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極道と退魔師(4)

 麻滝が話している間、陣内は水槽を泳ぐ魚をぼんやりと見ていた。

 話をちゃんと聞いているのか、と心配になる。


「これで今回の事件に関することは全てかな」


 麻滝は話し終える。


「さて、次はそちらの番だ。舞白組は、今回の件にどう関わっている?」


「知ってるだろう、そんなもの」


 陣内は振り向きもしない。魚を見ている。


「例のマンションの売買にこの組が一枚噛んでいるくらいは想像がつくよ。それで、どういう形で噛んでいる?」


「どういう形って言ってもな。さっき言ったように、下手に動いたら上まで引っ張られるようなご時勢だ。俺たちは裏方だよ。色々手配して、手数料をもらうだけだ」


「その手配というのは、立ち退かせ屋も含まれているんだろう?」


「ああ、そこら辺はノーコメントだ。どうせお前のことだから、言質とろうとして盗聴器やらレコーダーやら準備してるだろ」


 陣内の言葉に俺と成島は顔を見合わせてしまう。

 こいつ、麻滝のことをよく分かってる。絶対仕込んでると思う。


「ただ、これはあくまでも仮に、の話だが。もし俺が手配するんだったら例の、古川か。そんな奴は雇わないな」


「だろうね。幽霊騒ぎで住民を立ち退かせるなんて、まっとうな極道のやり方じゃない」


「まっとうな極道って何だよ。まあ、いい。ただ、その便利屋をマンション売る側が雇ったっていうのも眉唾だな」


「え?」


 そこも嘘なのか。

 意外な言葉に俺が声を漏らすと、ようやく陣内は魚から目を離し、俺に向けてくる。


「なあ、兄ちゃん。当然だろ? 俺たちみたいな、いわゆるプロが色々手配してるんだぞ。素人が中途半端に手を出してくるか? 敵だっていうなら話は分かるが、俺たちは敵じゃあない。立ち退かせるって目的は一致しているんだ」


「ああ。だからてっきり、君達の組が売主を出し抜こうと暗躍しているから妙なことになっていると思っていたが」


 と、麻滝が言う。


「違うな。あの男――お前らに便利屋の古川と名乗った男は完全な乱入者だ。学生の失踪なんて、立ち退きに関しては百害あって一利なしだろ。余計な注目は集めるし、俺たちの仕事もしにくくなった」


 陣内は成島に顔を向ける。

 成島はびくり、と体を震わせる。かなり怯えている。


「うちのモンに張り込みさせて、あいつのアジトを見つけたのが二日前。で、その事務所に張り込みさせてたらお前らがのこのこやってきたってわけだ。例の男と仲良さそうにな」


 全然仲良くない。俺とマリアと犬飼なんて拉致されただけだ。


「それでも、こっちとしたらしばらくはお前等も泳がせておくつもりだったんだ。余計な面倒はごめんだしな。ところが、そこの色男が倉庫に張り付いていてな、同じように張り込みしてるウチのモンに気付きやがった」


「ほう、素晴らしい。いい観察眼だ」


「いやあ、ありがとうございます、部長」


 こんな状況でも麻滝に褒められてうれしいらしく成島が笑顔を作る。


「そのせいでこっちはその色男を事務所まで……その、なんだ、呼ばなきゃならなくなったんだ。全く、余計な手間かけさせやがって」


 言いながら、陣内の口元にはかすかだが笑みが浮かんでいる。

 そう言いながらも、こういう厄介ごとがそこまで嫌いでないタイプかもしれない。


「あの男が何者なのかはまだ分からないが。ひょっとしてこの状況が奴の狙いかもしれない」


 麻滝が呟く。それは事務所に来るまでに俺と話していた内容だ。


「この状況? 事務所に俺とお前と色男とそこの人相悪いのがいることか?」


「そこまで緻密に計画してなくとも、だ。あの便利屋が自分のアジトを舞白組に見張られていることに気付いていた可能性はある。もしそうだとしたら、動きにくくなったと邪魔に感じていたはずだ」


「ふん。だから、マンションに派遣していた手下のバカップルから、変な学生たちのことを知らされて――アジトに連れ帰ることにしたと?」


「可能性だがね。私たちをおとりにして舞白組の監視を緩めるというのは、ありえない話ではないだろう? 現に、私たちを気にした為にあの便利屋への監視は緩くはなったはずだ」


「それは否めない、が。にしたってなあ、その程度でどうにかなるかあ? 実際、今だってうちのモンがちゃんと見張って――」


 そこで携帯電話の安っぽい着信音が鳴り出す。音は陣内の懐から聞こえる。


 陣内は言葉を切ると、電話に出る。


「はい、陣内。ああ……そう、そうか。誰が出てきた? あ? 南條? あいつか……どうしてこんなヤマに……いや、いい。分かった。ああ、俺が対処する。おう、オヤジにはお前から説明しとけ」


 電話を切ると、陣内は冷たい目で麻滝を見つめる。


「倉庫を見張ってる組員が、サツに連れてかれた。これも、お前の言う便利屋の目論見のひとつか?」


 サツ? 警察? 何故?


