思わぬ所で
伊籍の提案を聞き入れた劉備は後の事は張飛と孫乾に任せて、襄陽に向かった。
向かう際、伊籍は劉備が乗る馬を見て目を剥いた。
「うっ、これは的盧ではないかっ」
「は?」
伊籍が何かに驚いている様であったが、劉備は何に驚いているのか分からず首を傾げていた。
「皇叔。この馬はいけません。この馬は乗る者に災いを齎す凶馬にございますっ」
「はっ? 凶馬?」
劉備は改めて、自分が乗る馬を見るが、災いを齎す馬には見えなかった。
「如何にも。額に白い点が模様を有する馬をそう言うのです。この馬に乗れば、しもべが乗れば客死し、主が乗れば刑死するという凶馬にございます」
「ははは、その様な迷信など信じるつもりはありません。心配無用です」
伊籍は乗るのを止めるように言うが、劉備は笑い飛ばしていた。
劉備は気にする事なく馬を進ませていくが、その後ろ姿を伊籍は不安そうに見ていた。
数日すると、襄陽に辿り着いた。
その足で司馬徽の屋敷へと向かった。
二人は屋敷に着くと、伊籍が門前にて呼び出すと、女性が出て来て司馬徽の妻だと名乗った。
「えっ⁉ 水鏡先生は居られないのですか⁉」
「はい。教え子が仕官したと聞いて、お祝いの為にその仕官先に行くと申しておりました」
「何時頃お立ちに?」
「数日前です」
司馬徽の妻が述べるのを聞いて、伊籍と劉備は残念そうに息を漏らした。
「申し訳ありません。わたしが所在を確認してから皇叔の下に向かえばよかったですね」
「いえいえ、伊籍殿の厚意には感謝の言葉しかありません」
居ないのであれば仕方が無いと思い、劉備達は司馬徽の妻に一礼しその場を後にした。
此処まで案内してくれたので、劉備は伊籍と感謝を述べると別れて新野へと向かった。
意見を聞く事が出来なかった為、城の守りを固めるしかないかと思いながら馬を進ませていた。
前方から人が歩いて来るのが見えた。
少し遠いので顔までは分からなかったが、服装から男性の様であった。
男は馬が歩いているのを見て、踏まれない様に道を譲る為にわきに逸れた。
劉備は道を譲ってくれた者に感謝しつつ馬を進ませた。
それにより、馬が良く見える様になった為か、男は馬を見るなり声をあげた。
「うっ、的盧っ」
驚く男の声を聞いて劉備は足を止めた。
「其方もこの馬を凶馬と申すか?」
劉備はまたかと思いつつ、男の話を聞く事にした。
「その通りです。貴殿がどなたかは知りませんが。この馬は災いを招く凶馬にございます。悪い事は申しません。どなたかにやるのが賢明にございます」
男は心配そうに声を掛けるが、劉備は首を横に振るだけであった。
「其方が何者かも知れんが。この劉備、その様な迷信になど囚われる事などせん」
キッパリとそう言う劉備。
「りゅうび? もしや、貴方様は劉皇叔であられますか⁉」
「如何にも。わたしは左将軍の劉備玄徳だ」
男が驚きながらも慌てて頭を下げた。
「その様な貴人とは知らず大変無礼な事を申しました」
「いや、親切で申したのであろう。気にする事は無い」
劉備は手を振るが、男は頭を下げていた。
「ありがとうございます。ところで、劉皇叔はどうして此処に居られるのですか?」
「うむ。此処に司馬徽という賢者がおられると聞いたので、どの様な御方なのか話を聞いてみようと思い参ったが、生憎と何処かに出掛けおり留守であった」
「そうでしたか。先生は留守でしたか」
男も残念そうなに呟いた。
その反応を見た劉備は、この男も司馬徽に会いに来たのだと察した。
「失礼だが。貴殿と司馬徽殿とはどういう間柄で?」
「わたしは先生の教え子の一人にございます。この頃顔を出していませんでしたので、顔を見せに参ったのです」
「ほぅ、司馬徽殿の弟子であられたか」
男がどの様な物なのか知った劉備は顎を撫でた。
(司馬徽の教え子という事であれば、知恵があるであろう。意見を聞いても良かろう)
目の前の男は自分よりも賢いだろうと思った劉備は笑顔で話しかけた。
「如何であろうか。此処であったのも何かの縁。一献酌み交わしませんか?」
「劉皇叔の直々の誘いとあれば断る事は出来ませんな。ぜひ」
男は劉備の招きに応じる事にした。
「ああ、そう言えば。貴殿の名前を聞いていなかったな」
「これは失礼を。わたしは単福と申します」
男の名前が分かったので劉備は改めて単福と共にその場を離れて行った。




