極道と退魔師(7)
テーブルを挟んで、ソファーと三脚のパイプ椅子が向かい合っている。
ソファーの中心には鋭い目の麻滝。その横に寄りかかるようにしてマリアが熱い視線を麻滝に送っている。
もちろん、麻滝からは無視されている。
パイプ椅子に座っているのは俺と犬飼、成島。
俺はなるべく麻滝とマリアから距離をとっておく。
リルカ、怒らないでくれ。
「それでは、状況を整理しよう」
麻滝は生き生きとしている。そんな麻滝を見て嬉しいのか横のマリアも頬を上気させながらの笑顔だ。
対照的に犬飼はつまらなそうに背を丸め、成島はうんざりとした顔で髪をいじっている。
見事に男性陣と女性陣で積極性が二分されたな、と思っていると、
「その態度、はどういうつもりよ。お前ら、男共は多々良以外興味なしかよ」
とマリアが怒る。
俺は興味ありそうに見えてるのか。ショックだ。
「俺は、ナメた真似してくれた奴をぶっとばしてやりたいだけだ」
と犬飼が低く唸る。
「木崎は今日ぶっとばしたから、あとは俺を不意打ちしやがった便利屋だけだ。場所さえ分かったらぶっとばしに行く。それだけだ」
不意打ち? 何のことだ。犬飼は、普通に蹴られてダウンしていたと思うが。簡単に負けてしまったから負け惜しみだろうか。
「僕は、元の生活に戻れればなんでもいいですよー」
成島はため息をつく。
切実だ。暴力団の事務所に軟禁されてるところを見ているから余計に切実だ。
「さて、それではまず、昨日、私と多々良君で成島君を救出しに行った報告だ」
麻滝は舞白組のこと、陣内のことを中心に話す。
あの場にいなかった犬飼とマリアは、興味深そうに話を聞いている。
その次に、マリアは、俺とマリアが彼女の師匠から聞いた話をする。
話す役はマリアに全面的に任せる。できる限りリルカを怒らせないために
だが、マンションの土地に『何か』がいるという話は、あまりにもオカルトチックすぎたのか、誰も大した反応はしない。
そもそもが俺とマリア以外はそんなものに興味がないのかもしれない。
「さて、では次はマリアと成島君に、今日の午前中の調査の報告を」
「分かりました、撫子様」
「はーい、でもあんまり大したこと分かってないですよ。あの例の、陣内さんですっけ、あの怖い人から話聞いたくらいなんで」
「あの極道的な人から? どうして?」
思わず声をあげる。
あそこまで怖がっていたのに。
「陣内は極道的な人ではなくて極道だ」
麻滝が訂正。
「部長と多々良君が来る前に、僕、名前とか電話番号とか言わされてて」
どんよりとした成島の声。
本気で同情してしまう。
「昨日、夜、電話かかってきてさー。で、訊きたいことがあるから会ってくれって、あの陣内って人から。会わないと酷い目遭わされそうだし、名前とか住所とか学校とかバレてるし。でも一人は怖いからさー」
「で、アタシが付き添いで行ったってわけ。全く、男の癖に情けない」
マリアが肩をすくめる。
にしてもマリアを選んだのは意外な人選――でもないか。麻滝とか犬飼とかと一緒に行ったら厄介なことになりそうだ。
「でー、午前中、喫茶店で会って話をしたんだー」
喫茶店。それはそうか。事務所に来いって話だったら、こいつ意地でも行かないだろうしな。
「そこで木崎が見つかったって話を聞いて」
「彼らからの電話で私と犬飼君もそのことを知ったわけだ」
麻滝が続く。
なるほど。流れがようやく分かった。
「さて、では詳しい話を聞かせてもらおうかな。そもそも、陣内は一体、何を訊きたかったんだい?」
麻滝が言う。
「いやそれが、こっちもそれが分からなかったんだよねー。ね、マリアちゃん」
成島はそう馴れ馴れしく笑顔をマリアに向けるが、
「アタシに振るなっての……でも確かに、何も訊かれませんでした。例の行方不明の学生、木崎が発見されて家に戻ったってことを教えられただけです」
面倒臭そうにマリアはいなし、続けて麻滝に報告をする。
しかし、内容が問題だ。
「は?」
何も訊かれなかったって、そりゃいくらなんでも妙だ。それじゃあただの情報提供者じゃないか、それもボランティアの。
じゃあ、何の為に呼んだんだ?
