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極道と退魔師(2)

 午前中は平和だった。麻滝が寄ってくることもなく、俺は静かに勉学に励むことができた。


 昼休憩になると、遠慮がちに一文字さんが近寄ってくる。


「あ、多々良君、その、時間いい?」


「もちろん」


 食事に時間をかけず、誰とも喋らないと必然的に昼休憩は時間が余る。


「あの、おせっかいだとは思うんだけど」


 おずおずと、俺の顔色を伺いながら一文字さんが切り出してくる。

 こんな一文字さんは珍しい。前、地雷を踏んでしまったことを未だに気にしているのかも。


「うん」


「顔、昨日よりもやつれてるけど、大丈夫?」


「え、やつれてる? ああ、まあ、そうか」


 昨晩色々あったし、悪夢も見た。昨日以上にやつれてても不思議じゃあない。


「昨日、夜ちょっとあってさ。ま、トラブルは去った。もう大丈夫だよ」


「そう、それならいいんだけど」


 言いにくそうに口ごもってから、一文字さんは続ける。


「もしも、多々良君、その、昔の事故とかと関係して悩みがあるなら、相談した方がいいよ。カウンセラーの人とか、友達とか」


 俺は半分呆れて一文字さんを見る。この呆れる、というのは正確ではないかもしれない。感心の度合いが過ぎて、気が抜けたようになってしまった。

 俺と一文字さんは単なるクラスメイトで、それ以上ではない。特に仲がいいわけでもない。そんな程度の関係でそこまでに踏み込んでくるなんて、普通に考えれば少し無神経だ。

 そして、一文字さんは俺にそう思われることを覚悟している。

 それと引き換えにしても、俺が悩んでいるんだったら誰かに相談すべきだし、それを忠告するべきだ思ったんだろう。

 鉄のごとき親切心だ。俺にはとても真似できない。


「あ、その、なんだったら、あたしでもいいし。聞き役くらいしかできないけど……」


 何故か顔を赤らめながら一文字さんが言うが、後半はごにょごにょ言ってて聴こえない。

 が、とりあえず礼を言うことにする、


「ありがとう、一文字さん。じゃあお言葉に甘えて、もし何か悩みがあったら、とりあえず一文字さんに相談するよ」


 リップサービスもしとく。

 本当に一文字さんに相談するかは別の話だ。むしろ、リルカに襲われてもそこまで心の痛まない麻滝とかマリアあたりにしそうな気がする。


「う、うん。それじゃあ。あ、あと撫子が無茶言ってくるなら、あたしに言ってね。怒っとくから」


 慌てたように一文字さんが離れていく。

 後姿、首ずじがほんのりと赤く染まっている。


 俺は去っていって友達と話し始めた一文字さんの姿をぼうっと何気なく眺めている。


「リルカ君が嫉妬してしまうよ」


 声がかけられる。

 麻滝がいつの間にか背後から近づいている。


「経験上、これくらいの接触ならぎりぎりセーフだ。いや、アウトかな。まあ、いいや。リルカのことを気にしてくれるなら、お前こそ俺から離れろ。近い」


「それにしても、まるで付き合い始めのカップルだ」


「あ? どこを見てそんな世迷言を吐いてるんだ」


「鳩子に関しては言わずもがな。君だって、努めて表情に出さないようにしているんだろうが、頬が緩んでいるよ」


「え、マジ?」


 思わず自分でも頬を触って確認してしまう。


「私クラスの探偵の観察眼で見て、初めて分かるレベルだ。他の人間はいつもと同じ仏頂面だと思っているさ」


「単純にお前の妄想力が逞しいってだけじゃないか?」


 とはいえ、一文字さんに気にかけてもらえるのは、まあ、嬉しい。

 それが表情に出ていてもおかしくはないな。


「それはそうと、悪いニュースと普通のニュースがある。どちらから聞きたい?」


「そういうのって普通、いいニュースと悪いニュースだろ。ちなみに、別にお前からニュースなんて聞きたくない。どうせどっちも例の幽霊マンション絡みだろ。もう俺は関わらないって言っただろうが」


