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極道と退魔師(1)

 初めて、犯罪に巻き込まれて殺されそうになったのは、麻滝に引き込まれるようにしてある事件に関わってしまった時のことだ。

 ある旧家の一族が連続して事故死していった事件だ。


 その旧家に伝わるある「呪い」の伝承の通りに、一族の人々は次々と事故に遭って死んでいった。

 事件の調査をしていた麻滝はひょっとしたら事件に「呪い」が関わっているのではないかと疑い、俺に協力を依頼してきた。オカルト担当というわけだ。

 その時は、まだマリアがいなかった。きっとマリアがいたら、俺ではなくマリアにお呼びがかかっていただろう。


 結局、その事件には「呪い」は存在せず、代わりに犯人がいた。

 事故は、実は事故ではなく事故に見せかけた殺人だった。

 犯人はその一族の一員、まだ年若く美しい令嬢だった。一族にとっては異物でしかない俺と麻滝にも優しく暖かく接してくれた人だった。


 その人が、遺産のために起こした連続殺人だった。

 運悪く、彼女の目の前で決定的な証拠を発見してしまった俺は彼女にガラス瓶で殴られ、ひるんだところを首を絞められた。それまでの彼女からは信じられない形相、信じられない力で。


 その時、何を考えたろうか。

 意識が薄れていたとはいえ、このままでは死ぬことは覚悟した。だから、死への恐怖は確かにあった。あったけれど、他の感情の方に大部分を占められていたと思う。

 それは、怒りだ。あれは、何に対する怒りだったか。


 ともかく、俺は死ななかった。

 首を絞めるのではなくて、もっと一瞬で殺せる方法を彼女が選んでいたら俺は死んでいただろう。

 彼女は時間をかけすぎた。リルカが怒った。俺にも、彼女にも。

 令嬢と俺は長く触れ合いすぎた。嫉妬してしまったわけだ。


 急に背後に現れた少女に、令嬢は驚愕し、錯乱した。

 俺の首から手を離してむちゃくちゃに暴れまわった挙句、階段から足を滑らせて首の骨を折った。


 後で麻滝には「君の悪霊憑きが武器になるとは思わなかったな」と笑われた。


 笑ってはいたが、麻滝が犯人を死なせてしまったことにショックを受けてずっと引きずっているのは見て取れた。直接的な原因になった、俺よりもずっと。


 その事件以降も、いくつかの事件に関わって、何度か危険な目に遭ってきた。

 俺はその都度、同じように怒りを抱いてきた。

 その怒りは、命の危険が去ったからといって消えることはなく、今も胸の奥底で燻り続けている。


 問題は、未だに何に対する怒りなのかはっきりしない点だ。

 分からないというのに、その怒りに突き動かされるようにして、余計なことに首を突っ込んできたことが何度もある。まあ、麻滝がきっかけになるケースがほとんどだけれど。


 



 悪夢で飛び起きる。

 荒い息、流れる汗、激しい動悸。

 すぐに落ち着く。動揺はしていない。昨日の時点で、こうなることは覚悟していた。あれだけリルカを刺激すれば当たり前だ。


「……ん」


 それでも異常事態だと反応している身体を必死に落ち着かせている俺の目に、携帯電話がとまる。

 携帯電話のランプが点滅し、メールが来ていることを知らせている。

 時計を見る。まだ、午前六時を回ったばかりだ。

 こんな時間に、メール?


