これは暫し留まる事になるな
曹昂の意見を聞いた曹操は荀彧の反応を見る事にした。
其処で郭嘉を呼び出した。
「丞相。お呼びとの事で参りました」
「うむ。儂が九錫を授かりたい事は知っているな」
「はい。我ら家臣一同、丞相が天子の階に登るのを待ち望んでおります」
郭嘉がそう述べるのを聞いた曹操は頷いた後、身を乗り出した。
「許昌には董昭他、儂に仕えている者達はおる。その者達にも今の話をして、儂に九錫を授ける様に手を回すのだ」
「はっ。承知しました」
「それと」
曹操は此処が本題とばかりに、目を細める。
「荀彧にもこの話をするのだ。その時の反応を見て、儂に報告せよ」
「? 荀尚書は丞相の腹心ですよ。丞相の意向に背く事などしないと思いますが」
「それは分からん。だが、荀彧がどう思っているのか知りたいのだ。お主は荀彧と同郷で親しくしているであろう。だから、荀彧も本音を話すだろう」
「承知しました」
曹操の命を聞いて、郭嘉は一礼する。
部屋を出ると、郭嘉は廊下を歩きながら、思考を巡らせていた。
(荀彧殿が丞相が九錫を授かる事を反対する? 今の情勢を考えれば誰も反対できないと思うがな)
とりあえず、話して反応を見るしかないと判断した郭嘉は準備を整えると、鄴を発ち許昌へと向かった。
十数日後。
豫洲潁川郡許昌。
鄴を発った郭嘉は旅塵を落とし、礼服に着替えると外廷に赴き朝議に参加した。
朝議の内容など聞き流していると、朝議が終わったので郭嘉は董昭の元に赴き、何事か囁いた。
その囁きを聞いた董昭は頷いて、その場を離れて行った。
董昭を見送った郭嘉は次に荀彧の元に近づいた。
「文若殿。久しぶりに話しませんか」
「うむ。構わないぞ」
郭嘉が話しかけてくるので、荀彧は応じた。
そして、二人は荀彧の屋敷で一席を設けるのであった。
上座には荀彧が座り、その近くの席に郭嘉が座った。
「では、一献」
「うむ」
郭嘉が盃を掲げると、荀彧も頷き盃を掲げた。
そして、二人は盃に口を着けて酒を喉に流し込む。
飲み終えると、二人は酒を飲みながら雑談に興じていた。
ある程度酒を飲んでいるが、酔っている様子は無かった。
「・・・・・・ところで、文若殿。近頃の情勢をどう思いますか?」
「情勢か。最早天下の殆どは朝廷の支配下に入っている。残っている逆賊共もいずれ従属か滅ぼされるであろうな」
荀彧がそう述べだした。
郭嘉はその言葉を聞いて、違和感を感じていた。
だが、それが何なのか分からなかった。
「そうでしょうな。丞相がいずれ、天下を全て平らげるでしょう」
郭嘉は胸を張りながら言うと、荀彧は僅かに顔を顰めた。
「・・・・・・そうなれば、丞相は九錫を授かるのかも知れんが。それはまずい」
「不味いとは?」
「丞相が兵を起こしたのは、朝廷を救い、 国家を安定させる為だ。君子とは徳をもって人を愛するもので、そのようなことをしてはならないだろう」
荀彧は溜息交じりで述べた。
其処まで聞いて郭嘉はようやく違和感の正体が分かった。
(そうか。荀彧殿は丞相だけではなく朝廷にも忠誠を誓っているのだな)
だから荀彧は先ほどの「天下の殆どは朝廷の支配下に入っている」と言ったのだと分かった。
(・・・・・・これは、不味い事になるな)
荀彧が朝廷に忠誠を誓っている以上、曹操が九錫を授かる様に動いたとしても、反対すると分かった。
荀彧が反対するという事は、曹操の腹心が反対するというだけではない。
今の朝廷に仕えている殆どの者達は荀彧の推薦で仕えている。
もし、荀彧が反対すれば、その者達もどう動くか分からなくなった。
荀彧と同じように反対するのか、それとも曹操の九錫を授かる様に動くのか。
(・・・・・・暫く許昌に居て、どうなるのか見ないといけないな)
郭嘉はとりあえず、荀彧の考えを翻意させないといけないなと思っていた。




