二人組と便利屋(6)
港にある倉庫のひとつ。
倉庫の内部にプレハブが建っている。俺はプレハブの前で立ちすくむ。
マトリョーシカみたいだ。建物の中に建物。秘密基地とかいう単語が浮かぶ。
男の子のロマンが刺激されるな。
「ここがアジトだ。まあ、入れ」
「ふむ」
麻滝は頷いて一歩踏み出す。
俺達は男と麻滝に付いて行く形になる。
男の案内で麻滝、俺、マリア、犬飼の四人はぞろぞろとそのプレハブに入る。
「ただいま」
なんとも間の抜けた男の挨拶に
「おお、おかえりー」
と返す声。
その声の主は男に続いて入ってくる俺たちに驚く。
人がいると思ってもいなかった俺たちも驚く。
プレハブの中にいたのは、短い髪をワックスで立たせている、まだ幼さの残る顔立ちの男――というより少年だ。
ジャージ姿で床に寝そべっている。
誰これ?
口に出していない俺の疑問に犬飼が答える。
「あ、木崎じゃねえか」
「木崎って……え?」
驚く。
いや、驚くことはないか。よく考えたら、ここに木崎がいるのは考えられることだ。なにしろ、あの怪しげな男のアジトだ。木崎は拉致監禁されたのかもしれない、というのは十分に予想の範疇ではあったはずだ。
「そうそう、こいつ。こいつが、マンションに肝試しに行って、挙句に行方不明になったアホ」
犬飼が親切にも説明する。
「アホって言うな」
木崎と呼ばれた少年が口を尖らせる。
「これは、どういうこと?」
俺達の疑問を代表するようにマリアが呟く。
気持ちは分かる。
監禁されてる感じではない。むしろ、木崎はくつろいでいる。床に寝そべったままだし、傍には炭酸飲料のペットボトルや菓子類、それに読みかけらしい漫画が転がっている。
「落ち着け。今から説明する。俺も訊きたいことが多いしな」
男は無造作に置いてあったパイプ椅子に座って、
「ほら、俺たちはちょっと大事な話するから、お前は隅の方でゲームでもやってろ」
木崎を追い払う。
木崎はぶつぶつ言いながらも隅に移動し、携帯ゲーム機をプレイし始める。
「じゃあ、お話するか。初めに自己紹介からだ。俺は古川だ。これは偽名だから、そんな気にしないでいい。今はその名前を使ってるってだけだ」
いきなり不穏な言葉が聞こえた気がするが、とりあえず黙って聞くことにする。
「職業は、あれだ、便利屋だ。ありがちでちょっと恥ずかしいけどな。まあ、基本的に何でもする。犯罪は別だけど」
その言葉に俺とマリアと犬飼は顔を見合わせる。
多分全員が心の中で「嘘つけ」と思っている。
麻滝だけが、まっすぐに男の顔を見ている。見続けている。
「で、今はあのボロマンションの持ち主から依頼を受けてる。住民を追い出せってな」
持ち主が、住民を立ち退かせてマンションを売り払うために、こいつを雇ったってことか。
こいつの話では。
頭から信用するのは危険だ。
「それで住民に嫌がらせをしたってこと?」
とマリア。
「そうそう。でも嫌がらせっていってもかわいいもんだ、ホント。バイトで雇ったカップルをマンションの廊下で喧嘩させまくったりとかな」
俺、それされたら凄い嫌だけどな。
「――幽霊騒ぎは、どうだったの?」
マリアが核心を突く。
「あーそれか」
古川の顔が曇る。
嫌なことを訊かれた、と言いたそうに眉を寄せる。
「まあ、ちょっとはしたな、それも」
「ちょっとって、どういうこと?」
マリアが憤る。
「はっきりしてよ。こっちは貴重品がおじゃんになったっていうのに!」
お札のことだろう。こいつはかなり個人的な理由でエキサイトしているようだ。
「いやー、まあ、ちょっとな」
男の歯切れが悪い。
「あ、そうだ」
そして、麻滝の方を向く。
「そういや、お前」
「私かい?」
「そうだ。お前、どうしてこの場所が分かったんだ?」
そういやそうだ。どうしてだろう?
