二人組と便利屋(4)
これは昔書いた作品が元ですが、元というか意外と直すところ少ないから、ほぼそのまま出してます。時間いらずです。結構なスピードで投稿していますが、別にこの分量をずっと書き続けているわけではありません、念のため。
もぞもぞとマリアは気絶している女に這って行く。女の元まで辿り着くと、拘束された状態のまま縛られた手や口を使って器用に女の体を探り出す。
「んっ……」
体を探られた女が呻く。
「ふっ……むうぅ……」
探るマリアも、手足が縛れた状態ではうまくいかず、もどかしげに声を漏らす。
ううむ、これは。
「なんか、エロいな」
俺が正直な感想を言うと、マリアは無言で睨みつけてくる。目が血走っている。さっきのリルカより怖い。
目的のものを探し出したのか、マリアは目を見開く。
しばらく女の体に密着したまま後ろ手に拘束された両手をもぞもぞと動かす。
「ぬっ……ほっ……やっ、と、よっしゃ!」
マリアは両手を高々と上に挙げる。
これは、マリアが手錠から解放されたことを意味する。
「お、手錠の鍵あったのか」
「ラッキー。携帯電話探してたら、別のもの見つけたわ」
「携帯電話……? ああ、そっか、そりゃそうだな。警察とかに連絡するのに――って、あ、俺の携帯電話がない!」
無論、縛られているので触って確認はできないが、感覚からしてポケットの中に入れてあった携帯電話はなくなっている。
「にぶっ、今頃? あいつらが取ったんだよ、あたし達の携帯電話。まあ、監禁しようってんだから当たり前だけどさ」
自由になった両手でマリアが女の体を思う存分探っている。
「お、よしよし、みっけ」
マリアはピンク色の携帯電話を女の懐から取り出す。
「それ、そいつの携帯電話?」
「そりゃそうでしょ。うわっ、さっきの男とのキス画像が待ち受けになってるよ、趣味悪っ!」
「お前の待ち受けだって麻滝の盗撮だろ」
「盗撮じゃない。後姿があまりにもお綺麗で声をかけるのがためらわれたからつい黙って撮っただけだ」
なんのエクスキューズにもなっていないぞ、マリア。
「しかしお前器用だな。後ろ手に縛れたままで手錠を解錠したのかよ。俺には絶対無理だな」
「え、それってあたしに貴様の手錠を外せってこと?」
マリアはすぐに俺の意を酌んでくれる。
凄い嫌そうな顔で、マリアは渋々俺の手錠を外してくれる。
「足もどうにかならないかな」
手錠はいいとして、足はロープだ。
「いや、かなり固く結んであるから難しいみたいね。あの女、ナイフとかカッターも持ってないみたいだし。ま、別にここから動けなくても警察に電話すればいいだけの話――」
言いながら女の携帯を弄っていたマリアが絶句する。
「どうした」
「圏外」
「え」
マジかよ。いや、落ち着け。
「それ、このポンプ室内が電波悪いだけじゃないか。ちょっと外出たら繋がるかもしれない。さっき、男が出て行ったから鍵は開いてるだろ」
そうだ、冷静に考えて、さっき男の方が誰それと連絡をとったとか言ってたし、携帯電話がこの一帯で使えないわけがない。
この一帯? この一帯って、どこだ? いや、このポンプ室、どこのポンプ室だ?