 確認してみると、それは麻滝からのメールだ。それも、五時前にメールが送られている。

 内容を確認して、ため息。

 かったるい。が、ここまで関わった以上、情報の共有をしないのも危険かもしれない。

 仕方ない、と俺は通学の準備をする。





 ホームルーム前、俺が部室に行くと、もう既にマリア、犬飼、麻滝が揃っている。

 まだ六時半だというのにご苦労なことだ。


「ほら、メール通り来てやったぞ。作戦会議するんだろ」


「遅いぞお前。撫子様を待たせるな」


 いつものようにマリアが喰ってかかる。


「これでも起きてすぐ家を飛び出してきたんだ」


 そこで、成島がいないことに気付く。


「あれ、成島は?」


「成島君は別の調査を頼んである」


 麻滝が突っ立っている俺に椅子を指し示す。


「それよりも座りたまえ。これから我々がどうすべきかを考えようじゃないか」


「いや、ここで結構。そろそろ、リルカを刺激しない一日を過ごしたい」


 俺はドアのすぐ横で、できるだけ麻滝とマリアから距離をとっておく。


「でも撫子様。これから考えることなんてありますか? 警察に通報で終わりでしょう」


 マリアが媚を含んだ口調で言う。

 だがその発言内容自体はいたって正当だ。


「だって、例の古川とかいう便利屋が全部やってたんでしょう? 木崎とかいう生徒の拉致監禁も、幽霊騒ぎも」


「結論には同意だけど、それはどうかな。幽霊騒ぎについては明言していないしな」


 俺は口を挟む。マリアに睨まれたが覚悟の上だ。


「大体、だったら麻滝の調査でお札がダメになったのもあいつらがやったっていうのか?」


「ふむ。多々良君の反論は妥当なものだね。それに、もう一人の便利屋がいるという話だった」


「ああ、霊能力者の便利屋だろ。銀色の目をしてて、名前はベルカ」


 犬飼はにやにやしている。

 どうも、馬鹿にしているようだ。


「そいつの話になってから、突然嘘臭くなったな」


 俺は正直な感想を言う。


「いやー、すげえセンスだよな、銀色の目で霊能力者、それで名前はベルカだぜ。どう思うよ、多々良。完全にファンタジーの世界だよな」


「高校生の探偵団も十分にファンタジーだと思うけど」


 俺は今の自分の立ち位置自体がファンタジーだと思う。正確には、学生探偵の真似事に加えて怨霊憑きだし。


「ぎゃはっ、言えてるな」


 俺と犬飼の話が脱線しつつあるのを見かねてか、


「君達は完全に嘘だと考えているのかい?」


 と麻滝は口を挟んでくる。


「ん? 当たり前じゃねえか。あんな痛い中学生が考えたようなキャラクターが実在するとでも思ってんのか。ありゃ、あの古川って奴がでっち上げた嘘だろ、探偵倶楽部なんて妙な連中と関わるの面倒になってよ」


 犬飼はぺらぺらと答えていく。

 案外、口数の多い奴だ。ひょっとしたら結構話好きなのかもしれない。


「おい、あまり撫子様に失礼な口を利くな」


「んだよマリア。じゃあお前、あの便利屋の話、信じてんのか?」


「……それは、確かに、ちょっと現実離れしているというか。信じ難いけど」


 悔しそうにしてから、マリアは助けを求めるように麻滝を向く。


「撫子様は、どう思われますか?」


「私の意見よりも先に、多々良君の意見が聞きたいな。君も犬飼君と同じく、あの古川という男のでまかせだと思っているのかい?」


「あー、俺か。俺はそうだな……」


 喋りながら意見をまとめる。


「犬飼が言ってたみたいに、ベルカとかいう便利屋の存在は疑わしいと思う。銀色の目をして霊能力を持った、非合法専門の便利屋だぞ。いくらなんでも色々と設定を盛り過ぎだ」


 とはいえ、と俺は続ける。


「全部あの男の話は嘘で、全て古川とあのバイトのカップルの仕業だとしたら……心霊現象関連を全て無視したとしても、それでもおかしい点が残る」


「よし、いいぞ。おかしい点とは?」


 麻滝は嬉しそうだ。

 心底こうやって事件について推理や議論するのが好きなんだろう。


「まずは、そうだな。そもそも、木崎を拉致監禁する必要がない」


「そりゃあれだろ、幽霊騒ぎ仕込んでたのを見つかったとか」


 犬飼が言う。


「もしそうだとして、いきなり拉致監禁するとは思えない。あいつらがやっていたのは、要するに立ち退かせだ。拉致監禁なんてしたら罪のレベルが違う。リスクが高過ぎる」


「でもよー、あれ、拉致監禁って考えたのは俺たちの勘違いだったわけだろ。あの木崎のアホは自発的に着いて行ったわけだろ。あのベルカの話を真に受けて。ふっはははっ」


 そこで、我慢できないように犬飼が吹き出す。

 完全に木崎を馬鹿にしている。


「だったら、警察とかに捕まったって、別に拉致監禁ってことにはならないだろ。本人が自発的に来てるんだからよ」


 確かに、犬飼の言う通りだ。言う通りだ、が。


「問題は、どうして俺たちが拉致監禁だと思ったか、だ」


「え? だってそりゃ、幽霊騒ぎとか前々から怪しいことがあったし、何の連絡も――」


 そこで犬飼も止まる。


「ああ、連絡をとらせればよかった。木崎本人が、まあ、あんな感じだからわざわざ連絡をするタイプじゃないにしても、古川が指示するだろ、普通。親とか友達に連絡しろって木崎に言えばいい。誰かの家に泊めるとか、旅行に行くとか。拉致監禁じゃなくて本人が自発的に来てるんだから、全然無理なことはない」