「ああ、犬飼君に持たせていたのさ」
「は? 何を?」
ぽかん、とした顔をして他でもない犬飼が質問する。
心当たりがまったくないようだ。
「発信機を。それを使って尾行しつつ、人を監禁するのに適してそうな場所を探して先回りさ」
「はあ? おい、マジかよ! いつの間に」
あれ、犬飼が騒いでるってことは無断で発信機を取り付けたのか。なんて奴だ。
「犯罪チックだな、探偵なのに」
呆れたように古川が言う。
「撫子様に何てことを言うんだ、貴様。大体、犯罪者の貴様が言う資格はない」
「おいおい、誰が犯罪者だよ」
心外だ、と言いたげな古川に、
「てめぇだよ。大体、拉致監禁してるじゃねえか」
犬飼がもっともなことを言う。
「ほら、今隅でゲームやってるアホ」
「ふざけんなよてめぇ」
木崎は完全に犬飼を敵と認識したらしく、ゲームを中止して凄まじい形相で食ってかかる。
「アホって言うなって言っただろ、舐めてんのかてめぇ!」
「あ、何だよ? やんのか?」
犬飼の目が鋭くなる。
「拉致監禁じゃあない、保護だ」
と古川は木崎と犬飼を無視する。
「保護?」
麻滝が興味深そうに目を輝かせる。
「何からだい?」
「危険からだよ。正確に言うと危険な男からだ」
「危険な男? それあんたじゃん」
マリアの感想には俺も同意だ。
「いやいや、俺なんてほんと、優しいもんだ。怖い奴はもっと怖い」
古川が体を揺らし、パイプ椅子がぎしぎしと音をたてる。
「ふむ、よく分からないな。この話で、どうやったら更にもう一人登場人物が増えるんだい?」
麻滝は完全に探偵モードになっている。
「何だよ、探偵名乗る割に察しが悪いな」
古川は肩をすくめる。
「いいか、物が売買される時にはな、売る側がいれば買う側がいるんだ」
何当然のことしたり顔して言ってるんだこいつ、と思っていると。
「そうか」
どうしてこんな単純なことに気が付かなかったんだ、とばかりに麻滝が舌打ちする。
「あのマンションを買う側の勢力のことを失念していたな。いや、しかし、今回は事件が事件だけにあちらは関係ないと思っていたんだが――」
「ほう。ってことは、一応調べてはあるのか、探偵」
感心したように古川は目を丸くする。
「無論だ。あのマンションを買おうとしているのが、暴力団と深い関わりのある不動産屋だということは知っている」
え、ってことは、いわゆる極道?
ぞっとしている俺を尻目に麻滝は続ける。
「しかし、極道の連中が幽霊騒ぎを起こすなどという手を使うとは考えられないから、その勢力のことは頭から除去していた」
「ははっ、今は極道さんも大変みたいだぜ。下っ端が暴れても使用者責任で組のトップが責任取らされるし、まあ暴れづらくなってるみたいだわ」
「……だからって幽霊の真似事をするか? 俺がその立場だったら、もうちょっとマシな手いくらでも思いつけそうだけど」
思わず俺が口を挟むと、
「いいね、そうだ、その通りだ。素晴らしい」
古川が俺の疑問をおおげさに褒める。
正直悪い気はしない。
「いや、お前達みたいに話が早い人間とコミュニケーションとるのは楽しいな。最近はあのバカップルとばっかり付き合ってたから特に」
「おいおい、あんまり悪く言ってやるなよ、あいつらだって必死で生きてるんだ、きっと」
何故か犬飼がフォローに回る。
髪の色とかでちょっとシンパシーを感じているのかもしれない。
「絶対必死には生きてないだろ、あいつら。まあ、それはおいといて、だ。そっちの人相悪い探偵が言う通り、極道がそんなことするわけない。極道はな、雇ったんだよ」
人相悪い探偵って俺のことか。
しかし、雇った?
「誰を?」
俺は訊く。
「便利屋を」
簡潔な男の答え。
「え、あんた?」
とマリア。
「ダブルブッキングかよ」
これは犬飼。
ダブルブッキング、というのとはちょっと違うが、言いたいことは分かる。
マンションの持ち主から既に依頼されているのに、二重に雇われたということか?
混乱する俺たちを尻目に、麻滝は納得した顔で頷く。
「なるほど、それが君の言う、危険な男か」
「そうだ、別に便利屋っつうか、何でも屋は世界に俺一人ってわけじゃないからな。あっちはあっちで、別の奴を雇ったわけだ。ったく、少しは売る側と買う側で相談してくれりゃいいのによ。間に挟まれた俺は大迷惑だ」
古川は苦々しく愚痴り、
「その俺じゃない便利屋の名前はベルカ。ま、当然偽名だな。俺は見たことないけど、銀色の目をした非合法専門の便利屋らしい。そっちの筋では有名な男だ」
ベルカ。頭の片隅でその名前に反応する部分がある。リルカと名前が似てるから、なんて下らない理由じゃない。
俺は、ベルカって名前をどこかで聞いたことがある。それも、つい最近。
だが、思い出せない。
「非合法専門の便利屋とは?」
麻滝は真剣な探偵としての態度を崩さず質問を続ける。
「そのままの意味だよ。俺は便利屋だから、文字通り何でもやるわけだ。金さえ払ってくれるなら、おつかいもするし、畑だって耕す。マグロだって釣る」
「はっ、素人がマグロ釣れるのか?」
犬飼はへらへらと笑う。
どうも、ベルカという便利屋の話が出てから犬飼は真剣に聞く気がなくなったようだ。
