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極道と退魔師(5)

 マリアの言葉に誘われて、結局俺はマリアに協力するのを了承した。

 といっても、電話では詳しい中身を教えてくれなかったので、とりあえず話を聞くことを約束しただけだが。


 家のすぐ近くで麻滝と成島とは別れた。

 家への道すがら、少々後悔する。

 明日からは危なそうなことに関わらないと決心したのに、明日どころか今日のうちに明らかな地雷原に踏み入れようとしている。やれやれだ。


 家に辿り着くと、そこには確かに私服のマリアが玄関のドアの脇に立っている。

 ジーンズに白いシャツというシンプルこのうえない服装だが、金色の髪とプロポーションのせいで薄暗い中でも目立つ。


「来た来た……ちょっと、遅くない?」


 俺の姿を目にとめたマリアがさっそく口を尖らせる。


「やかましい。それで、何のようだ?」


 自分の声が力をなくしているのは自覚している。

 疲れているんだ。


「アタシ、撫子様に言われてマンションについて調べたのよ、オカルト方向から」


 なるほど。事務所に来なかったからって遊んでいたわけじゃなくて、得意分野から調査は進めていたわけか。


「それで、久しぶりに日本での師匠に相談に行ったんだけど、留守だったわけ」


「坊さんだっけ」


 高校の裏の方にある寺の僧侶が、マリアの師匠らしい。

 もっとも、麻滝によればある事件で一緒になった際にマリアが一方的に師匠と慕うようになっただけで、向こうは迷惑しているとのことだ。


「そうそう。それが、訪ねていったら、ちょうど出かけてるらしくて。ほら、国道沿いにデパートの建設予定地あるじゃない」


「ああ」


 マリアの言っているのは、先月から工事が始まった場所のことだろう。

 巨大な商業施設ができるらしく、学生なんかは楽しみにしているらしい。


「あそこで最近、鎧武者の幽霊が出るらしくて」


「は?」


 いきなりの話の展開だ。

 鎧武者か。なかなか風情があるな。


「で、そこの責任者の人に相談されて、現場の下見に行ってるんだって、今」


「そうか……ひょっとして、今からそこに行くって言うんじゃあないだろうな」


「逆に、それ以外にどういう展開があるのよ」


 マリアは自信満々で言い切る。


「どうして俺を待つ必要があるんだ」


 勝手に一人で行けよ、と言外ににじませる。


「お前も一緒に行って、リルカのことを相談したらいいじゃない。っていうのは建前で、もし一人で行って、アタシが鎧武者に襲われたらどうするのよ。一人でも人手が欲しいってわけ。それも、できるならオカルト方面に耐性のある人がね」


 耐性のある、という言い方をされると弱い。

 オカルトが得意なわけでは決してないが、耐性があるかないかで言えば、経験の分、あると言ってもいいかもしれない。


「別にいいでしょ。もう、今日はお前に憑いてるリルカも怒ってるだろうから、今更アタシと仲良くしたって何も変わらないわよ。毒食らわば皿まで。この機会にアタシみたいな美少女とデートしとかないと」


 冗談のつもりか、マリアが体を寄せてくる。


「おい、あまりリルカの挑発するな。確かに、もう今更刺激しないようにしても後の祭りなのは確かだけど……逆に、リルカの怒りが限界を超えるってことはあるからな。リルカに殺されても俺は知らないぞ」


