第26話 余波は残り、旅は前へ進む
温泉地の朝は、遅かった。
霧が薄くなり、山肌が姿を現しても、
湯の匂いはまだ空気に残っている。
昨夜の出来事が、
夢だったとは思えないほど、
身体の奥に静かな余熱が残っていた。
ミルフィは湯屋の縁で、
耳を撫でるように整えている。
無意識の仕草だ。
それでも、指が触れるたび、
耳先が小さく動く。
それを見て、リィアが目を細めた。
「……まだ、残ってるね」
「……うん」
短い会話。
でも、意味は十分だった。
視線が合い、
すぐ逸らされる。
触れなくても、分かる距離。
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宿を出る前、
温泉地の人々が集まってきた。
礼を言う者。
様子を探る者。
何も言わず、頭を下げる者。
異変は収まった。
理由を細かく知る者はいない。
ただ、
場の力が落ち着いたことだけは、
誰もが感じていた。
湯は澄み、
匂いは穏やかだ。
これ以上、ここに留まる理由はない。
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街へ戻る道中、
足取りは自然と揃った。
並んで歩く。
距離を測らない。
リィナが、歩調を落として囁く。
「……報告、どうする?」
「事実だけ」
余計な説明はいらない。
必要なのは、結果だ。
マリナは小さく頷いた。
「……それで、十分」
彼女の声は、
いつもより柔らかい。
湯気の名残が、
まだ、言葉に混じっている。
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ギルドの扉を開けると、
空気が変わった。
視線が集まる。
昨日と同じ――
いや、少し違う。
知っている者の目が増えている。
男たちの視線は、
探るようで、
やがて、納得に変わる。
女たちは、
何も言わずに見る。
羨望と、確認。
隠す必要はなかった。
自然な動作で、
隣の腰に手を回す。
強くはない。
でも、離れない。
それだけで、
空気が落ち着く。
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受付嬢は、
こちらを見るなり、息を整えた。
仕事の顔。
けれど、目は嘘をつかない。
「……お戻りですね」
「報告がある」
簡潔に、
温泉地の異変が収束したことを伝える。
原因は“場の歪み”。
対処済み。
彼女は書き留めながら、
一度だけ、視線を上げた。
言葉にしない確認。
俺は小さく頷く。
それで、終わりだった。
「……助かりました」
受付嬢は、
公式の礼を述べる。
だが、声の端に、
個人的な安堵が滲む。
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新しい依頼の話は、
すぐには出なかった。
今は、
移動の時間が必要だ。
街を離れる準備を整え、
荷をまとめる。
小さなスライムは、
水袋のそばで静かに揺れている。
触れると、
わずかに弾力が返る。
守る意思が、
そこにある。
「……行こう」
誰も反対しない。
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街を出ると、
風が変わった。
温泉の匂いが遠ざかり、
土と草の匂いが戻る。
旅は続く。
昨夜の余波は、
まだ胸の奥にある。
けれど、
それに縛られることはない。
前へ進める。
並んで歩く背中。
重ならない影。
それでも、
距離は、消えない。
それが、
今の形だった。
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つづく




