今こそ、その時
徐州と九江郡に駐屯している曹操軍の動きが活発になった事は、直ぐに孫権の耳に入った。
同盟を破棄した隙を狙い侵攻するつもりかも知れないと思い孫権は荊州侵攻する為に編制した軍を急遽、曹操軍に対応させる事にした。
郡境と州境の近くには、両軍の兵達が配備され、睨み合っていた。
数日後。
孫権が曹操の対処の為に兵を向けているという報は劉表に届けられた。
その報告を聞いた劉表他家臣達は内心で安堵していた。
劉表からしたら、何の覚えもない罪で言いがかりをつけられて同盟を破棄された為、何度も使者を送り考えを翻意して欲しいと頼んだが、聞く耳を持ってもらえなかった。
仕方がないので、軍備を増強し孫権軍と戦おうと決めていた所に、曹操に対応する事になった為、戦の準備がする時間が出来た。
劉表家臣達は戦の準備に取り掛かった、無論、蔡瑁も水軍の出陣準備をしていた。
船の調達、兵の調練などの準備の為、碌に屋敷に帰る事が出来なかった。
一通りの準備を終え、少し身体を休める事が出来た為、蔡瑁は屋敷に帰って来た。
屋敷に帰るなり、使用人が出迎えた。
「ご主人様。お帰りなさいませ」
「うむ。わたしが居ない間、何も変わりなかったか?」
「先程からご主人様にお会いしたいと客が来て、客間でお待ちです」
「客? 何か言っていたか?」
「はい。自分は孟徳様の遣いの者だ。蔡徳珪殿に直接渡したい文があるので帰るまで待っていると申しておりました」
「な、なにっ!」
孟徳の遣いの者と聞いて蔡瑁は目が見開いていた。
そして、直ぐに客間へと向かった。
廊下を歩き、部屋に入る前に軽く身嗜みを整える蔡瑁。
それが終わると部屋に入った。
部屋に入ると、一人の男が席に座り茶を飲んでいた。
蔡瑁が入って来るのを見るなり、男は頭を下げた。
「楽にして構わん。曹丞相の使者だそうだが、わたしに何用か?」
蔡瑁の知人で孟徳の字を持っているのは曹操一人だけであった。
その曹操の使者と聞いて、今回の孫権への対処に何をして欲しいのかと思いながら訊ねた。
「丞相はこれを見せれば分かると申しておりました」
使者はそう言って懐に入れている封に入った文を取り出して掲げた。
蔡瑁は封に入った文を受け取り、封を解き文を広げた。
文を広げると、時候の挨拶など何か頼み事などが書かれていなかった。
劉備討伐。
文には書かれていたのは四文字だけであった。
「・・・・・・成程。そういう事か」
文に書かれている文字を読んで蔡瑁は暫し考えた後、ようやくその言葉の意味が分かった。
(つまり、孫権の注意をこちらに引き付けている間に劉備を討てという事か。確かに、孫権が攻め込んでこないのであれば、劉備に兵を向ける事は出来るな)
以前とは違い、劉表は劉備を危険視しているので、劉備を討とうと進言しても聞き入れると予想できた。
「返事は不要との事です。では、これで」
蔡瑁の返事を聞かず使者は一礼し部屋を出て行った。
蔡瑁は使者を見送らず、そのまま私室に向かい蝋燭に火を着けると、持っている文を燃やした。
翌日。
蔡瑁は劉表に兵の準備が整いつつある事を報告する為に、その下に向かった。
「殿。歩兵、騎兵、水軍の出撃準備は整いつつあります。後少しすれば、孫権の領地に攻め込む事も出来ます」
「うむ。言いがかりをつけて、同盟を破棄する様な者に目に物を見せてやるわ」
劉表の戦意が高いのを見て蔡瑁はこれなら話を聞いてくれるかも知れないと思い、口を開いた。
「お任せを。父親と同じ様に、我らに戦を仕掛けた事を後悔させてやりましょう。ですが、一つ気がかりがあります」
蔡瑁は何かを気にした様子を見せるので、劉表は不審な顔をした。
「如何した?」
「何故劉備は孫権の使者として赴く事を拒否したのが気になっております」
「曹操の侵攻する備えとして赴けないと聞いているが」
「その時は我らが代わりに対処するだけの事でしょう。そもそも食客の分際で、殿の頼みを断るなど不遜です」
蔡瑁の話を聞いて劉表もそう感じていたが、曹操の対処と言われればそれまであった。
「・・・だが、劉備は役に立っているのは確かじゃぞ」
「その通りです。劉備は孫権との同盟を仲介するという大役を行いました。ですが、劉備は飽くまでも殿の食客です。主人に養ってもらう代わりに、主人の役に立つのが食客というものです。その食客である劉備が殿の願いを断るなど、何か考えがあっての事ではないでしょうか?」
「考えだと? どんな考えだ?」
「我らが孫権と争っている間、劉備は兵を整え、襄陽に攻め込んでくるかも知れません」
蔡瑁の口から出た言葉に劉表は目を剥いた。
「馬鹿なっ! 有り得んっ」
「わたしの考え過ぎかも知れません。ですが、劉備は腹黒い男です。そのぐらい考えてもおかしくありません。殿、孫権と戦う前に、劉備を討ち取り足元を固めてから、何の憂いも無く孫権と戦いましょう」
「ぬ、ぬうう・・・・・・劉備にもう一度、同盟を仲介する使者になる様に頼むとしよう」
「殿っ、それは」
「それを断れば・・・劉備は儂に対して何らかの野心を抱いているという事になるな」
「・・・・・・そうかも知れませんな」
「もし、そうであれば。儂は命と領地を守るために、劉備に兵を差し向けても名分が立つな」
「そうですな。それであれば、誰も兵を差し向ける事に反対しないでしょうな」
劉表の考えている事が分かった蔡瑁もその言葉に同意した。
「では、もう一度使者を送ろう。それで断れば」
「はっ。使者が帰って来る頃に合わせて、兵の準備を終えます」
「うむ。任せたぞ」
劉表の返事を聞いた蔡瑁は一礼しその場を離れた。
部屋を出た蔡瑁は面白そうに笑ってた。
(くくく、これでようやく目障りであった劉備を討つ事が出来るっ)
蔡瑁は今の所計画通りにいっている事に喜んでいた。