 とはいえ、俺の心はマリアと一緒にその僧侶に会いに行く方に傾いている。

 それはマリアが言ったように彼女とデートしたい、からでは決してなく。

 マリアが師匠と慕っている人なら、きっと本当に力を持っている人なのだろう。それなら、彼女の言ったようにリルカについてどうにかできるかもしれない。

 そうだ、だから会いに行こう。

 自分ではそう納得してはいるが、その理由が本物かどうかは自信がなかった。

 ひょっとして、こうやって仲間と一緒に何かするのを楽しいとか思ってるんじゃないだろうな、多々良真一。おいおい、人恋しいからってそりゃないぞ。



俺たちバスに乗って国道沿いのバス停まで行く。ここからは歩いて二十分足らずで工事現場に着くはずだ。


「お前、あっちに連絡とったのか?」


 今更だが訊いてみる。


「連絡取れるなら、電話で済ませてるって。師匠、今時珍しく携帯電話持ってない人だから」


 歩いているうちに見てくるのは、フェンスに囲まれた巨大な空き地だ。

 砂地と金属製のフェンスだけが延々と広がっている広大な空き地は、薄暗いせいもあって、例のマンションほどではないにしても寒々しい印象を覚える。


「広いな」


 呟く。

 人の気配はない。


「で、どこにいるのか分かるのか?」


「知るわけないでしょ。とりあえず中に入るわよ」


 といってもさすがにフェンスを乗り越えて中に入る気はないらしく、マリアはフェンスをたどるようにして空き地を回る。


「あったあった、あそこから行くわよ」


 マリアがフェンスとフェンスの隙間、即席の出入り口を見つける。おそらくそこから工事関係者なんかが出入りするのだろう。

 当然ながら、その出入り口にも鎖が張られており、関係者以外立ち入り禁止の札がかかっている。


「さーて、どこかな」


 ためらいなく出入り口から入ると、マリアはずかずかと進んでいく。

 ため息をつきつつ、俺も続く。


「お、ほら、あっち」


 マリアが指を刺す。

 その先には、土が掘り返されて巨大な穴が掘られている。


「あの穴がどうかしたか?」


 言いながら意識を集中すると、その穴の淵に人が立っているのが見える。

 薄暗い中、その人物が黒っぽい服を着ているので言われるまで気が付かなかった。


 歩いて近付いて、その人の姿がはっきりする。

 濃い紺色の作務衣と草履といった姿で、穴をじっと覗き込んでいる。年齢は四十代くらいだろう。頭を剃りあげている。

 僧侶のようだ。細い目が、穴の奥をうかがっている。こちらには気付いていないようだ。


「いた、師匠!」


 マリアが叫ぶ。


 驚いたのかその僧侶はびくりと体を震わせた後、ゆっくりとこちらを向く。


「……マリアか? 君、どうしてこんなところにいる?」


 不審げな顔をしてこちらを向いた僧侶は俺に目を留める。


「それに、誰だい、後ろの彼は。彼氏か?」


「冗談でもそういうこと言わないでください。ご相談したいことあって。お寺行ったら、師匠がここに来てるって教えてもらいました」


 珍しく礼儀正しく受け答えするマリアに俺はちょっと驚く。

 さすがに師匠にはちゃんとした態度をとるのか。


「相変わらず、凄まじいバイタリティだ。うらやましいね」


 呆れたような苦笑を浮かべて、僧侶は穴の淵から離れ、俺たちに近付いてくる。


「で、そっちの彼は……」


「あ、俺は」


 答えようとしたその時、僧侶は細い目を見開くと、飛ぶようにして後ずさる。


「失礼……君、憑かれてるのか。悪霊なのか、それは? よく見えないな」


 臨戦態勢のまま、僧侶が言う。

 声は温和だが、表情が少し強張っている。

 細かった目は目一杯見開かれて、ぎょろりとした目が俺をとらえている。


 どうやら、リルカが見えたらしい。この様子では、どんな見え方をしたのかは想像したくないが。


「それも含めて、是非師匠に相談したいんですけど」


 マリアが言うと、僧侶は俺から目を離さずにゆっくりと頷く。


 それから、マリアは手際よく現在の状況、そして俺とリルカについて説明した。

 僧侶は聞いている間、相槌すら打たずに黙っていた。


「ふむ」


 話を聞き終わると、僧侶はぽりぽりと頭をかく。

 いつの間にか、表情も声と同じく温和なものになっている。


「まず、そこの多々良君とリルカ君についてだが――私にはどうすることもできんな」


 あっさりと言われて、俺は虚を突かれる。


「ちょっと、師匠、坊主がそんな無責任でいいんですか?」


 食ってかかるのは意外にもマリアだ。


「坊主は関係なかろう。真っ当な僧侶はそもそも怪力乱神を語らん。幽霊退治なんぞに手を出しているのは私が僧侶なのとは関係ない、単なる趣味だ」


 そして言葉を切って、僧侶は俺をじっと見てくる。


「君に憑いている、リルカ君だったね、彼女をどうにかすることは、霊が見えるから趣味でそういう相談に乗っている程度の輩には、どうしようもない。高名な霊能力者か、どこかの有名な寺院、神社、あるいは教会に相談した方がいいだろう」


