。
「……う、うん。私にも少しは見えましたよ。さすがトーヴェさん、観察力が鋭いですね……」
冗談じゃない。こういうところで自分が劣っているなんて、認められるわけがない。
「コロン、今ちょっと嘘ついたでしょ……」
「はは、そんなことより、トーヴェさんはみんなと一緒に先に林へ行っていてください。ここは私が何とかしますから」
まずい。これはまずい。パン屋の娘をこれ以上そばに置いておくのは危険だ。勘が鋭い女は厄介だが、目まで良くて、なおかつ直感も鋭い女となると、もはや恐怖ですらある。
一瞬、自分が他人の人生を借りていることまで見破られるのではないかという妙な不安が胸をよぎった。
「うん、分かった。でもコロン、絶対に気をつけてね!」
幸い、トーヴェはそれ以上この話を引っ張らず、人々と一緒に林の方へ向かってくれた。
周囲に誰もいなくなったのを確認してから、私はもう一度レシオの方を見た。そしていつでも抜けるよう、そっと剣の柄に手を置く。相手が何か妙な動きを見せた時、即座に反応するためだ。
二百メートルほどの距離など、日々駆け回っている冒険者にとっては何でもない。全員が傷を負っているとはいえ、ほどなくして彼らは私の目の前まで来た。
だが予想していたのとは違い、彼らはそこで立ち止まらなかった。
レシオは終始、剣の柄を握ったままだった。そして私を見ても、挑発の一つすら口にしない。何事もないかのように、そのまま私の横を全速力で駆け抜けていった。
あっという間に、レシオとその隊員たちは足の遅い人々を追い越し、真っ先に林の中へと飛び込んでいく。小隊の全員が一言も発さず、群衆の中でレオナルドが声をかけても、まるで聞こえなかったかのように無視した。
私は一瞬、状況が飲み込めず眉をひそめた。
その直後だった。
レシオたちが走ってきた方角から、再び急激で重い足音が響いてきた。
しかも一つや二つではない。
次の瞬間、道の果てに八つの大きな影が現れる。
その時、雲の切れ間から、青白い月光が大地へ落ちた。
私はその姿を見た瞬間、思わず悪態をつき、そのまま踵を返して全力で走り出した。
なぜなら――
そこにいたのは、八体ものゴブリン精鋭戦士。
そして、その背後には数えきれないほどのゴブリン斥候が群がっていたからだ。




