これと言って何もしていない
呂曠と呂翔の二人が劉備に敗れたという報は、鄴に居る曹操の下にも齎された。
その報告を私室で訊いても「ふっ、流石にあの二人では劉備の相手は荷が重いか」と呟いた後、怒る事は無かった。
自分が見込んだ男なので、これぐらいは出来てくれないと困るという顔をしていた。
「だが、これで劉表を攻める名分が出来たな。誰かあるかっ」
「此処に」
「急ぎ陳琳を呼んで参れ」
「はっ」
曹操の命に答えた衛兵が一礼し、その場を離れて行った。
少しすると、衛兵が陳琳を連れて戻って来た。
衛兵が持ち場に戻ると、曹操が陳琳に問うた。
「呂曠と呂翔の二人が敗れた事は聞いておるか?」
「はい。劉備に敗れたと」
「うむ。ならば、話が早い。劉表に文を認める。その文はお主が書くのだ」
「はっ。しかし、劉表に送る文であれば、わたしでなくとも良いと思いますが?」
陳琳の疑問に曹操はあくどい笑みを浮かべた。
「文にはこう書くのだ。『許昌に送られる者が何時まで経っても送られてこないので、詰問の使者として呂曠と呂翔の両将軍を護衛の兵と共に送ったが、貴殿の食客の劉備が何の通告もなく、両将軍が率いる使者の一団を襲撃し皆殺となった。何故、この様な暴挙を働かせた?』と官渡の戦いで書いた檄文の様な名文を、劉表に叩きつけろっ」
「承知しました」
曹操の説明を聞いて陳琳は納得し、直ぐに文を認める為、その場を離れて行った。
「後は、人を遣って呂曠達が討たれたという事を広めればいいだけだな。・・・・・・むっ」
劉表をどう追い詰めようかと考えていると、腹の虫が鳴きだした。
そろそろ、昼食の時刻かと思い曹操は侍女に昼食を持ってくるように命じた。
曹操は座席に座りながら、昼食を食べていた。
カチャカチャと音が部屋に響いていた。
箸で主食の米やおかずを掴み食べていると、護衛の許褚が部屋に入り衝立の向こう側に立った。
「丞相。丞相にお会いしたいという者が参っております」
「んぐ、だれだ?」
口の中には米が入っている中、曹操は訊ねた。
「水鏡と名乗る者が参りました‼」
「ぶふうううっっっ」
許褚が誰が来たのか分かっていない様で、淡々と言うのを聞いた曹操は噴き出した。
膳の上には、米が飛び散っていた。
「おほっ、おほっ、・・・・・・膳を下げろっ。それと鶏舌香(クローブの一種)を持って来い‼」
曹操は侍女に膳を下げる様に命じると共に、皇帝に謁見する時に口臭を消す為に用いていた漢方薬を持って来る様に命じた。
侍女達は慌てて、膳を下げ鶏舌香をお盆に乗せて持って来た。
曹操はそれを幾つか掴んで、口の中に放り込み噛んだ。
噛むと甘みと苦味を感じた後、侍女が壺のような物を持ってきて、曹操の口元まで近づけた。
曹操は壺の中に唾と共に鶏舌香を吐き出した後、立ち上がった。
「直ぐに案内せよっ」
「は、はっ」
曹操がそう命じられた許褚は水鏡と名乗る者が居る所へ案内した。
部屋を出た曹操達が暫く廊下を歩いた後、ある部屋に辿り着いた。
その部屋にある窓から外を眺めている者が居た。
曹操はその者を見るなり、軽く身嗜みを整えた後、頭を下げながら声を掛けた。
「失礼する。貴殿は水鏡殿で相違ないか?」
曹操が尋ねると、窓から外を眺めていた者は振り返った。
「如何にも。わたしは水鏡にござる」
笑顔でそう名乗ったのは司馬徽であった。
「そうでしたか。かの名高き司馬徽殿がこうして参るとは、夢にも思いませんでしたぞ」
「なぁに、弟子の話を聞き、貴殿の御子息と話をしましてな。貴殿に少々、興味が沸きこうして参った次第です」
「わたしの様な者をそう言って頂けるとは、誠に嬉しい限りです」
「好し好し」
曹操の受け答えを聞いて、司馬徽は笑顔で頷いていた。
「先生。この様な所で話す事はないでしょう。一席設けますので、そちらへ」
「では、お言葉に甘えさせて戴くこうか。むっ?」
曹操が顔を上げたので、その顔を見ると頬の所に米粒がついているのが見えた。
「・・・・・・好し好し」
米粒がついている曹操の顔を見た司馬徽は笑顔で頷くだけであった。
その後、曹操は司馬徽と対談した。
話を聞いた事で、その知識の豊富さに曹操は舌を巻いた。
曹操は司馬徽を配下に勧誘すると、司馬徽は快く頷いた。
数日後。
曹昂の下に曹操から文が届いた。
文には司馬徽がわたしの配下に加わってくれたが、お前何かしたか?と書かれていた。
「・・・・・・はい?」
文を読み終えても、曹昂は読み間違いかと思い最初から読み直したが、同じ内容が書かれていた。
司馬徽が配下に加わったという話など聞いた事が無いぞと思いながら、どうしてそうなったのか分からず曹昂は首を傾げるのであった。