「聞くだけならタダだ」


「タダより高い物はない……いや、いいか。よし、聞こう。言え」


 俺がそう言うと麻滝はきょとんと目を丸くしている。信じられない言葉を聞いたかのように。


「多々良君、何か悪いものでも食べたのか?」


「失礼な。お前と言い争う時間が無駄だと思っただけだ。どうせ、俺が拒んだって無理やり聞かせてくるだろうが」


 と言いながらも、自分でも本当にそんな理由かどうかは自信がない。ただ単に、マンションのことが気になっているだけの気もする。


「ふむ。じゃあ、まずは普通のニュースから」


 俺が自問自答している間に麻滝は話を進める。


「君の提案通り、今朝、ちゃんと通報の方はしておいた」


「誰が通報したんだ?」


「私だ。電話越しの感触からして、警察は『こんな妙な通報にあまり期待はしていないが、一応誰かその倉庫に行かせてみるか』くらいのスタンスのようだ」


「そりゃ何よりだ」


「さて、次は悪いニュースだ。成島君のことだ」


 普通のニュースはさっさと打ち切られてしまった。


「成島って、倉庫を監視しているんだろう?」


「正確には監視していた、だな」


「おい、ちょっと待て」


 嫌な予感がする。


「まさか、成島の奴が行方不明になったって言うんじゃないだろうな」


 ほとんど喋っていないとはいえ、顔見知りが危険だと思うと気分が悪い。


「いや、行方不明というわけではない。大体、私のやり方は知っているだろう?」


 意味ありげな視線を向けられて、犬飼に付けられていた発信機のことに思い当たる。


「お前、またやりやがったのか、成島がどこに行っても、その場所は分かるわけだな……で、行方不明じゃないならなんだ。成島が監視なんて嫌になって帰ってきたとかか?」


 俺から言わせてもらえば、それは別に悪いニュースでもなんでもない。

 強いて言うなら、当然のニュースだ。


「ふむ。監視が嫌になった、か。確かにその可能性もあるか」


 麻滝は感心したように、親指を顎に当てて眉を少し上げる。


「彼が自発的に移動した可能性は考慮していなかった」


「ん? じゃ、やっぱり張り込み現場からいなくなったのか?」


 再び、嫌な予感がする。


「ああ、午前十一時くらいのことだ。定期連絡が途絶え、携帯電話が繋がらない。彼に任せていたから、倉庫が現在どんな状況なのかも分からない」


「なーんだ。やっぱり監視が嫌になったんだろ。馬鹿馬鹿しくなって倉庫から離れて、お前からの電話を無視する姿が目に浮かぶ」


 マリアと違って探偵倶楽部に熱心な感じでもなかったし、むしろそこまで我慢したのを褒めてやりたいくらいだ。俺なら一時間くらいであほらしくなって帰っちゃいそうだ。


「それならいいんだがね」


 麻滝は歯切れが悪い。


「何だよ? 大体、発信機で居場所分かっているんだ。放課後にでも見に行ってみればいいんじゃないか」


「ああ、それはそうしようと思っているよ。ただ、発信機の指し示している場所が問題でね」


「何だよ、海の中とか? だったら簡単だ、発信機に気づいた成島が投げ捨てたんだよ」


 俺の冗談に麻滝はくすりともしない。


「いや、街中だよ。あるビルを指し示している」


「幽霊マンションか?」


 だったらちょっと問題かもしれない。


「いや」


「じゃあ、あいつの家……なら別に問題はないか。友達の家とか?」


「それも違う」


「何だよ、まだるっこしいな。何のビルなんだ」


「端的に言って」


 麻滝は憂鬱そうに目を細める。


「極道の事務所だ」





 何としても断るつもりだったのだが、昼休憩が終わる頃には、麻滝に押し切られる形で放課後に一緒に極道の事務所に訪問することが決まっていた。


 この上なく憂鬱な気分で午後の授業を受ける。


 死ぬ、死ぬかもしれない。その考えで頭が一杯で授業の内容など入ってこない。

 しかし仕方ないだろう。だって極道の事務所だぞ。絶対に死ぬ。


 なんでも、麻滝は何度か事件に関連してそこの事務所に行ったことがあるらしく、顔見知りではあるらしい。


