この状況では
野営に突撃する張遼率いる部隊は喊声と共に駆けていく。
「孫権を探せ! 孫権を討てば重い恩賞を与えるぞ!」
張遼の声に、八百の兵が一斉に応じる。
野営の中では、孫権軍の兵が慌てて武器を取っているが、まだ隊列を整えられないが、張遼軍の動きは速く、迷いがなく攻撃を仕掛けていった。
怒号と悲鳴が野営に響き渡った。
「張文遠が参ったぞっ。孫権、その御首を寄越すがいい!」
張遼が名乗りながら孫権を挑発した。
すると、反応したのは孫権軍の兵達であった。
「ひっ、張遼!」
「逃げろ! 俺達が敵う相手じゃない!」
孫権軍の兵達が怯えて逃げ出す者が出てきた。
それにより、陣営が混乱状態となった。
そのお陰で張遼達は足が止められる事となった。
張遼率いる部隊が野営を攻撃しているとほぼ同じとき。
兵達の怒号と悲鳴を聞いた呂蒙はすぐに兵を集めた。
「殿を守れっ。張遼を近づけさせるな!」
呂蒙が兵達に命じていると、天幕から誰かが出てきた。
「殿っ。敵の奇襲です!」
「分かっておるっ。敵の数は?」
「分かりませんが、率いているのは張遼という事が分かりました。ですので、殿。此処は陣営から脱出を」
呂蒙が言葉を続けようとした所で、孫権が手に持っている戟の石突で地面を突いた。
大きな音を立ったが、周りの悲鳴と怒号で掻き消されてしまい、呂蒙と近くに居た兵達にしか聞こえなかった。
「此処で逃げれば、先の戦の二の舞ぞ。何としても防ぐのだ!」
「ですが、殿の身に万が一の事があるかもしれませんので・・・」
呂蒙は逃げてほしいという思いを込めて、孫権を見た。
孫権はその視線を浴びつつ、何かないかと周りを見た。
すると、野営にある見張り台があるのを見つけた。
「あの見張り台に上がるぞっ。あそこからであれば、陣営が見えるであろうっ」
「はっ。殿に続けっ」
孫権が丘を指さし駆けていくので、呂蒙も待機している兵と共にその後を追い駆けた。
暫くして、孫権は見張り台を上り詰めた。
周囲を見渡すために作られたので、其処から孫権軍の陣営が見えた。
敵の奇襲で混乱している自軍と、その自軍に攻撃をしている敵軍の姿が。
「・・・・・・敵の数は多くないように見えるが。呂蒙、どう思う?」
「そうですな。見たところ、千いえ数百程度の様です」
孫権が確認の為に呂蒙に尋ねると、呂蒙も兵数は多くないと述べた。
「ならば、直ぐに全軍に張遼を包囲するように命じるのだ。けして逃がすな!」
「はっ」
孫権の命を聞き、呂蒙は返事をして直ぐにその場を離れて行った。
程なく、孫権の命により兵達は平静を取り戻していき、指揮に従い始めた。
やがて、張遼の部隊を幾重にも包囲した。
「っち、流石に二度も同じようにやられてはくれぬか」
張遼としては、このまま孫権の首を取りたかったが、こう包囲されてはそれも不可能だと悟った。
「仕方がない。円陣を組め!」
張遼が命じると、兵達は攻撃の手を止めて陣形を作り出した。
自分達を包囲する孫権軍に対抗する様に、円形の陣が作られた。
「突破ではなく守りを固めたかっ。このまま包囲の輪を縮め締め付けるのだ!」
張遼が円陣を組むのを見て、包囲を指揮している凌統が命じた。
兵達はその命に従い、少しずつ距離を詰めて攻撃を仕掛けていった。
四方八方から襲い掛かる矢と槍の攻撃を、張遼の部隊を盾と槍でもって対応した。
だが、いかに精鋭と言えど数の多さに勝てる事は出来ず、兵達は倒れていく。
このままでは、張遼率いる部隊が全滅するのではと思われた。
その時、陣営の外から喊声が聞こえてきた。
「なにっ⁉ ・・・・・・ばかなっ」
喊声を聞いた孫権はすぐに陣営の外に目を向けた。
その眼には、陣営を包囲している軍の姿が映っていた。
味方の軍勢ではない証拠に、曹の字が書かれた旗が掲げられていた。
他には楽、薛の字が書かれた旗が掲げられていた。
「やられたっ。張遼が円陣を作ったのは、こういう訳であったかっ」
陣営は隙間が無いほどに包囲されていた。
此処から逃げるとしたら、途轍もない損害を出すと分かった孫権は唇を噛むのであった。




