二人組と便利屋(5)
俺たちは車に乗ることになった。
ポンプ室から出て分かったが、俺たちのいたポンプ室はマンション一階の端にある部屋だった。
おそらくマンションの備品を納めておくための倉庫としての役割もあるのだろう。車はその部屋のすぐ前、マンションの敷地内に横付けされていた。
暗い青の軽自動車だ。
白黒銀のようにありふれている色ではないが、それでも夜の色に紛れてしまう特徴のない色。
その車はどことなく男自身の特徴と重なる。
「ほら、乗れ」
男に促され、俺とマリアは後部座席に乗る。
犬飼は男にビニールテープで簡単に縛られて助手席に。
運転席に男。
いつでも逃げられそうな配置なのに、逃げ出そうという気にならない。さっき、一撃でのされた犬飼の姿が残像として残っている。
「逃げない方がいいと思うぞ」
俺の思考を読み取ったように男が言う。
「面倒だからお前等の学生証の確認まではしてないが、制服で彩文学校の学生だってことくらいは分かる。で、顔も割れてる。ここで逃げても探そうと思えば簡単に探せる」
「ちなみに、逃げて警察に通報とかしたら、どうなるんでしょうか……?」
恐る恐る訊いてみる。
「お前等は俺を探せない。警察だってそうだ。ほとぼり冷めてから改めてお前等を狙う」
それは嫌だ。
横を見るとマリアも同じ思いらしく顔をしかめている。
「そんな嫌な顔するな。俺だって嫌だ。面倒くさい」
男が吐き捨てる。
車が発進する。
窓の外を流れる景色が街灯が少なく暗いためか、それとも極度の緊張のためか、俺たちを乗せた車が今どこを走っているのかは判断できない。
しかし、少なくとも目隠しとかをされていないということは、これから連れて行く場所を俺たちに隠そうとはしていないようだ。
……それは、始末するつもり、だからかもしれないが。
「全く、どうなってやがる」
明らかに支配権を握っているくせに、男はまるで「勘弁してよ」とでも言いたそうに眉を寄せる。
「あの、こっちもどうなってるか分かってないんですけど」
一応言ってみる。
「あ? ああ、そりゃあ、そっちにしたってわけ分からないだろうが、こっちだって同じだ。大体、お前らは何なんだ? まさか肝試しに来たわけじゃないよな?」
「あたし達は探偵よ」
突如としてマリアが誇らしげに胸を張る。
というか実際に誇らしいんだろう、探偵倶楽部の一員であることが。もはやここまでくると、麻滝撫子という一個人を対象としたカルト教団に所属している狂信者だ。
「探偵? 学生探偵か――はっ、そりゃあいい」
男は笑う。
当然だ。俺だってそっちの立場だったら鼻で笑う。
「誰かの依頼で動いてるのか? それとも、アホな学生が行方不明になったからそれの調査か? 後ろで寝てるヤンキー小僧も探偵なのか?」
男は笑いながら矢継ぎ早に質問をしてくる。
なるほど、確かに向こうからすると俺たちの存在はわけが分からない。俺も男の立場だったら、逆に恐怖すら覚えるかもしれない。謎の学生集団だ。
男の言うように、わけが分かっていないのはお互い様らしい。
「ねぇ」
不意に、マリアが落ち着いた声を出した。
もちろん、俺にはマリアが怯えを必死で隠して平静を装っていることがはっきり分かる。
「結局、あんたとあの二人の手下が全部仕組んでたってことでいいのよね、例のマンションの怪事件って」
犯人らしき奴等が現れたんだから、そう考えるのが妥当、な気はするが。
どうも納得いかない。だったら、マンションのあの異様なまでの雰囲気は気のせいか? 調査中に麻滝の持っていたお札が紙くずになった件は?
