其の時が来るまで
孫権が放った追手から逃げる事が出来た嬀覧と戴員の二人は山中に身を隠し、亡き主である盛憲の仇をどうやってとろうか考えていた。
其処に曹昂の直属部隊の三毒の者が劉表の部下と偽り訪ねた。
そして、二人に自分が訪ねてきた理由を述べた。
「ふむ。成程な」
「我らが孫権の弟の孫翊に仕え密かに殺すか。悪くない手ではあるな」
話を聞いた嬀覧と戴員も悪い案ではないと思ったが、直ぐに問題がある事に気付く。
「しかし、どうやって我らを孫翊に仕えさせるのだ?」
「揚州全土では我らを捕まえれば褒美が貰えるという話が出ている。そんな我らがどうやって孫翊に仕えるのだ?」
二人の指摘に、使者はそう訊かれる事は分かっていたとばかりに話し出した。
「御二人は盛憲殿から孝廉に推挙されたと聞いております」
「如何にも」
「我らは片時もその恩義を忘れた事は無い」
「その孝廉に推挙されたという話を世に広めましょう。孫翊は丹陽郡太守になったばかりで部下が少ない筈です。其処に追われているとは言え、孝廉に推挙される程に有能な人物が居ると聞けば、部下に迎える事でしょう」
使者の話を聞いても嬀覧達は半信半疑であったが、他に良い手があるかと聞かれれば無い為、二人はその策に乗る事にした。
暫くして、丹陽郡中に嬀覧と戴員の話が流れる様になった。
曰く、孝廉に推挙される程に才を持っている。
曰く、盛憲に仕えていたが、今は何処かの山の中で暮らしている。
曰く、二人の才はあの孔子の子孫である孔融も称賛した。
という噂が郡内の広まった。
当然、太守である孫翊にもその話が届いた。
「ほぅ、それ程の才があるのか」
太守になったばかりの孫翊はもっと家臣が欲しいと思っていた。
其処に兄孫権が出した手配書に書かれている者達が有能だと聞いて、家臣に迎えるも良いかも知れないと思った。
二人を家臣に迎える前に孫権に嬀覧達を部下に迎えたいので、手配書を取り下げて欲しいと歎願書を送った。
その書を送る際、家臣である辺洪が苦言を呈した。
「殿。嬀覧達は盛憲の部下だった者達ですよ。殿や孫権様に対して恨みを持っているかも知れません。登用は止めた方が良いと思います」
「何を言う。二人は確かに盛憲の部下であった。だが、主の仇を討とうというのであれば、巷に二人の噂が流れるという事は無かろう。そんな噂が流れれば、仇を討つ事は出来なくなるだろう」
「そう思わせておいてという考えかも知れませんぞ?」
「ふん。それは余計な考えというものだ。そんな事を考える暇があるのであれば、もっと職務に励まぬか。愚か者っ」
孫翊の叱責された辺洪は頭を下げるが、内心では怒りに満ちていた。
(長く仕えているわたしが苦言をていしただけで罵倒するとは、何と言う主君だっ)
もう何を言っても無駄だと思ったのか、辺洪は孫翊に諫言を言うのは止めた。
数日程すると、孫翊が出した文の返事が届いた。
内容は孫翊の嘆願を聞き入れて、手配書を取り下げる。嬀覧達を部下に迎える事を認めると書かれていた。
届けられた文を読み終えると孫翊は早速、嬀覧達が何処にいるのか捜し招聘する様に兵に命じた。
数日すると、嬀覧達は孫翊の下に来た。
「兄君であられる孫権様に手配書を取り下げる様に嘆願して頂き感謝いたします」
「ご恩に報いる働きを致します」
頭を下げる嬀覧達を見て満足そうに頷く孫翊。
そして、二人には郡丞の役職を与えた。
役職を与えられた二人は兎の登り坂の様に仕事をこなしていた。
以前に比べて職務が格段に速く行われるのを見た孫翊は舌を巻くと同時に、自分の判断は間違っていなかったと思った。
とは言え、重用しつつも一定の警戒は解かない事にしていた。
盛憲の部下であった事に加えて、妻の徐氏ですら「人材登用は旦那様が決める事ですが、二人の警戒を解く事は止めない様にして下さい」と口酸っぱく言っていたからだ。
だが、二人の働きぶりを見て孫翊はあまり警戒しないでいた。
それが、孫翊を騙す為にしている事なのだと知らずに。