気持ちは分かる。
目が銀色の、非合法専門の便利屋? ファンタジーにもほどがある。説得力の欠片もない。
「喩えだよ、喩え。とにかく、俺はそんな感じだ。けど、ベルカって奴は、非合法なことしかしない。殺しに強盗、脅迫に暴行。おまけに、奴は人殺しが趣味――いや、違うな、人が死ぬような状況を作り出すのが趣味らしい。だから、奴が受けた依頼は殺しの依頼以外でも、最終的には関係者の一人や二人死ぬって話だ。完全な愉快犯だな」
恐ろしい話にも聞こえるが。
人を死なせるのが趣味の非合法専門の便利屋で名前がベルカ。あまりにも現実感がなくて怖くない。
極道が関わっているという話の方がよほど怖かった。
「ふむ。そのベルカが関わっていると、君はそう言うわけだね」
麻滝は呆れる様子も疑う様子も見せない。
「ベルカがマンションを買う側――ま、この場合、極道だ。その極道から依頼を受けたって噂を聞いた。で、真偽を確かめようと思ってたら幽霊騒ぎが起き始めてな。おまけに肝試しに来てそのままマンションに居座ろうとする学生までいたから、とりあえず保護してやったってわけだ。もう既にベルカ目を付けられて、暇潰しに狙われてるかもしれなかったからな」
「そうそう、あの鍵開いてた空き部屋、俺の別荘にしようと思って菓子とか酒とか持ち込んでたら『着いて来い、さもないと死ぬぞ』って言われよ。まあ、その時はびっくりしたけどよ」
さっきから無視される形だった木崎が話しに入ってくる。
「でも説明聞いたらやべーってことになって、で、ここに来ることになったんだよ」
やっぱりアホだなこいつと言わんばかりの犬飼の呆れ顔に気付かないのか、木崎はうんうん、と自分で話しながら頷いている。
「もう大丈夫だとは思うが、万が一ってことがある。マンションの件が片付くまでは安全な場所で保護しておくつもりだ。俺としても、目の届く範囲で人が死ぬのは後味が悪い」
「ほう、随分良識派だ」
と麻滝。
冷笑が浮かんでいる。
「それに、もしもベルカの奴が暇つぶしに学生殺して、その罪をなすりつけるとしたら俺とか俺の手下のカップルが適任だろ。こそこそマンションで怪しい動きしてるんだから。火の粉がかかる前に手を打っただけだ」
「なるほど。ようやく話が分か……」
俺は言いかけて思い直す。
いやいや、全然分からないな、やっぱり。
「いや、それじゃ、さっきと話同じだろ。どうしてそんな危険な男が幽霊騒ぎなんて起こすんだよ。別の方法使うだろ」
「いや、逆だ。幽霊騒ぎが起きたから、俺はベルカが関わってるっていう噂を信じたんだ。なにしろ、そのベルカって奴は――」
古川は声を潜めて、さも重大そうに言う。
「霊能力者らしいんだ」
「ひゃはっ」
耐え切れない、とでも言うように犬飼が吹き出す。肩が小刻みに痙攣している。
確かに笑いたくもなる。現実感がないにも程がある。
それに、他にもいくつも疑問点がある。
あまりにも、できの悪いお伽話にしか聞こえない。
だが、俺の更に質問しようする気を削ぐようにして、
「そうか。とりあえず……」
麻滝は隅でゲームしている木崎を横目で伺いながら言う。
「いったん、我々は帰る」
そうして麻滝は俺たちをぐるりと見回す。
アイコンタクトだ。何も質問せず、このまま帰るぞと目で訴えかけてくる。俺も目で頷き返す。
そうして、我々は倉庫から帰ることにする。
「分かった。けど、協力の件は考えといてくれよ」
古川は引き止めない。
「で、結局、何を協力して欲しかったわけ?」
マリアが去り際に問うと、
「もちろん、マンションの幽霊騒ぎの解決だよ。俺は穏便に仕事がしたいんだ。ベルカの横槍を何とかしたい」
そう言って古川はウインクして、
「木崎君はもうちょっと預かっておくけど、いいよな?」
全てを忘れたように隅で炭酸飲料をラッパ飲みしながらゲームに没頭している木崎を横目で見る。
「どうぞ」
不自然なまでにあっさりと麻滝は答えて、そうしてこの妙な会談は終わる。
色々あって俺は疲れている。
さっきから考えがまとまらない。おそらく、他の奴も同じようなものだろう。
古川に道を聞くと、意外にも簡単に最寄り駅までの道を教えてくれる。
潮の香りがする夜道を、俺たちは言われたとおりに最寄り駅まで歩き、電車に乗って帰る。
木崎とマリアは疲れ果てていたのか、電車に乗って座席に座るとすぐにそのまま眠りこける。
麻滝は背筋をぴんと伸ばしたまま立って吊革につかまる。
そして、俺は座席に座り込みながら、大きく息を吐いて眠りと覚醒を行ったり来たりする。
ふと、電車の中で大きな犬が歩いているのを見かける。
盲導犬か? それにしては大きいな。
驚いてよく観察しようとすると犬の姿は消えている。俺以外の誰も騒いでいない。
多分ただの幻覚だろう。というか、夢か。
俺は疲れている。ただひたすら家が恋しい。
最寄駅について皆と別れてから、リルカに逢わないように全力疾走して家路を急ぐ。
家に着くと、連絡もなしに夕食の時間に遅れたことを両親に怒られる。
謝ってから、食事をとり、崩れるようにベッドに倒れこむ。
また今日もリルカの夢を見ることは予想できたが、怖がるには俺は疲れすぎている。
俺は寝る。