 そこまで考えて、今朝、警察に通報するように提言したことを思い出す。

 やばい。絶対あれだ。倉庫に見回りに来た警官が極道を見つけてえらいことになったに違いない。原因が俺ってバレたら、殺される。


 俺は一人で背筋を震わせて冷や汗を流す。

 横目で確認したが、麻滝は涼しい顔で陣内を見つめ返している。実際に通報したのはこいつだろうに、凄い度胸だ。

 何も知らない成島は何のことか分からずにキョトンとした顔をしている。


「ほう、任意での事情聴取といったところか」


 麻滝は余裕のある態度で言う。


「ああ。倉庫の傍にいた奴は全員引っ張られたみたいだ。やれやれ、あの胡散臭い男がこの機会を見逃す筈がないな、何かするつもりだろう」


 面倒くさそうに陣内は立ち上がる。


「じゃあな、俺は行く。お前等も帰れ。そこの色男も連れてな。サツに余計なこと話すなよ。話したら皆、不幸になる」


 それだけ言って陣内は事務所から出て行こうとする。

 その後姿に俺は気付けば声をかけている。


「あの、陣内、さん」


「ん?」


 不意打ちを食らったように、目を丸くして陣内は振り返る。丸い目が顔を一層幼く見せて、まるでクラスメイトと話しているような錯覚を感じる。


「どうした、兄ちゃん?」


「これから、どうするんですか」


「どうするって、そうだな。今回ウチの組員が引っ張られたのには、俺の馴染みの警官、南條っていう奴が噛んでるみたいでよ。知らない仲でもないし、話をつけに行ってくる。その方がさっさと済むからな」


「いや、そうじゃなくて。あのマンションのことです。あの便利屋とか、どうするのかなと」


「ああ、アレな。いやな、俺としては、ほっとくつもりだったんだ。監視だけしてな。あいつが、幽霊騒ぎ起こしたり学生拉致したりしたとして、だ。別にこっちに直接迷惑がかかるわけじゃあない。むしろ、あいつが勝手に立ち退かせ屋を買って出てくれるんなら、手間が省けていいくらいだ」


 確かに、それはそうだ。少なくとも現時点において、便利屋はマンション売買について不利益になる行動をとっているわけではない。奴の行動で舞白組が動きにくくなったとしもて、動かなくても住民が立ち退いてくれるなら結果的に何の問題もない。


「組があいつを監視してたのは、あいつの目的が分からないからでな。今のところ害はない、が」


 言葉を切って、陣内は笑みを浮かべる。それは獰猛なものではなく、顔の幼さと相まってまるで少年の笑みだ。

 にもかかわらず、俺の喉が緊張でからからに乾く。


「そこの探偵少女の言ったように、この状況が便利屋の仕込みだとしたら、あいつはウチの組に喧嘩を売ったってことだ。極道なんて面子でメシ食ってるようなもんだ。喧嘩を売られたら、買わなきゃな」


