まだ疑惑が強いので
孫翊の後任として嬀覧が丹陽郡の太守となり、戴員に補佐してもらい混乱していた丹陽郡の治安を徐々に治めて行った。
その丹陽郡に廬江郡の太守の孫河が護衛の兵と共に、亡き孫翊の妻である徐氏の下を訪ねていた。
「夫人。調子はどうであろうか?」
「はい。伯海様もお気を掛けて頂きありがとうございます」
徐氏が暮らす館を訪ねた孫河は機嫌を窺っていた。
夫を亡くした為、喪に服している徐氏。
気鬱な表情を浮かべているのを見て、孫河は何と話せばいいのか分からず困っていた。
「夫は人の話をあまり聞かない人でしたし、どれだけわたしや朱君理様が諫めても聞き入れてくれませんでした。ですが、子やわたしは愛してくれた夫でした・・・・・・」
話していて涙を流す徐氏。
孫河は徐氏が泣き止むまで黙っていた。
一頻り泣いた徐氏は袖で涙を拭った。
「ですが、夫を討った辺洪は嬀覧が討ち取ったと聞いております。ですので、夫も報われる事でしょう」
「・・・その事なのだが、夫人。少々おかしいと思わぬか?」
「おかしいですか?」
徐氏は孫河の言葉の意味が分からない様で不審な顔をしていた。
「孫翊を殺したのは辺洪というが、あやつがそんな事が出来る男ではない」
「・・・確かにそうですね」
孫翊の家臣であった為、徐氏は辺洪の事をよく知っていた。
性格は小人で、大した才も無い男であった。
「確かに孫翊は気分次第で人を辱めたり、鞭を打つ事はある。だが、辺洪もそんな事は分かっている筈だ。もし仕えるのが嫌になったのであれば、出奔するなり職を辞するなり、何か方法があった筈だ。まして、孫翊は殿の弟だぞ。殺せば、賞金を掛けられる事など分かるであろう」
「・・・・・・では、何故この様な事を?」
「此処からはわたしの推察だが、辺洪は誰かに唆されたのかもしれん」
「いったい、誰がそんな事をっ⁉」
「分からん。だが、今回の事件で一番得した者と言えば、二人ほど居るであろう」
「嬀覧と戴員ですか?」
「うむ。それに二人は辺洪とも親しくしていたからな、怪しいと言える」
「ですが、証拠はあるのですか?」
「ない。だが、わたしは二人が怪しいと思うのだ」
孫河の話を聞いたからか徐氏は当惑してしまった。
「すまん。夫が亡くなったばかりであろうに、こんな話をして」
「いえ、大丈夫です」
「兎も角、わたしは二人を調べる事にした。何かあれば、夫人にも報告する故」
「分かりました。わたしも何か話を聞きましたら、連絡を送ります」
「承知した。だが、無理はしない様に」
話す事を終えた孫河は立ち上がり、徐氏の館を後にした。
館を後にした孫河は護衛の兵と共に帰路に着いていた。
道なりに進みながら、何かを考えている孫河。
(夫を亡くなったばかりだというのに、この様な話をするべきではなかったやもしれんな。次訪ねる時は明るい話をするとしよう)
馬に揺られながら考えている孫河。
考え事をしていた為か、茂みに誰かいる事に気付いていなかった。
茂みに隠れている者は矢を番えて、狙いを定め引き絞ると矢を放った。
手から放たれた矢は狙い違わず孫河に命中した。
「がはっ」
胸に突き立つ矢を見た孫河。
目で矢を見た後、馬から落ちた。
「殿っ⁉」
「何者だ!」
護衛の兵達は矢が刺さった孫河に近付き様子を確認しようと近付いたが、茂みにはまだ隠れている者達が居た様で別の茂みから矢が放たれた。
「「ぎゃあああっっっ」
兵達にも矢が突き刺さり、地面に倒れた。
少しの間、身体を痙攣させていたが直ぐに動かなくなった。
孫河達が動かなくなったのを確認した後、茂みに隠れていた者達は姿を見せた。
「やったか?」
「・・・三人共事切れている」
「良し。着ている者を全て奪え。盗賊に襲われた様に見せかけろ」
「馬はどうする?」
「勿論連れ帰るぞ。それよりも、剥ぐのを手伝え」
茂みに隠れていた者達は孫河達の得物や鎧や服まで剥いでいった。
着ている服まで剥がれた孫河達の死体は茂みに隠された。
隠されているが、少し探せば見つかる所に置かれていた。
「これで、良いな」
「孫河を監視していたら、丁度丹陽郡に来たのは運が良かったな」
「うむ。これで殿に報告出来るな」
孫河を襲った者達は略奪品を手にして、その場を後にした。
暫くすると、何時になっても孫河が帰ってこない事を不審に思った家臣達が捜索したら、孫河達の死体を発見した。
身ぐるみが剥がれているので盗賊に襲われたのだと分かり、周辺を捜索した。
孫権の下にも孫河が殺されたという報告を受けて、直ぐに下手人の捜索を命じた。
徐氏も同じ話を聞いて、孫河の話していた事が本当なのではと思っていた。
だが、決定的な証拠が無いとも分かっていた。
(・・・・・・此処は、わたしも覚悟を決めねば)
そう決めた徐氏は祭壇に許しの言葉を述べた。それが終わると、幾つかの文を書き使用人に渡して送らせた。