 そこの組の名は舞白組。もともとは地方にある小さな組のひとつにすぎなかったらしいが、湯塚市の発展とともに舞白組も大きくなっていったという。


 麻滝と組員の何人かとは顔見知りだそうだ。

 だが麻滝が顔見知りだっていうのは、別に好材料でも何でもない。

 過去の事件で関わりがあった、ということからも、ロクな関係じゃあなさそうだ。どうせ、お互いを邪魔に思っている程度の顔見知りに違いない。


 そこまで分かっていながら、どうして俺は同行にOKしてしまったのか。

 麻滝が「か弱い女性をそんな恐ろしい場所に一人で行かせるつもりかい?」と言った途端、返す言葉がなくなってしまった。

 別にその言葉に納得したわけじゃない。というか麻滝はか弱い女性とは表現できない。


 単純に、それがリルカがよく言っていたセリフに似ていたからだ。

 不意を突かれて、俺は「分かった」と返事をしてしまった。




 リルカは麻滝とは全く違うタイプではあるが、少なくとも可憐で儚いタイプでないことは共通していた。

 あいつはそこらの男の三倍は無駄に動いたし、十倍は無駄に喋った。勝負事になれば熱くなって必ず相手を叩きのめそうとして、そして実際に叩きのめした。


 そんなことをしている癖に、いざ自分が面倒に巻き込まれるとすぐに俺に丸投げした。

 俺が断ると、


「か弱い女性をそんなに邪険に扱っていいと思ってるの?」


 と文句を言ってきた。


 お前の何処がか弱いんだ、と反論するとリルカは決まって口を尖らせた。


「私は虫が嫌い」


 と言って。

 虫が嫌いなのが自分がか弱い証拠だとでも言うように。





「虫か」


 知らず知らずのうちに呟く。授業には集中できない。

 ああ、それにしても怖い。本当に死んだらどうしよう。死んだらどうしようもないから考えるだけ無駄か。いや、そうでもない。リルカみたいに幽霊になるかもしれない。


 いけない。焦りと恐怖で思考が脱線している。俺が今、授業を右から左に受け流しながら考えるべきは、放課後にある極道の事務所訪問を乗り切る方法だ。


 警察に頼るというのが一番常識的な方法だが、それを麻滝が断固として認めない。

 いわく「そんなことをしたら話がこじれる。あの連中にはまずは直接顔を合わせるのが一番いい」だそうだ。

 俺とは違って彼らと顔見知りの麻滝のセリフ、あまり無下にするのもよくない気がする。


 いっそのこと、人を雇ったらどうだろうか。

 それこそ、便利屋に頼むべきではないか。あの古川とか言う奴だ。

 でも、ちょっと頼りない気もする。飄々としている感じはあるけど、だからってどんなトラブルでもあいつに任せれば安心ってタイプでもない。


 今、俺が欲しているのは多少物騒でもいいから、いや、むしろ物騒な方がいい、物騒かつ何でもトラブルを解決してくれるそういう人物。


「ベルカ……」


 ぽつり、とまた呟いていた。


 ベルカ。非合法専門の便利屋。で、銀の目。

 嘘くさい。というか恥ずかしい。だが、そんな限りなくできの悪いフィクションじみた奴にでも助けてもらいたくなる。


「ベルカ、ねぇ」


 もう一度、今度はため息とともに呟く。


「多々良君」


 背後で声。

 意識が一瞬で引き戻される。


 いつの間にか授業は終わって休憩時間、俺の背後には一文字さんが立っている。


「あ、な、何?」


「いや、その、大丈夫? さっきからぶつぶつ言ってるけど」


 昼休憩に調子が悪そうだと心配したばかりの奴が、その直後授業中に独り言を呟き続けていたら、それは心配にもなるか。


「ああ、大丈夫。何の心配もない」


 いつも大丈夫大丈夫言ってるけど、一文字さんからしたら全然信用できないだろうな。

 大体、やばい奴ほど大丈夫って言うもんだ。 


「それならいいけど」


 と、心配そうな一文字さんの表情が崩れて、面白がるような笑みを浮かべる。童顔には不釣合いな、年下をからかうお姉さんみたいな表情。


「でも、案外、多々良君って子どもっぽいところもあるんだね。別に馬鹿にしてるわけじゃないけど。意外だなあって」


「ん? 子どもっぽい?」


 何のことだ?


