最後の忠告
「何者だ?」
「この者は、劉備軍の軍師を務めていた徐庶にございます」
「なにっ⁉」
司馬懿の紹介を聞いて、曹仁は目を見開かせていた。
「何でも降伏した後、劉備に申したい事があるとの事で参ったとか」
「降伏したのか。しかし、劉備に話したいというのか・・・・・・」
話を聞いた曹仁はそのまま寝返るのではと思っていると、司馬懿が話を続けた。
「わたしも詳しくは知りませんが、絶対に劉備の元に帰る事は無いので大丈夫だと、諸葛亮と龐統の二人が連名で送った文に書かれております」
司馬懿はそう言って文を渡した。
曹仁は渡された文を読むと『絶対に劉備の元に帰る事はないので、会わせて欲しい』と書かれていたが、内心で本当に大丈夫なのかと思っていた。
曹仁は暫し悩んだ後、司馬懿を手招きして徐庶に聞こえない様にな小声で話しかけた。
「本当に寝返らないと思うか?」
「文にそう書かれているので大丈夫でしょう。それに、この現状を打破するのに丁度いいと思います」
「ほぅ、それは何をするのだ?」
「それはですな。・・・・・・」
司馬懿が曹仁に話しかけると、曹仁はそれならいいかと思い頷いた。
「良かろう。この文を信じるとしよう」
「有難きお言葉。さぁ、徐福よ。行くがよい」
「はっ」
司馬懿に促され、徐福は橋へと向って行った。
徐庶が向って行くのを見て、司馬懿は兵に指示を出していた。
司馬懿が指示を出している時、徐福は長板橋に着いた。
橋の半ばでは張飛が待ち構えていた。
「徐福⁉ 無事だったのか⁉」
「無事と言えば無事だな。敵に降伏した事で命は助かったのだからな」
「降伏したのか⁉ では、何の用だ!」
「殿、いや劉皇叔に最後にお会いして話がしたい。張将軍、何卒お願い申し上げる」
「ぬううっ、敵に降伏した者を兄者に会わせるなど出来る訳が無いっ」
「其処を何とか。わたしが劉皇叔にお会いしている間は、曹仁軍も攻撃はせぬ」
徐庶の話を聞いて、張飛は考えた。
張飛がこの橋に立ち、曹仁軍を渡らせない様にしているのは、少しでも劉備達の体力を回復する為の時間稼ぎであった。
なので、徐福が劉備と話す事で少しでも時間を稼げると思った。
「・・・・・・分かった。少し待て」
張飛はそう言って、後ろを見て蛇矛を振るう。
すると、林に居た兵の一人が近づいてきた。
「将軍。お呼びで」
「ああ、今すぐ兄者の元に向い。敵に降伏した徐福が会いたいと申している事を伝えろ」
「はっ」
「それと、林に隠れている奴らに動くのを止めて待機する様に伝えろ」
「はっ」
林には二十人程度の兵が、それなりの数の部隊が居る様に見せかける為に動き続けていた。
敵が攻め込む気配がないのであれば、無駄に体力を消耗するさせる事は無いと思い止めさせた。
命を聞いた兵は一礼すると、林に向い命令を伝えた後、劉備の元に向った。
暫くして、兵が戻ってくると、口を開いた。
「既に君は敵に寝返った身。最早敵味方と別れた以上、君と話す事は無いと伝えるようとの事です」
「なんと・・・・・・」
兵の言伝を聞いて徐庶は衝撃を受けていた。
せめて、最後に今まで仕えていた事への礼を伝えたいと思ったのだが、それも出来ないと分かり気落ちしていた。
「では、これだけは伝えてくれ」
徐庶は名を改めた事と、例え敵に降伏する事になっても、けして策は献じる事はしない事を述べた。
「それから・・・・・・いや、何でもない」
他にも伝えたい事があったが、もう聞く事も出来ないと思い徐庶は言うのを止めた。
「今言った事を皇叔に伝えてくれ」
「承知しました」
兵が頷くと、張飛が訊ねた。
「もう話す事は無いな。嘗ての仲間だ。今日は斬り捨てる事はせん。下がれっ」
「ああ、さらばだ。張将軍」
徐庶はそう言って一礼し下がって行った。
徐庶が下がっていくのを見送った張飛は改めて曹仁軍を見た。
「さぁ、まだ橋を渡りたいというのであれば、掛かってこい!」
張飛は蛇矛を頭上で回転させると、ビュウビュウと音を立てていた。
そして、回転を止めて振るうと今度は風を切る音が響いた。
その音を聞いて曹仁軍の兵達も怯えていた。
そんな中で、兵の一人が橋に近づいて来た。
兵の手には竹の束に何かの線で括られている物を持っており、線には火が着いていた。
その竹の束を橋へと投げると、弧を描きながら橋に落ちた。
「何だ?」
張飛は落ちた物が何なのかと思い見ると、火が線を伝い竹の束に導かれていく。
パン! パンパンパン!
大きな音を立てて爆発した。
音は大きいものの、火花を生み出すだけで炎を出す事は無かった。
なので、橋に火が回る事も張飛も跨っている馬も炎に巻かれるという事は無かったのだが。
「ヒヒーン⁉」
張飛が跨っている馬は突然大きな音を聞いた事で、吃驚していた。
吃驚している間も、竹の束は爆音を響かせているので、落ち着く事が出来なかった。
「お、落ち着け。どう、どうどうっ」
張飛は馬を落ち着かせようと手綱を操るが、馬は暴れ回っていた。
それどころか、爆音を聞きたくないとばかりに馬首を巡らして、後方に走って行った。
「こ、こら、そっちに行くな。戻れっ、戻れ!」
張飛は手綱を取りながら命じるが、馬は全く言う事を聞かず駆けて行った。
やがて、竹の束が燃え尽きると、音は止んだ。
先ほどまで大きな音を立てていたので、余計に静かに感じてしまった。
それを見た司馬懿は高笑いしていた。
「はははは、爆竹の音で逃げ出すなど、張飛の馬も大した事は無いな。まぁ、跨っている主も所詮は匹夫ですので、仕方がないのでしょうな」
司馬懿は一頻り笑い終えると、曹仁に述べた。
「曹将軍。今ならば、何の支障も無く橋を渡る事が出来ます。此処で劉備の首を取りましょうっ」
「・・・うむ。そうだな。全軍、橋を渡り劉備を討ち取れ!」
曹仁は気を取り戻すと、直ぐに命じた。
そして、曹仁軍は喊声をあげながら橋を渡って行った。
林に残っていた張飛の兵達が、何が何だか分からない状態であったが、逃げても捕まるか殺されるだけと思ったのか、武器を捨てて降伏した。