 俺は麻滝に目を向ける。

 まあ、これくらいのこと、この探偵マニアが気が付かないはずはない。あの倉庫で古川の話を聞いている時点でこの疑問点には辿り着いていたはずだ。


 俺の視線の意味に気付いたのか、麻滝が言う。


「そうだ、その点は疑問点のひとつだね。ただ、それを私はあの場では質問できなかった」


「どうしてですか?」


 信じられない、とでもいうようにマリアが目を見開く。

 彼女の中では麻滝は全知全能で、できないことがあるなんて思いもしないのかもしれない。


「簡単だよ。彼――古川が真実を語っているならその質問をすることもいいだろう。しかし、もし彼がその場限りの嘘をついていたら?」


「そうか。嘘の矛盾点を突いたことになるな」


 俺は納得する。


「最悪、苦し紛れに襲ってくるかもしれない」


「こちらは私と犬飼君、多々良君、そしてマリアがいる。正直、襲ってこられても負ける気はしないが、何かあったら困るからね。少なくとも今のところ、例の学生、木崎君も無事ではあるし、あえて虎の尾を踏むこともないと考えた」


「待てよ。けど、俺たちみたいな探偵なんて胡散臭い奴等が乱入して、おまけに倉庫の場所までバレちまったんだぜ。適当な嘘で俺たちを帰した後、木崎を始末したんじゃねえのか?」


 犬飼は発想が怖い。

 けど、ありえないとも言い切れない。


「ああ、それは私も考えた。だから、申しわけないが成島君には昨日からずっと倉庫を監視してもらっている」


 ああ、それで、あいつは倉庫に一人だけ現れなかったのか。そして今もいないのか。


 冷静に考えるとあまりにも貧乏くじだ。

 昨日からずっと、学校さぼってまで探偵の真似事させられてるのか。


「プラス盗聴もね。不審な動きがあったら即連絡が来るようになっている」


「盗聴? どうやって?」


「盗聴器を使って、だよ」


 俺の質問に、何を当然のことを訊いているのかと麻滝が目を丸くする。


「盗聴器、どうやって仕掛けさせたんだ?」


「仕掛けさせたんじゃあない。昨夜、私が仕掛けておいたんだ」


 手の早い奴だ。

 発信機のことを思い出したのか、犬飼はそれを聞いて顔をしかめている。


「さて、多々良君。他に、何か古川氏の発言が全て嘘だとするとおかしい点はあるかな?」


「ああ、もうひとつ、一番妙なポイントがあるな」


「聞こうじゃあないか」


「じゃあ言うけど」


 正直俺は気が進まない。当然すぎるから。


「嘘をつくなら、もっとマシな嘘をつくと思う」


「ああ、そうか、そうだな。ベルカだもんな。ひゃはっ、確かに、それには賛成だ」


 犬飼がまた笑う。

 どうもベルカの話はツボらしい。しかし、俺としてはそんなに笑えない。ベルカという名前に、どうも聞き覚えがある気がする。ひょっとして、過去の事件で関わっていたりするのかもしれない。


「ふむ。私も、その点は同感だ。あまりにも荒唐無稽すぎる」


「あたしもそう思います、撫子様」


 あからさまに媚を売っているマリアを見て、畏敬の念すら覚えてしまう。


「さて、それでは諸君」


 麻滝がぐるりと俺たちを見回す。こいつはいちいち仕草が芝居がかっている。


「これらの情報を踏まえて、我々はどうすべきだと考える?」


「俺、普通に通報でいいと思うぜ。だって、実際にあれだ、未成年者略取とかになるんじゃねーの」


 犬飼が意外とまともな意見を出す。

 せっかくなので俺も乗ることにする。


「俺も犬飼に賛成だ。やっぱり、こういう話は警察に伝えるのが善良な市民の義務だろ」


「しかし、あの古川という男が言っていることの、少なくとも何割かは真実かもしれない。もしそうだとしたら、彼が本当に保護のために木崎君を倉庫に匿っているのだとしたら、彼を通報することで何かしら不都合が起こるかもしれない」


「不都合って何だよ?」


 別に揚げ足をとるつもりはなく、純粋に疑問だったので質問する。


「さて。しかし、それが彼が木崎君に連絡をとらせない理由に繋がっているのかもしれない」


 どうも麻滝にもこれという理由は思いつかないらしい。

 具体的に考えてみるか。通報して、警察の手が入ると逆に木崎の身が脅かされる状況。

 ううん、どう考えても、警察内部にそのベルカがコネクションを持ってるとか、そういうレベルの話くらいしか思いつかないな。で、それはいくらなんでもありそうにない。

 だって、非合法専門の銀の目の霊能力者の便利屋が警察内部にコネクション持ってるのか?