 笑顔のままそう言って、陣内は事務所から出て行く。


「ああ、そうだ」


 ふと、事務所のドアの前で陣内は立ち止まる。


「お前ら、便利屋のアジトで犬見たか?」


「犬? そんなものは見ていないな」


 麻滝が答える。


「俺は――」


 犬と言われて、アジトからの帰りに電車の中で見た犬のことを思い出した。

 一応言っておこうかと迷うが、余計なことは言わないことにする。


「見てないです、犬なんて」


 嘘じゃあない。実際、アジトでは犬を見ていない。電車の犬もおそらく幻覚だ。


「そうか。あの倉庫張ってた若いのが、やたら犬の鳴き声がするって報告してきてたんだが……まあ、どうでもいい話だな」


 今度こそ、陣内は事務所を出て行く。


 しばらく俺たちはその場に立ち尽くすが、「そろそろ帰ろう」という麻滝の声で我に返り、俺たちも事務所から出ることにする。組員の人たちに無言で見送られて。


 帰り道、俺と成島は口々に麻滝に文句を言う。


「寿命が縮んだ」


「そーですよ、部長。助けに来ていただいたのは感謝しますけどー、ああいう手合いには頭低くいかなくちゃー」


「馬鹿を言うな。ハードボイルド小説で探偵がマフィアに下手に出る描写なんて見たことあるかい?」


「だれがフィクションの話してるんだ。お前は幻想に生きればいいが、俺や成島はどうなる」


「本当ですよー。多々良君は別にして、俺なんてか弱いんだからー」


「俺だってか弱いぞ」


「えー、そんな顔して?」


 成島は歩きながら指で髪をひねる。癖なのかもしれない。


「失礼な奴だな」


「なーんか、多々良君って噂で聞いてたより怖くないねー。てっきり犬飼と似たようなものかと思ってた」


「あんな凶暴なのと一緒にしないでくれ」


「ほとんど初対面みたいなものなのに、二人とも仲がいい」


 麻滝の目が笑う。


「と、いうより多々良君がよく喋るのか。もともと、君は人と喋るのが好きだからね」


「えー、多々良君が?」


 成島が驚く。


「噂とかでは寡黙な印象ですけど」


「彼は事情があって人と喋らないだけだよ。皆、顔を見て避けるしね。彼は本来はお喋りだよ」


「やめろ」


 恥ずかしくなる。

 確かに、さっきから成島と話が盛り上がりすぎた。普段、ほとんどの人間が怖がったて話しかけてこなかったり、逆にこっちがリルカに気を使って話さなかったりするから、その反動だ。


「へー。見た目からは想像もつきませんねー」


「だからやめろ。俺を分析するな」


 顔が紅潮しているのが分かる。けれど、そんなに嫌な気分ではない。


「で、これからどうするんですか?」


 ある程度事務所から離れて安心だと思ったのか。成島は表情を改めて麻滝に訊く。


「今日は解散でいいだろう。君達だって疲れただろう?」


 当たり前だ。何度も死の覚悟をした。


「ああ、ただ、陣内が言っていたように、今日のことを警察に相談とかはやめた方がいいな。あいつはやると言ったらやる男だ。嘘をつかないんだ、絶対に」


「嘘をつかない?」


「そうとも。奴は嘘をつかない。殺すと言った時は必ず殺すし、約束は死んでも守る。だからあいつの言葉には価値があるし、信頼されてる。その分、使い勝手は悪いみたいだがね。嘘をつかないなんて、生きていくには不便だろうに」


 麻滝はどこか親愛の情を感じさせる呆れ顔をしている。


「とにかく二人は休め。私は情報収集をしておく。おそらく、今日、私達が事務所にいた時に何かが起きた、もしくは今も起きているはずだ」


「予言みたいだな」


「そんなオカルトじみたものじゃあない。陣内の言う通り、私達というデコイと警察による事情聴取で、舞白組の監視が緩んだ。今、このタイミングで便利屋が動かないわけがない。この状況が奴の望んで作り出したものであれば、なおさらだ」


 しかし、そう考えると、古川は俺達がいったん退いてから警察に通報することも読んでいたってことか?

 そこまで行動を読まれていたと考えると、ちょっとむかつくな。


「確かにそうですねー。でも部長、その古川って便利屋とやらは、俺たちや極道まで巻き込んで、一体何がしたいんですかねー?」


 目的か。

 確かに、結局の目的、幽霊マンションの住民を立ち退かせて何がしたいのかは不明なままだ。


「分からない。ただ」


 麻滝はその形のいい顎に手を当てる。いつもの熟考する時のポーズだ。


「彼の目的は分からずとも、標的は分かったかもしれない」


「標的?」


 ターゲット、ということだろうか。


「標的は、マンションじゃないのか?」


 当然そうだと思ってたけど。


「そうだな。標的であるマンションを、果たしてどうしたいのか、それを考えていた……が」


 麻滝の目はここではないどこかを見つめている。


「そこが間違っていたか」


 それ以降、麻滝は思考に没頭して俺と成島の言葉には生返事しか返さなくなり、俺たちは黙々と歩く。


 もう関わらないぞ、と言ってすぐに極道の事務所に行くことになってしまった。俺は家路を歩きながら反省する。明日からは絶対、危なそうなことには関わらないようにしよう。


 と思っていたら着信音。携帯電話を取り出すと、画面にはマリアの名前が表示されている。


「はい、もしもし、どうした?」


『そっち、撫子様との用件は終わった?』


「ああ、終わったけど……」


 横目で麻滝と成島を確認する。

 相変わらず麻滝は何かを考え込んでいる。


『よかった、じゃあ、ちょっとこっちに協力してよ』


「ん、皆で行けばいいのか?」


『撫子様にご足労おかけするわけにはいかないだろ。お前だけ来い。今、お前の家の前にいるから』


「そういうメリーさんみたいなこと言うのやめろよ」


 ぞっとする。


 いつの間にか、成島と麻滝は不思議そうに俺を見ている。電話の内容が気になるのだろう。


「こっちは修羅場を抜けてきたところなんだ。もう、今日は何もしたくない。悪いけど」


 絶対に断ってやろう。


『とにかく、来い。お前にとっても損はないから』


「え?」


 どういう意味だ?


『お前に憑いている悪霊、どうにかできるかもしれない』

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