あのマンションのポンプ室なら、この室内だけ電波が悪いので確定だ。外に出れば繋がる。
「そ、そうだよね」
俺の意見に勇気づけられたのか、珍しく素直に同意して頷くマリア。
携帯電話を持ったまま、両手を使ってぺたぺたと床を這ってドアに向かう。昔見たアニメに出てきた妖怪てけてけみたいでなんか怖い。
そして、ドアが開く。
ただし、マリアが触る前に。
金髪女の相方、例のサングラス男が顔を覗かせる。
様子を見に来たのだろうか。妖怪てけてけみたいな状態のマリアと倒れている金髪女、ぼーっとしてる俺、を順に見る。
「……」
「……」
「……」
サングラス男、俺、マリア、全員が無言で動きを止める。
しばらく停止した後、サングラス男は目の前の光景が何を意味しているのか気付いたらしい。
「おっ、お前らっ」
叫びながらポケットから黒っぽいものを取り出す。
おそらく俺を気絶させたスタンガンだ。
スタンガンを使われてはもちろん、素手で攻撃されても足を縛られている俺とマリアではかなわない。
ぼこぼこにされてしまう。
畜生、何でこんなことになった。またリルカ出てこないかな。無理か、相手男だし。
まず、サングラス男は自分の足元にいるマリアに目を向ける。
マリアは、突然のことに硬直している。表情さえ動かない。
男がわめきながらスタンガンを振り下ろす。外れる。マリアが避けたんじゃあなくて、サングラス男が空振りしただけだ。
圧倒的優位にあるのに、かなり焦っている。というか怯えてさえいる。
「ああ、このっ」
サングラス男は逆上しているようだ。空振りしたスタンガンを、振り上げる。
二回目はさすがに当たるだろう。
ようやくマリアの表情が変わる。諦めたような顔をしている。
多分、俺も同じような顔をしている。
終わりだ。
「おい」
そこで、威嚇するような声。
俺でも、マリアでも、ヤンキーカップルのものでもない声だ。
サングラス男の動きが止まる。
え、誰だ?
声は外から聞こえた。つまりサングラス男の背後、ポンプ室の外からだ。
男が振り向く。
とほぼ同時に、男はマリアを飛び越えるようにしてドアからポンプ室の中心に向かって飛んでくる。
「ぐっ」
部屋の中心まで飛んで、男が呻いて、片膝をつく。
このリアクションからするに、どうやら飛んできた、というよりも背後の人物に部屋に向かって吹っ飛ばされたようだ。
その吹っ飛ばした人物は悠々とポンプ室に入ってくる。
その意外な姿に俺とマリアは絶句する。
「ひゃひゃっ、助けに来たぜ」
嘲笑うような口調で言って、犬飼は金色の髪を揺らす。
「くそがっ」
立ち上がったサングラス男が叫ぶ。
混乱しているのだろう。乱入者を倒そうと、スタンガンを突き出したまま犬飼に突進する。
対する犬飼の動きは綺麗なものだ。
必要最低限の動き。半歩、足を踏み出した時には、犬飼の手刀がサングラス男のスタンガンを突き出した手首に当てられている。同時に顎に掌底。サングラス男は慣性の法則でその場で半回転してから地面に叩きつけられる。
「ぐあっ……」
明らかに喧嘩の動きじゃあない。
どうやら犬飼は格闘技か何かを身につけているらしい。
たったそれだけで、男は床に寝たまま動かなくなった。気絶したようだ。
「さて」
ラジオ体操でも終わったように軽い切り替えの言葉を口にして、
「おら、じっとしてろよ」
俺達二人に目を向けて、犬飼は懐からナイフを取り出した。
どうでもいいけど、こいつとナイフって見た感じ合う。あんぱんに牛乳、ヤンキーにナイフだ。
「言っとくけど、俺は普段からナイフ持なんてち歩いてるわけじゃねえぞ」
俺の視線を感じたらしく、犬飼は言い訳をする。
「今回は、こういうこともあろうかと思って準備してきただけだ」
犬飼は手際よく俺とマリアの足を縛っていたローブを切っていく。
ようやく自由になった足で俺とマリアは立ち上がる。
「で、どうしてここにいるの?」
礼も言わず、いきなりマリアが単刀直入に聞く。
「ありがとう、だろ。助けられたら普通はよ」
犬飼ががりがりと頭をかきながら常識的なところを見せる。
「で、どうしてここにいるの?」
無視するマリア。
「ありがとう」
俺はちゃんと礼を言う。
「おー、薄気味悪い奴だと思ってたけど、意外と常識のある奴だな、お前。少なくともマリアよりはよっぽど」
「うっさいなー、で、どうしてここにいるの?」
