足元を見ている
孫権の使者が来たと聞いた劉表は、何か遭ったのかと思いながら大広間にて会う事にした。
使者は挨拶を終えるなり、同盟を結んでおきながら孫権の配下であった嬀覧と戴員を内応させて、揚州に攻め込むつもりであった事を非難しだした。
「はぁ? 何の事だ?」
「お惚けになるのも大概して頂きたい。孫河様を暗殺し、廬江郡に攻め込むという事が書かれた文がこちらにはあるのですぞっ」
使者はそう言って、袖の中に入れていた封に入った文を取り出して劉表に見せつけた。
劉表は訳が分からなかったが、とりあえず文を読む事にした。
近くにいる家臣に命じて、文を取りに行かせた。
文を受け取った家臣は劉表の側に行き、文を渡した。
「・・・・・・これは儂の字では無いぞ」
「では、誰かに代筆させたのでしょうか。いずれにしても、孫河様は暗殺されました。更に言えば、嬀覧と戴員の屋敷からは劉表殿の名が書かれた文が幾つも見つかりましたっ。これをはどういう事ですか?」
「儂は知らん。その嬀覧とかいう者達に文など送った覚えは無いっ」
劉表は事実無根とばかりに叫ぶが、使者は信じる様子を見せなかった。
「我が主が貴殿との同盟を破棄すると申しております。そして、こうも申しておりました。我が父だけではなく、弟と一族の者を殺した報いは受けて貰うと」
「ま、待てい。だから、儂は暗殺など指示しておらんと言っているであろうっ」
「では、失礼いたします」
劉表は違うと言うのだが、使者は全く信じる様子を見せず一礼しその場を後にした。
使者が出て行くのを見送ると劉表は暫し呆然としていたが、直ぐに気を取り戻して家臣達を集める様に命じた。
劉表と孫権の同盟が破棄される。
その報は直ぐに国中に広まった。
当然、新野に駐屯している劉備の耳にも入った。
「劉表殿は同盟を結んだというのに、何故破棄する様な事をしたのだ?」
訳が分からないとばかりに首を傾げる劉備。
自分の頭では考えても分からないので、側に居る単福を見た。
劉備の視線を感じた単福は顎を撫でた後、口を開いた。
「これは何者かによる謀略でしょう。でなければ、劉表も孫権も同盟を破棄する様な事はしないでしょう」
「何者かという事は、曹操か?」
「恐らくは」
単福が頷くのを見て、劉備は腕を組んで悩んでいた。
「曹操の謀略か。しかし、魯粛や話に聞く周瑜などが気付いても良いのではないのか?」
「気付いているかも知れません。ですが、曹操の謀略という証拠がありません。証拠もないのに申しても戯れ言に過ぎません」
「確かにな。劉表殿も同盟を結べてほっとしていたというのに、破棄されるなど寝耳に水であろうな」
「はい。ですので、殿。劉表殿からまた同盟の仲介を頼まれ応じれば、劉表に恩を売る事が出来ます」
「うむ。その通りだな」
劉備は頷いていたが、その場に居た馬順が口を出した。
「殿、何も直ぐに応じる事はありません。何度か断った方が、殿の立場が上がると思います」
「何を言う。直ぐに応じた方が劉表の中にある殿への信頼を増すであろう。むしろ、断れば劉表が殿に対して不満や恨みを抱き、兵を送るかも知れんぞ?」
「孫権が攻め込んで来るかも知れないのです。我らに対して兵を挙げる事は出来ません。更に言えば、曹操に対する備えが必要なので、孫権の下に赴く事は出来ないと言えば、劉表は何も言えないでしょう」
馬順の意見を聞いた劉備は成程と頷いていた。
(そうだな。日頃からこき使っているのだ。少しぐらい足元を見ても文句はないか)
劉備は馬順の意見を採用した。
その数日後。
劉表が使者を送って来た。
使者は劉表から文を持たされていた。
文の内容は同盟を破棄されたので、再び同盟を結ぶ為に孫権の下に赴いて欲しいと書かれていた。
文を一読した劉備は残念そうな顔を浮かべた。
「お気持ちは分かるが、北にいる曹操が何時攻め込んでくるか分かりませんので、軽々しく孫権の下に行く事が出来ません。此処は家中で弁が立つ者に孫権を説得させるのが良いと思います」
劉備が赴けない理由を述べるのを聞いた使者は何も言い返す事が出来ず、劉表の下に帰る事になった。




