逃亡するしかない
文聘率いる二万の軍勢が新野県へと進軍している事は、劉備の耳にも届いた。
その報告を聞くなり、最初は誤報かと思ったが、直ぐに違うと分かり至急家臣を集めて評議を行う事にした。
大広間にて集められた家臣達。
皆一様に困惑しながら、この状況をどうするべきなのか話していた。
其処に劉備が上座に座ると、家臣達は静まりだした。
「皆もう聞いているだろうが、文聘率いる二万の軍勢が此処新野県に向かっている」
劉備がそう述べるのを聞いてか、家臣達は暗い顔をしていた。
「殿。我らは二千程度の兵しかおりません」
「籠城してもどれだけ持つか。戦っても勝てるかどうか」
「仮に勝ったとしても、我らは曹操と劉表を敵に回すという事になります」
「そうなれば、我らはそう遠くない内に滅ぼされます」
文官の孫乾と麋竺は現状をどう考えても、どうにも出来ないと分かっているが、立場的にそう言わないといけない為か敢えて述べた。
二人の話を聞いてか、武官は全員黙り込んだ。
普段であれば張飛辺りが、自分の武勇があれば勝てると豪語するのだが、そう言う事も憚られる状況だと分かっているので口を閉ざしていた。
劉備も分かっているが、何かないかと思い単福を見た。
「単福よ。何か策は無いか?」
そう問いかけられた単福は息を吐いた後、手を掲げた。
「今、我らが取れる策は二つしかありません。一つはこの城を枕に討ち死に覚悟で抗戦する。二つ目はこの城を出て逃げるしかありません」
単福が指を立てながら述べた。
「軍師殿。軍師殿の智謀があれば、この前の呂曠と呂翔が率いる軍勢を野戦で打ち破ったように勝つことは出来ないのか?」
張飛が軍師の智謀があれば出来るのではと思い訊ねるが、単福は首を振った。
「先も麋竺殿が申しましたが、張飛将軍達の武勇とわたしの智謀があれば勝つ事は難しくありません。ですが、勝ったとしてもその後が難しいのです。もし、勝てば、我らは曹操と劉表の両勢力を敵にする事になります。そうなれば、我らは直ぐに滅ぼされます」
単福が断言するのを聞いて、張飛は唸りながら悔しそうな顔をしていた。
そんな張飛を劉備に困った顔をした。
「・・・・・・城を枕に討ち死になど愚かな事だ。逃げるしかないが、何処に逃げるのだ?」
劉備はもうどこにも逃げる宛てが無かった。
「此処は孫権殿の下に逃げましょう」
「大して親しくしていないぞ。我らを受け入れると思うか?」
「しかし、益州の劉璋よりも知っているのでしょう。であれば、孫権の下に逃げるしかありません」
「確かにそうだが。揚州に向かうとしたら、江夏郡を通るという事になる。其処を通るのか?」
揚州を向かうには、江夏郡を通るしかないと思い劉備は単福に訊ねた。
「はい。江夏郡は黄祖が治めておりますが、其処を通るしかありません。敵の厳しい追撃を受けるでしょうが・・・」
単福は其処だけは逃れられないと言うと、劉備は少し考えた後、口を開いた。
「他に策は無いか?」
「ない事は無いですが、曹操の領地に逃げ込んで文聘軍が襄陽に帰還するまで身を隠すという方法もありますが、身を隠している間に曹操が兵を出すかも知れませんので、これは賭けに近いです」
「そんな危険な事は出来ん。此処は逃げの一手としよう」
劉備は直ぐに揚州へと逃げる事を決めた。
家臣達に逃げる準備を整える様に命じ、城内に居る民達にも劉表があらぬ疑いを掛けて来たので逃げるという事を伝える様に指示した。
それが終わると、劉備は逃げる準備をする為にその場を離れた。
(また流浪する事になるとはな。いったい、何時になればわたしは地に足を付ける事が出来るのであろうな・・・・・・)
己の不甲斐なさを自嘲しながら廊下を歩く劉備。
その不甲斐なさを悔しいと思っているのか、手は血管が浮かぶ程に強く握ったまま震えていた。