「てめぇはオウムか。さっきから同じフレーズ繰り返しやがって……お前らと連絡とれなくなったから、撫子の奴が心配して、様子見て来いっつわれたんだよ。で、来たら何か騒いでからとりあえずぶっ飛ばしたわけだ」
すごい。これほど簡潔な説明にはなかなか出会えない。
「んで、これからどうするかな」
犬飼は今度は倒れているヤンキーカップルに目を向ける。
「どうするって?」
俺の質問に、
「どうせこんなポンプ室、一時保管場所だろ。ほら、例の行方不明になった木崎、いないだろ」
犬飼は男の懐を探っていたが、やがて俺達に「ほらっ」とそれぞれ一つずつ何かを投げてよこしてくる。
何かと思えば携帯電話だ。俺の。
どうやら、俺たちの携帯電話は男が持っていたみたいだ。
マリアも麻滝の写真が待ち受けの携帯が戻ってきたのに感動して、携帯電話を抱きしめている。
「多分、もっといい監禁場所があってそこに連れて行かれたんだろ。だから、お前らも待っとけばそっちに連れて行かれるんだったんじゃねえのか」
なるほど。反射神経だけで生きているような人種かと思ったが、なかなか論理的だ。
「ま、ひょっとしたら別の監禁場所じゃなくて、海の底に直行とかかもしれねえけどな、ひゃはっ」
洒落にもならないことを言って犬飼は笑う。
「それはないでしょ。この一件、幽霊騒ぎがこいつらの演出だとしたら、結局この話ってマンションの立ち退きでしょ。それくらいで人を殺さないって、きっと」
マリアの反論にも一理ある、が。
「そうだな……でも、それ言うならそもそも監禁もしないだろ」
俺はマリアの反論にそこまで反論してから、気付く。
「あれ? ……なあ、マリア」
「なによ」
「そもそも、どうして俺たちは襲われたんだ?」
別に何かまずいものを見たわけでもないし。
「それについてはひとつ心当たりがあるわね」
「え、マジ?」
凄い。
「うん。襲ったこいつらが馬鹿だったんじゃない?」
身も蓋もない。
が、結構ありそうだから困る。
「まあ、確かに頭良さそうな格好はしてねえけどよ」
犬飼が頭をかく。
外見で判断するならお前だって、とは言わない。言えない。殺される。
「とにかく、さっさとここを出て通報しないか」
俺の提案に犬飼は頷く。
「ま、それが賢明だわな」
「右に同じ」
マリアも頷く。
よし、とポンプ室から出ようとして、開け放たれたままになっているドアの前に、音もなく男が立っていることに気付く。
誰だ?
二十代から四十代までなら何歳にでも見えるような、のっぺりとした特徴のない顔をしている。
七三分けを少し崩したような髪形と黒の地味なスーツ、そして黒の皮手袋をしている。
目を逸らしたらその瞬間に特徴を忘れてしまいそうな男だ。
いや、唯一特徴的なのは靴だ。
スーツ姿だというのに、履いている靴は革靴ではなくスニーカーだ。しかも真っ赤な派手な靴。よく、スーツ姿でこんな靴を履ける。
赤いスニーカーの男は無言で近づいてくる。が、俺たちの方を見てはいない。
床に転がっている例のカップルを見下ろしながら、近づいてくる。
「おい、何だよおっさ」
男を迎え撃つように近づいていく犬飼の言葉は途中で途切れる。
赤いスニーカーが犬飼の顎をかするようにはしり、かくんと犬飼の頭が揺れる。
犬飼が崩れ落ちる。
おいおいマジかよ。さっき大活躍した犬飼がもう噛ませ犬か。バトル漫画みたいな展開だな。
あまりの急展開に頭がついていけず、そんなことを考えて現実逃避する。
「この金髪はマトモにやりあったら骨が折れそうなんで、不意を突かせてもらった」
特徴のない声で男が喋る。
「けど、お前らは大丈夫そうだな。ついてこい。逃げたら蹴り飛ばす」
男は犬飼を担ぐと背を向けてポンプ室から出て行く。
俺とマリアは顔を見合わせる。
「……逃げるか?」
客観的に見て、今が逃げ出す大チャンスだ。
「逃げられると思う?」
マリアのは質問というより反語だ。絶望しきった顔をしている。
犬飼を倒したあの鮮やかな動き。ポンプ室の出入り口は一つで、その近くで男は背中を向けてはいるが、俺達を背中越しに観察しているくらいは分かる。
男は完全に俺たちに背中を向けている。その背中が、お前らは逃げられない、逃がさないと語っている。
ここで無駄な抵抗をしたら、気絶させられて拉致というシナリオが容易に浮かぶ。
一瞬の逡巡の後、結局、俺たちは男についていくことにする。




