共に
どれだけ時が経とうと曹操は話そうとしないので、荀彧は何しに来たのか不思議がっていた。
荀彧の訝しげな視線を浴びてか、曹操は息を吐いた。
「・・・・・・天下は定まりつつあるな」
「そうですな」
「儂に逆らう者達を全て倒せば、泰平の世となろう。だが、今の天子では泰平の世となっても大丈夫であろうか?」
曹操が天子に才があるのか疑っている様に言うのを聞いた荀彧は眉をしかめた。
「どういう意味でしょうか? 天子とは古来より天帝の子であり、天命により天下を治める者という事です。高祖が作りし漢王朝は一度途絶えはしましたが、光武帝の手により漢王朝は再興し、今日まで続いております。天子が座に座り続ける限り、漢王朝の命脈は尽きる事は無いでしょう」
荀彧は今の天子でも、泰平の世になっても問題なく世を治める事が出来ると暗に述べた。
それを聞いた曹操は首を横に振った。
「確かに、漢王朝は今日まで続いた。だが、長く続いた事で、今日まで外戚と宦官の権力争いで政治を壟断され続けていたではないか」
曹操の指摘に、荀彧は言い返す事が出来なかった。
後漢の皇帝は極めて短命で幾人も三十代頃で崩御しており、若くして崩御することから後嗣を残さずに亡くなる皇帝も少なくなかった。
その為、幼少の皇帝が続出し、それが余計に外戚と宦官の権力争い激しくしていた。
ちなみに、一番長寿なのは後漢を打ち立てた光武帝だ。
「そのせいで多くの血が流れたではないか。今の世が乱世になったのも、外戚と宦官の権力争い長く続いた事で起きたといえるであろう」
「・・・・・・だからと言って、丞相が簒奪を図るなどあってはならない事です」
荀彧がはっきりと簒奪を図るというのを聞いた曹操は笑みをこぼした。
「流石に分かったか」
「長年朝廷に仕えていれば、朝廷に仕える者達の行動だけですぐに分かります」
荀彧は当然とばかりに言うと、曹操は満足そうに頷いた。
「流石は我が子房よ。それで、お主はどうするつもりだ?」
「どうとは?」
「漢王朝を見限り、儂に仕え御家の安泰を図るか。それとも飽くまでも漢王朝に仕えるかだ?」
曹操は目を細めつつ尋ねてきた。
返答しだいで、処分が決まると分かった荀彧は即答しなかった。
暫し考えた後、荀彧は重々しく口を開いた。
「もし、禅譲がされた場合、丞相は天子をどうされます?」
「どうもせん。儂の庇護がなければ、天子になる事も出来なかった者だが、殺せばいらぬ悪名を背負う事になる。まさに百害あって一利なしという奴だ。だから、適当な領地を与えてそれで終わりだ」
曹操が天子から皇帝の座を奪った後の事を話すと、荀彧は曹操の目を見た。
嘘を言っている様には見えなかったので、荀彧は頷いた。
「郭嘉に言われました。『荀彧殿の家は、丞相の親族となりました。もし、丞相が禅譲せず天下を治めれば、いずれ梁冀の様に処罰されて朝廷が乱れる。その時、荀彧殿の家も御取り潰しになるかもしれない』と」
「ふむ。まぁ、お主の息子に儂の娘を嫁がせているからな。下手をすれば三族皆殺しになってもおかしくないか」
「そう言われ、わたしは考えに考えました。考えた末に分かりました。一番大事なのは御家だと」
荀彧がそう答えるのを聞いて、曹操の口角が上がった。
「天子と一族の方々に危害を加えないのでしたら、わたしは丞相に付き従います」
荀彧の口から従うという言葉を聞いて、曹操は立ち上がった。
そして、荀彧の傍に近づき手を取った。
「そうかっ。お主がそう言ってくれて嬉しく思うぞっ」
「丞相。けして、先ほどの約束を破らないで下され」
「分かっておる。それで、お主が儂に助力してくれるというのであれば、安い物だからな」
曹操は上機嫌でそう言うと、荀彧は逆に気分が沈んでいた。
(家を守る為に、仕えている王朝を見捨てるか。あの世に居る先祖は何と言うであろうな)
もし、お怒りであれば甘んじて受け入れる事にしようと思う荀彧。
数日後。
曹操は此度の孫権討伐には荀彧も加わるようと命を下した。
それにより、荀彧の役職が変わる。
尚書令の役目を別の者に任じられ、新しく光禄大夫に任じられた。
荀彧はその命に受け入れると、後任に華歆が尚書令を任された。
その後、各地の軍勢が許昌に集まると、曹操は全軍を率いて合肥へと向かった。




