探偵少女と幽霊マンション(8)
人とは、特に女性とは極力関わらないようにしている。
その一番の理由はもちろん、リルカが人に迷惑をかけてしまうからだ。人、というよりも若い女性限定だが。
いや、迷惑では表現が軟らかすぎた。
リルカは、俺と関わった若い女性を呪おうする。俺との関わりあい方が深ければ深いほどより強く。
俺がリルカに恐ろしい目に遭わされるのは我慢できても、他人に害が及ぶのはさすがに罪悪感がある。
一文字さんなんかいい例だ。
俺に注意してついでに世間話を一言交わすくらいなのに、それでもリルカは彼女の枕元に立つ。
申し訳なく思うが、それでも一文字さんがめげないのでは、コミュニケーションを完全に絶つのはなかなか難しい。
まさか、リルカが怒るからやめてくれ、と言えるわけもない。
俺と喋ったら少女の幽霊の夢を見る、という噂を一番嫌っているのは一文字さんだ。故人への冒涜だ、ということで。自分が実際にその夢を見てさえ、そうだ。
もしかしたら、その夢を見てしまった自分自身に怒ってさえいるかもしれない。
ともかく、リルカは若い女の子に怒る。
レジで業務上の会話しかしてないコンビニの店員にまで牙をむくのだから相当だ。確かめたわけではないが、俺が通ったコンビニの若い女の子のバイトが次々と消えていったから間違いない。
おかげで、俺は今ではコンビニなんかは男の店員しかいなくなる深夜帯にしか行かなくなってしまった。ちなみに、そのせいで睡眠時間が削られ、目の充血や隈で顔がより凶悪になっていった。
そういう事情があるから、知り合いの女の子は凄い勢いで俺から離れて行った。
まあ、俺としゃべった夜にリルカが恨めしそうに立たれたら、もう関わらないようにしようと思うのは当然だ。
そして女友達の喪失と連動するようにして男友達も消えていった。友達がほとんどいない凶相の男ができあがる。そうなると当然新しい友達はできない。
そんな中、果敢に俺と接触をし続けるのが麻滝とマリアだ。
マリアの方は完全にリルカを除霊するために接触してくる。
オカルト関係には詳しいだけあって、様々な除霊グッズなんかで夜のリルカの悪夢対策も厳重にしているらしい。
それでも、何度か対策が破られて酷い目にあったり、ネットオークションで手に入れた高額の除霊グッズがリルカに負けて駄目になったりはあるらしいが。
それでも懲りずにリルカの除霊を今も狙っているというのに、俺は密かに尊敬を超えて恐怖を抱いている。何があいつをそうさせているのか。
初めて会った時から俺を嫌っているあいつのことは、未だによく分からない。
一方の麻滝は、心霊に対するスタンスが全くマリアと違う。リルカに対策なんてとりはしない。
あいつは変人ではあるが女の子には違いないので、当然リルカの嫉妬の対象になる。
現時点で一番俺と親しく、そして客観的に見て美しい女の子だから、リルカからの攻撃も激しい。
一時期、麻滝は夏だというのに常にマフラーを巻いていたことがあった。周りは変人だからと気にしなかったが、俺は気になってそのわけを訊いた。
「そのマフラーどうしたんだ? ハードボイルド小説の探偵って、マフラー巻いてたか?」
麻滝は、
「これだよ」
とマフラーを外した。
くっきりと、細い指の痕が、そう、ちょうど少女の手で首を締められれば残るような痕がマフラーの下についていた。
「妙な痣だろう?」
麻滝は笑った。
言葉に出さずとも、俺も麻滝も分かっていた。リルカの仕業だ。
そういう恐ろしい目に遭って、おそらくは命の危険を感じながらも、麻滝は俺への態度を変えていない。こちらが邪険にしているのに関わってくる。
「……どうしてだ?」
マフラーの下の痣を見て、俺は訊いた。
「そんな目に遭ったのに、どうして俺に関わってくる?」
事件の解決にどうしても俺の力が必要だからか、幽霊に興味があるのか、それともまさか、俺のことが気に入っているとか。
だが、麻滝の返事は俺の予想を完全に裏切った。
