何をするにしても
建安九年(西暦二〇四年)三月某日。
鄴に居る曹操の下に文聘率いる二万の劉表軍が北上しているという報が届けられた。
曹操は最初、劉表が攻め込んで来たのだと思い、直ぐに戦の準備を命じた。
だが、後日届けられた報告によると、劉表が兵を差し向けた先は劉備が駐屯している新野県という事が分かった為、準備を止めさせた。
「しかし、とうとう劉備も袋の鼠となったな。最早あやつが討たれるのも時間の問題よ」
曹操は劉備はもう討たれる事を疑っていない様に言うが、それを聞いた沮授が首を振る。
「恐れながら、丞相。天文を見ますに劉備の運気は衰える兆しを見せません。むしろ強くなっております」
「なに? すると、あやつは生き残ると言うのか?」
逃げる宛て等ない状況で生き残るなど無理だと曹操は思うが、郭嘉も同意する様に述べた。
「沮授殿の申す通りです。むしろ、今まで死んでもおかしくない状況であっても生き残ったのです。此度も生き残ると言えるでしょうな」
「ふ~む。そうか。田豊はどう思う?」
曹操は近くにいる田豊にも訊ねた。
「丞相。わたしめも劉備は生き残ると思います。何せ、劉表と孫権との同盟を仲介した縁がございます。その縁を使い、孫権の所に逃げ込むでしょうな」
「むっ、そういう縁があるか」
逃げる宛てがあった事に気付いた曹操。
その曹操に田豊はこうも告げた。
「しかし、揚州に行く為には船が必要でしょう。その金を調達できなければ無理でしょうな」
「金か。食客で流石に自分が率いる兵全てを乗せる船を借りる金など持っていないであろうな」
「まぁ、其処は劉備の手腕しだいですな。無理であれば討ち取られるだけですから」
「そうだな。その後は、劉表と孫権が争い両名が弱った所で、我らが攻めれば天下は取ったも同然よ」
「その通りです。丞相」
「暫くは内政に勤めましょう」
「うむ。そうだな」
信頼できる謀臣達が当分は出兵しない方が良いと進言してきたので、曹操はその案を聞き入れた。
同じ頃。新野県の城内にある耿文の屋敷。
その屋敷の一室で耿武は劉備と面談していた。
「どうか、お頼みいたす。この通りだ!」
劉備は座っていた椅子から立ち上がり、両膝と両手地面につけさらに頭を床に押し付けながら頼んでいた。
これは叩頭という西周時代に文献記録される程に古くからある礼儀作法のひとつであった。
劉備が叩頭しているのを長椅子に寝そべり頬杖をつきながら見る耿文。
「しかしですね。まだ、借金を全額返して貰っていないと言うのに金を貸せというのは、少々厚かましいのではないでしょうか?」
耿文は図々しいと思いつつ訊ねた。
劉備が屋敷に来るなり、劉表軍が迫ってるので揚州に逃亡する。船や移動などに掛かる金を貸して欲しいと頼み込んできたのであった。
耿文は断ると、劉備は叩頭してきたのだ。
「どうか頼む。金を借りる宛てがお主しかおらんのだっ。この通りだ!」
劉備は床に頭を叩きつけながら頼んでいた。
「わたしに借りずとも、この地に住む商人や名士や富豪の方々に借りれば良いのでは?」
「……皆、劉表が攻め込んでくると知るなり、理由着けて金を貸さないと言って来た」
「でしょうな。わたしも同じ立場であれば金を貸す事はしないでしょうな」
耿文はそうだろうなと思うのを他所に、劉備は頭を床に叩き付けた。
「だから、頼む! どうか、わたしに金を貸して欲しい!」
劉備はそう頼むが耿文は嫌そうな顔をしていた。
そのまま、暫くの間沈黙の時間が続いた。
「・・・・・・分かりました。此処は皇叔の顔を立てましょう」
「お、おおおっ、そうか」
「そうですね。子銭が変わりますが、それで良いのでしたら」
「・・・・・・具体的にどのくらいになる?」
「そうですね。年利千割にしてもいいのでしたら、快く貸しましょう」
「な、なんだとっ⁉」
あまりに法外な子銭が付けられて劉備は顔を上げて耿文を見た。
「嫌ならば良いですよ。御帰りを」
「く、くうう・・・分かった。その条件で借りよう」
「皇叔が快く応じて下さり感謝します。では、借用書を」
耿文は起き上がり、使用人に借用書を用意させた。
劉備は借用書に名前を書いたのを確認した耿文は満足そうに頷いた後、金を千両ほど用意させて劉備に渡した。
劉備は渡された金千両と共に家臣達が居る所へ戻って行った。その顔は暗く沈んでいた。