「あれ、違った? さっき、ベルカって呟いてたと思ったんだけど」


 慌てたように一文字さんが言う。


 何だ、何か話がおかしい。ベルカが、子どもっぽい?


「一文字さん、ベルカ知ってるの?」


 恐る恐る訊いてみる。


「うん、あたし、昔見てたし。今も、妹いるから。妹が見てるんだ」


 何を?

 いや、話の流れからして、一文字さんの妹が見ているものは決まっている。問題は、それがどういう意味なのかを俺が理解できていない。


「妹さんが、見てる」


「そうそう」


「ベルカを?」


「そう、犬の戦士ベルカ」


 犬の戦士。そんな言葉が前に付く、ということは。


「アニメ?」


「あれ、多々良君、ベルカ知らないの?」


 一文字さんは首を傾げる。


「ああ、うん。ベルカって言葉だけ、どっかで聞いてさ。どこで聞いたか思い出せずに気になってたら、口に出てたみたいだ」


「あ、そうだんだ。あたし、早とちりして、ごめんね」


 一文字さんは恥ずかしそうに顔を赤らめる。かわいい。

 でも、そう思っていることを態度に出すとリルカが一文字さんに今以上に迷惑をかけてしまう。多分、ぶちぎれるな、リルカが。


「ちなみにさ。その犬の戦士ベルカ、だっけ? どんなアニメなの?」


「えっとね、あたしのお母さんが子どもの頃から今までずっと長い間やってる子供向けっていうか、幼児向けアニメでね、凄い頭のいい犬が、飼い主のために悪の組織と戦うの」


「へぇ」


「あ、そうそう。あとそのベルカって犬、目が銀色なの。恰好いいんだあ」


「……目が、銀色。それは、恰好いいね」


 そうか。聞いたことがあるはずだ。ようやく思い出した。

 犬の戦士ベルカ。その主題歌が俺のリルカ対策のMDに入っている。再生するたびに、サビでベルカという名前を繰り返し叫ぶ主題化が流れていたのを思い出す。


「ありがとう、思い出せた。助かったよ」


「えー、何、おおげさな」


 一文字さんは笑うが、俺の本心だ。


「……」


「……」


 ふと、会話が途切れてなんとなく向かい合って黙る。無言で見つめあう。


「……あの、さ。多々良君って、やっぱり、いい人だね」


「え?」


「だって、ちゃんとお礼言ってくれるし」


「いや……」


 それは別にいい人の証明にはならないだろう、と言おうとして。


 ばきん、と鈍い音が響く。


「うわっ」


 一文字さんが驚いて飛びのく。音は俺たちのすぐ側、俺の机からのものだ。


 木製の机、頑丈であるはずの机に、薄っすらとだが、ひびがはいっている。


「えっ、どうしたの、これ? 元からこうだった……わけじゃあない、よね?」


「ああ」


 言葉少なに返す。


「こんなことあるんだ。湿気とか、温度変化とかかな?」


 ぱたぱたと大げさに身振り手振りをしつつ一文字さんは机にできたひびを見ている。


「分からない。どうしてだろうね」


「あ、うん……」


 突然、態度が素っ気無く事務的になった俺に、一文字さんは不思議そうな目を向けてくる。


 俺は冷や汗をかいている。

 どうしてこんなことが起きたのか、理由が分かっているからだ。


 朝からずっと、リルカを刺激して、そして一文字さんとあまりにも長く楽しく喋りすぎてしまった。

 完全に怒っている。


 口に出すわけにはいかないから、心の中で呟く。


 そう怒るなよリルカ。

 別に浮気はしないから。

 これまでだってしていないし、これからもしない。

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