「美意識の問題だよ」
「美意識?」
「要するに、ハードボイルドではないんだ。幽霊や呪いで死ぬのを怖がって、何かに対する態度を変えるのは。少なくとも、私にとっては」
俺はあまりに予想外の答えに対して黙ってしまった。
「男たるもの、風見鶏みたいに態度をころころ帰るのはハードボイルドじゃあないんだよ」
「……お前、女だろ」
ようやくそう返す。
「それはそれ、さ。君もハードボイルドを目指したらどうだい」
「ハードボイルドを目指すって、何をすればいいんだよ」
「ふむ、そうだな――」
憎まれ口のつもりで返したのだが意外にも麻滝は真剣な顔をして考え込んだ。
「やはり初歩の初歩から始めるべきだろうな。そうだな、まずはあまり笑わないことだ。特に、想いを寄せる女性の前ではね。好きな女の子に格好いいところを見せたいのなら、どうしても自然と笑みが浮かぶ場合も、歯を食いしばって耐えるんだ」
その言葉に俺は何も返さなかった。
リルカが死んでから、俺は笑っていない。これからも笑みが自然と浮かぶことがあると思えなかった。
好きな女の子に格好いいところを見せようとするシチュエーションも、もう存在しないように思えた。
そいうことの全ては、あの事故の日に終わったのだ。
「ただいまー」
「ただいま。帰ったわよ」
リルカを恐れながらのふとした回想は、聞きなれた声で中断される。
玄関から間延びした父の声と、キャリアウーマンらしくきびきびとした母の声がする。一緒に帰ってきたらしい。
珍しいな。
俺はラジカセをとめて玄関まで迎えに行く。
「疲れたー」
父は本当に疲れた顔をしてよろよろとリビングに向かう。
別に今日、そんなに激務だったということではなく、父は常に死にそうな顔をしている。噂では会社でゾンビと呼ばれているらしい。
同情すべき点はある。
何せ、母が上司なのだ。そりゃあ会社ではやりにくいし、仕事の疲れも何倍にもなるだろう。直属の上司でないだけいいとはいえ、俺だって同じ立場だったらゾンビのようになるかもしれない。
「あ、真一」
母が玄関で靴を揃えながら不安げな顔をする。
「あんたの学校、事件あったんだって?」
「ああ、あれね」
木崎の件だろう。
「誰から聞いた?」
「小杉君のお母さん。さっきばったり会って。で、生徒が一人、行方不明だって?」
小杉君、というのが誰か分からないが、おそらく同学年の生徒だろう。
「行方不明というか、俺の聞いた話だと、よく無断外泊する奴がまだ家に帰ってきてないってことらしいけどね」
全部探偵倶楽部の面々からの情報だが。
「ふうん。じゃあそんなに心配することないのね」
「多分」
答えながらも、俺としては自信がない。
さすがに四日間は長いし、心配すべきかもしれない。
しかし、それを言って関係のない母を不安にさせることもないだろう。
久しぶりに親子三人揃っての夕食を済ますと、
「あ、今日は俺、風呂いいから」
そう言って早々に部屋に入る。
風呂に入らなかったのは、リルカと会いたくないからだ。
狭い空間に一人きり、鏡と水があり、そして頭や鏡を洗う際には目を閉じなければいけない。
鬼門だ。
今日は、リルカがいつ現れてもおかしくない状態だ。さっさと寝るに限る。
いつも電灯は点けたまま、テレビも迷惑にならない程度の音量でつけたままの状態で寝ている。リルカ対策だ。
もちろん、今夜もそうだ。
ベッドにもぐりこむ。
目を閉じるが、悪夢を見ると分かっているからか、全く眠くならない。
そうだ、悪夢を見るに決まっている。
俺は、恐がっている。悪夢を。
この顔だから周囲の人間からは誤解されることが多いが、俺には怖い物が多い。怖がりだ。
暴力が怖い。痛みが怖い。闇が怖い。一人が怖い。幽霊が怖い。悪夢が怖い。リルカが怖い。
バラエティ番組が流れているのか、テレビからは笑い声が聞こえる。
その明るい雰囲気に集中する。
どうか俺を守ってくれ、と祈る。
悪夢の覚悟をして、俺は意識を手放す。