 もっとも、と僧侶は付け加える。


「君が本当にリルカ君と別れたいのならばね」


「え?」


 どういう意味か分からず、混乱する。

 意味を教えて欲しくて僧侶を見るが、僧侶はただ静かな目をして黙っている。


「んー……まあ、仕方ないか。じゃあ、師匠、マンションについては?」


 混乱する俺を後目に、他人事だけあって、マリアは即座に話題を変える。


「あれには関わるな」


 それまでの温和な声が嘘のように、冷たい声で僧侶は言い切る。


「は……え?」


 意外らしく、マリアは目を丸くする。


「あそこは鬼門だ。命が惜しかったら、あそこには関わるな」


「え、それって、やっぱり幽霊がいるってこと? 師匠、何か知ってるんですか?」


「直接は知らん。だが」


 古傷の痛みを耐えるかのように、僧侶は歯を噛みしめてうつむく。


「あのマンションが建つ前、私の大師匠にあたる人と当時の高名な霊能力者の二人で、あの土地で『何か』を鎮めたらしい。それが『何か』は分からん。ただ」


 ちゃり、ちゃり。

 金属がこすれあう音がする。


 僧侶は言葉を止め、顔をしかめる。


 ちゃりちゃり。

 金属音。近い。


 僧侶の額に汗が浮いている。


「参った、気を抜いていたな。這い上がってきたぞ」


 言って、僧侶は突然身をかがめる。


 うぅおん、と風切り音。


 ちょうど僧侶の首があった場所に、横薙ぎに日本刀が振るわれる。


「なっ」


 俺は驚く、当然だ。


 身をかがめた僧侶の後ろ、鎧武者が日本刀を構えている。


 これ、噂のあれか。


「絶」


 マリアが呟き、いつの間にか手に握られていた白い紙テープのようなものを鎧武者に投げる。

 紙テープもどきは意思を持っているかのように鎧武者に巻きついていく。よく見れば、その紙テープには黒い文字が無数に書き込まれている。


 ぎしぎしと音を立て、全身を紙テープでがんじがらめにされながらも鎧武者は俺の方向に突進してくる。


「うおっ」


 かわす。

 動きはそんなにすばやくないので難しくはない。


 そのまま鎧武者は突進を続け、マリアに向かう。


「むぅ」


 唸りながらマリアはサイドステップで鎧武者をかわし、そのまま穴の方に走っていく。


 マリアを追って鎧武者は向きを変えて、再び突進する。

 がんじがらめのせいで動きがぎこちない。


 穴の淵まで来ると、マリアは鎧武者を待ち構えるように歩みを止める。


 まさか、闘牛士よろしく、あそこで突進をかわして、鎧武者を穴に落とすつもりか?


「おいおい――」


 危ない。

 思わずマリアの方に走り出す。


 鎧武者がマリアに突っ込む。その寸前。


「やれやれ、助かったぞマリア」


 ふらりと、何の気負いもなく僧侶がマリアと鎧武者の間に立ちはだかる。


 鎧武者は日本刀で叩ききるように僧侶に体をぶつけて――次の瞬間、宙を浮いている。


「は?」


 間の抜けた声をあげて俺はそれを見ている。


 巴投げだ。

 僧侶が、鎧武者を巴投げにした。


 鎧武者は、穴へと落ちていく。落下音は聞こえない。まるで奈落の底に落ちていったようだ。


「やれやれ」


 僧侶は身を起こす。


「あの、今のって……」


 恐る恐る俺が訊くと、


「あれが最近ここに出るっていう鎧武者の幽霊だな。この穴から時々這い出るみたいだ。悪かったな、君らの話を聞いてるうちに、穴への注意がそれた」


「別にそれはいいですけど、師匠」


 あんなことがあったというのに、リルカは平然としている。

 得意なだけあって、心霊関係には心臓が強いのかもしれない。あるいは、師匠への信頼ゆえか。


「巴投げってなんですか、一体。もうちょっと除霊的なことしてくださいよ」


「私はそんなことできないよ。私は霊が見えて、声が聞けるから、ただ話をきいてやるだけだ」


 そう言うと僧侶はまた穴の淵に陣取り、穴の底に目をやっている。

 それは、穴の底にいる鎧武者の話を聞いてやっているようにも見える。


「向こうの気が済んで成仏するまで、まあ気長に何日でもここに通ってやるさ」


 こちらには目をくれず、穴を見たままで言う。


「はあ……どうも、ありがとうございました」


 こういう状況にぴったりの言葉が見つからず、俺は礼を言う。


「君が礼を言うのはおかしかろう。むしろ、私の不手際で危険にさらして申しわけなかったな。マリアもだ」


「別に危険ってほどのことでもなかったですけど……師匠、マンションの話は、その……」


「私の意見は変わらんよ」


 歯切れの悪いマリアとは対照的にすっぱりと断言し、僧侶は屈んで穴を覗き込む。


「あれには手を出さない方がいい。さっき言った、私の大師匠と霊能力者だがね……霊能力者の方は、その土地に住む『何か』を鎮める際、命を落としたという」


 命を落としたって、死んだってこと、だよな。

 さっきまで暴れまわっていた鎧武者を事も無げに穴に投げ落とした、そんな人が関わるなと忠告する、そんな危険な事件か。


 気が滅入る一方だ。

 やっぱり、関わるのはやめた方がいいな。俺の判断は正しかった。


 マリアは苦い顔をしている。師匠の忠告を無下にはできないが、かといって麻滝がしている調査の協力をやめることはできないのだろう。


 こいつも難儀な奴だ。


 俺は空を見上げる。すっかり夜になっていて、月が浮かんでいる。

 さてと。


「じゃあ、俺、家帰るから」


 これ以上、この場にいても仕方がない。


「むむむ……」


 悩んでいるのかマリアは唸っていて俺の言葉を聞いていないようだ。


「お、多々良君、帰るのかい」


 返事をしてくれたのは穴を見続けている僧侶の方だ。


「ええ、まあ」


「そうか。さっきも言ったが、リルカ君については――」


 そこで、言葉を切る。


「いや、やはりいい。気にしないでくれ。他人が言うようなことでもない」

 ずっと奈落の底のような穴を見続けながら、僧侶が言う。


 俺は曖昧に頷く。

 もう、僧侶の言葉の意味を考えるのも面倒になってきている。


 本当に、疲れた。今日は色々とありすぎた。

 早く帰って寝たい。見る夢が悪夢だろうと。

 最近は、こんな感想ばっかりだな。


 そして俺は、家に帰って石のように寝る。

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