黙ったまま、違和感を抱きつつ俺は男の返事を待つ。
「――お前等」
男は運転しているのに後部席の俺たちを振り返ってきた。
「ちょっと、前、前見て運転して!」
思わず叫ぶ。
マリアは叫ばない。動揺を隠しているみたいだけど、ここでは叫んでいいと思う。
「お前等は信じるか?」
俺の叫びを無視して男はこちらを向いたまま問いかけてくる。
質問に答えず質問で返す人種か。あまりろくなもんじゃない。
「何を? 神?」
余裕を見せようとしてか、マリアが茶化すように問い返す。
でも確かに質問が宗教の勧誘みたいだ。
その意味ではマリアには無意味な質問だ。この女にとって神は麻滝撫子だ。
「似てるけど違う――幽霊だよ」
その言葉にどう答えるべきか分からず、俺はマリアを顔を見合わせる。
お互いの顔に答えが書いてあるわけもなく、俺はなんとなく窓に顔を向ける。
窓の向こうはいつの間にか真っ暗なものになっており、景色が流れているのかどうかすら判別できない。そして、ガラスが鏡の役割をして、俺の顔を映している――はずが、目を見開いているリルカの顔がそこにある。リルカは俺を見つめ続けている。
「まあ」
俺はそのリルカの顔を見つつ言う。
「信じざるをえない、ですね」
瞬きをすると、リルカの姿は消えて、ガラスには俺の凶暴な顔が映っている。
「ふう、む」
男はようやく顔を前に向けてくれた。
「悪くないな」
少しだけ考えてから、
「なあ、お前等は探偵なだけあって、あの使えない二人よりは頭が良さそうだな」
「あの二人って、ヤンキーカップルのこと?」
マリアの声が尖っている。
あの二人と比べられたことがよほど屈辱ならしい。
「ああ。こんな怪しいバイトを引き受けるってだけでも頭悪いのは予想できたけど、予想を超えて頭が悪くてな、逆に仕事が増えた。仕事が増えたのはあの二人のせいだけじゃあないが」
愚痴めいたものを呟いてから、男はまたこちらに顔を向ける。
「だから前見ないと」
俺は慌てる。
「お前等、協力しろ」
予想外の男の言葉に、俺は慌てるのをやめて、マリアと再び顔を見合わせる。
その言葉の真意を問い質すか否かに迷っているうちに、車が停車する。
車窓からは、闇しか見えない。
外がどうなっているのか、どこなのかが分からない。
「降りろ」
俺とマリアはしばらく戸惑っていたが、ずっと車に乗っていても何ら事態が好転しないことに気付いておずおずと車のドアを開けて降りる。
辺りは薄暗い。波の音。
どうやら港らしい。
ひょっとしてここで俺たち沈められるんじゃあなかろうか、と嫌な想像が勝手に浮かぶ。
「こっちだ」
と、歩き出してすぐに男は足を止め、息を呑む。
「待ったよ」
暗闇の中、トレンチコートを着た見覚えのある人影が佇んでいる。
「なんだお前――」
「撫子様!」
男を遮るようにしてマリアが黄色い声をあげる。
うるせえ。
しかし、本当にどうしてこいつがここにいるんだ?
「お、やっと着いたか」
背後から声。
振り返ると、車から助手席の犬飼が降りてきている。その両手両足には縛っていたはずのビニールテープがなくなっている。
「お前、何で」
男の呻く様な声。
「俺、縄抜けも得意なんだよ、文句あるか、ああ?」
いきなり凄む。
「で、いくか、第2ラウンド? 言っとくけど、もう同じ手は喰わねぇからな」
犬飼は両手を「小さくまえならえ」をするように前に突き出す。どうやらこれが犬飼の構えらしい。
「ちなみに私と闘うのも可だ。その場合、拳闘でお相手しよう」
麻滝はファイティングポーズをとると小刻みにステップを踏み始める。
男は犬飼と麻滝に挟まれた形だ。
前門の虎、後門の狼。ちょっと同情してしまう。
「――いや、参った」
男は息を吐き出すようにして言う。「そこの金髪は結構やるようだし、ボクシング経験者もいるのか。お手上げだ。この状況で4対1とはな、お前等の勝ちだ。まあ、お前等が何なのか分からないが」
「我々は探偵だ」
事も無げに麻滝。
「そうか。で、探偵諸君」
男は口の右端を吊り上げるようにして笑って、
「協力しろ」
と、車の中でのセリフを繰り返す。