「ふむ。彼の思惑は推測できる」
俺の困惑をよそに、麻滝は呟く。
「要するに、私たちに木崎から情報を聞き出して欲しいんだろう。さすがに、極道が直接尋問するのは難しいだろうからね」
自分の時はされたのに不公平だ、と思ったのか成島がそれを聞いて唇を噛む。
「ははあ、なるほど」
俺は納得する。
ということは、
「じゃあ、その希望をかなえたのが犬飼ってことか」
「えーっ、マジかよ。そう思われるのは不本意だな」
犬飼が鼻を鳴らす。
「ってことは、なにか、俺がこれから喋ることはその極道に伝わるのか」
「おそらく成島君を通してね。今日か明日に、また陣内から連絡が来るんじゃないかな」
成島は思い切り顔をしかめる。
そりゃそうだ。
「じゃあ、こいつにだけご退席願うとするか」
口の片端を歪ませて犬飼が笑う。
「やめてよ、マジで。それであの怖い人が怒っちゃったらどうするんだよ。僕、まだ海に沈みたくないよー」
「犬飼君。成島君をいじめるのはそれくらいにして、何を聞き出したか教えてくれ」
「はいよ」
と返事をしたのはいいものの、犬飼はそれからなかなか喋りださずに唸る。
「おいどうした。撫子様が喋れと言っているだろうお前」
マリアが苛立つ。
「んー……大したことは聞いてないんだよな。俺、結局、あの便利屋はどうしたのかを訊きたかっただけだし」
それは多分、便利屋がどこにいるか分からなくなったら殴るのが面倒になるからだろう、と俺は推測する。
「でも、あいつら、大したこと聞いてねぇんだ。あの便利屋、俺たちが倉庫から帰ってすぐに『もう大丈夫だから、警察が来たら大人しく保護されろ』って言って消えたらしいぜ」
「んん? ちょ、ちょっと待ってよ。何がもう大丈夫なのかー、とか警察が来るってどうして分かるのかー、とか便利屋に質問してなかったってわけ?」
情報が少なすぎて陣内への報告に不安を覚えたのか、成島が焦りながら確認する。
「気にしてねぇんだよあいつ、バカだから」
その犬飼の一言で、実際に彼と会ったことのある俺は納得する。
陣内に報告する時のことを考えてか、成島は頭を抱える。
「では、ほとんど何の情報もないということか」
だが、麻滝は納得した顔で頷く。
どうやら犬飼の報告は終わりらしい。
「えー、ちょっと、マジで? 勘弁してよー」
どんどんと成島の顔色が幾分か悪くなる。まあ仕方ない。死活問題だ。
「そんなに心配することはないんじゃないかな。おそらく、そのまま伝えても大丈夫だ」
と麻滝。
「俺も同感だ」
その言葉に俺も同意する。
「この後におよんで俺たちが情報出し渋るなんて、向こうも思わないだろ。陣内さんは俺達を敵としては見てないよ、多分」
嘘をついていたり隠し事をしている、とはとられないと思う。
と、そこまで考えて、何かが妙にひっかかる気がする。
自分のついさっき言った言葉だ。それが、何か気になる。
俺達を敵としては見ていない?
それはそうだ。
陣内は、舞白組にとって俺達は敵じゃない。俺達にとっても舞白組は敵じゃない。
今回の事件、敵は誰だ?
誰と誰が敵対している?
舞白組にとっては、便利屋の古川だ。商売の邪魔をしている。
じゃあ、古川にとっては? あのベルカとかいう嘘くさい便利屋か?
突然、雷に打たれたようにこれまでのことが脳裏に蘇ってくる。
僧侶の言葉、幽霊マンション、再開発、古川、ベルカ、リルカの姿、失踪した学生、舞白組、陣内、そして、誰にとって誰が敵なのか。
全てが、おぼろげながらひとつの大きな像を結んでいく。
俺はぼんやりとだが、陣内の思惑が見えた気がする。そして、古川という便利屋の思惑も。
そこで話が切れて、部屋に沈黙が広がる。
部室の中に集まる皆の顔を見回す。
成島は相変わらず青い顔をしてぶつぶつと何か呟いている。
マリアは話に飽きたのか潤んだ目で撫子を見てばかりだし、犬飼は自分が便利屋に倒された時のことを思い出しているのか机を睨みつけている。
麻滝は真っ直ぐに、俺の顔を見ている。俺が何を考えているかを読み取ろうとでもするように。
目を逸らすのはしゃくなので俺も見つめ返す。
俺と麻滝は数秒間見詰め合って、加速度的にマリアの機嫌が目に見えて悪くなる。
「結局、何も分からなかったわけか」
マリアが爆発する寸前に、麻滝はそう言って部活動を終わらせる。
ひょっとしたら、俺と麻滝は同じ考えかもしれない。だが、それがどうというわけではない。俺は、今日をもってこの件からは手を引くだけだ。
もう、リルカを怒らせたくない。
ふと、これまで慌しくて訊けていなかった質問を思い出す。
「麻滝。幽霊マンションに出る女の幽霊の噂って、どんな噂だ?」
「幽霊の噂かい?」
麻滝は荷物を片付けながら答える。
「女の喚き声が聞こえるとか、泣き声が聞こえるとか。あとは、見知らぬ女が夜、マンションの廊下をうろついてたり、入居者がいないはずの部屋の窓から女が顔を覗かせたりとか」
「外見は、どうだ? 女の見た目は」
「それが一致しないんだ。それで私も信憑性が薄いと判断しているんだが。女の髪の色が金色だったり黒だったり、服も赤い洋服だったり黒い和服だったりだ」
俺はそれを聞いて考える。
女の外見が一致しないのは、あのヤンキーカップルによる立ち退き工作と本物の心霊現象が混じっているからではないだろうか。もちろん、俺の考えにある本物の心霊現象とは、黒い服の女だ。
俺とマリアが幽霊マンションに乗り込んだ時の、黒い服の女の影が脳裏に浮かぶ。
あれが僧侶の言う『何か』だろうか。だとしたら、便利屋はおそらく――
そこまで考えて止める。
もう関わらないと断固として決心したばかりだ。