 ちょっと、どんどん話がC級ファンタジーになっていってる。


「面倒臭ぇな。もう、直接あの男問い詰めようぜ」


「犬飼。撫子様の鋭いご洞察を聞いてなかったの? それをやったら危険だろうが。もし適当に嘘を言っていた場合、強硬手段に訴えてくるかもしれないでしょうが、とんま」


「誰がとんまだぶっ飛ばすぞ。それに、あいつがもし襲ってきても楽勝だよ。今度は俺が勝つ」


「ふん。一発で気絶させられてた能無しが」


「おい、てめぇからぶっ飛ばされてぇのか。あんなイカサマ野郎にはもう負けねぇよ」


 犬飼とマリアの不毛な喧嘩。しかし、この二人本当に仲がいい。


「けど、麻滝。言ってることは分からないでもないけど、それでも警察に通報すべきだろう。それで事態が悪化しても、それは俺たちの責任を問われるのは筋違いだ。俺たちはただの学生なんだから」


「違う」


 俺の正論を麻滝は真正面から斬って捨てる。


「我々はただの学生ではない。学生であり、探偵でもある」


「その通りです、撫子様!」


「探偵マニアとその信者の意見なんて何の役にも立たないってことが、これでよく分かったな。さっさと通報しようぜ、多々良。善良な市民の義務だ」


 犬飼が言う。

 前々から思っていたが、探偵倶楽部における犬飼のスタンスはよく分からない。麻滝のことを探偵マニアと表現するところからして、あまり真剣に探偵としての活動をしてはいないようだが。


「貴様」


 マリアの声が低くなる。


「おいおい、落ち着けよ。正直なところ、麻滝が即通報には反対する気はしていた」


 今にも飛びかかろうとするマリアとそれを受けて立とうとする犬飼の間に割って入り、俺は精一杯優しい声を出す。


「察しのいい助手を持つと私としてもは助かるよ」


「誰が助手だ、誰が」


 続けて文句を言おうとして、嫉妬からかマリアが恐ろしい目をして睨んでいるのが目に入ったのでやめておく。


「しかし、通報せずに何か起こって、それで後で責任問題になるのも嫌だ。だから、折衷案をとろう」


「聞こう」


 麻滝が頷く。


「まず、通報はする。ただし細かい部分については微妙にごまかそう。拉致監禁とはっきり表現するのもナシだ。行方不明になってる学生があの倉庫の近くでうろついているのを見ました、くらいでいいだろ。警察は巡回くらいはするかもしれないし、しないかもしれない。ともかく、少なくとも嘘は言っていない。これで俺たちは市民の義務は果たしたことにする。詳しい内容を通報しなかったのは、あの古川って便利屋に脅されていたからってことにしよう」


「おっ、いいね、楽でいい」


 犬飼は嬉しそうだ。


「もし通報で事態が悪化するような状況にあったとしても、これくらいゆるい通報なら悪化するまでちょっとは猶予がある。その猶予を使って気になることを調べればいい」


 今だ。

 俺はそれだけ言って部室のドアを開けて外に出る。

 が、一言付け加えようと思い、ドアを閉める前に頭だけ部室に入れる。


「ただし、調べたい奴が勝手にな。そして俺はもうこの件に関わりたくない。そろそろホームルームなんで失礼する。この件については後は探偵倶楽部の皆様にお任せするということで。では、お疲れ様」


 何か言い返される前に頭を引っ込めてドアを閉める。そのまま真っ直ぐ教室に向かう。

 やれやれ、ようやくすっきりした。

 これで麻滝への義理も果たしたし、知らないうちに事態が悪化して後味悪いのを味わうのも防げた。

 あとは、リルカを刺激しないことだけに気を割く、いつもの日常に戻ろう。


 スキップでもしたい気持ちだったが、何故だか妙に足取りは重い。

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