第四話『歴史を紡ぐ魔女』2
書斎で寛ぐ黒江の下に秘書のプリミエール・ゲーテルがやってきた。
控え目にドアをノックして姿を現すプリミエール。
トレイの上からガラステーブルに置かれるカフェインを控えるために近頃飲んでいるホットレモネード。
黒江はにこやかに微笑むプリミエールの衣装を見て何とも言えない表情を浮かべた。
「当主様、ホットレモネードをお持ちしました」
「もう、当主様は止めてくれるかしら? 貴方から言われるとむず痒くなるわ。それにしても、今日もやってるわね……」
「正規品のメイド服が見つかりましたので、ついつい買ってしまいました。似合ってますか……?」
「似合っているわよ、若い男は目のやり場に困るでしょうけどね」
稗田家の屋敷内では目立たないようとの厳命は今や無視されつつあることに黒江は呆れた。
好みのコスプレ衣装を収集して着こなす趣味を持つプリミエールは毎日のように違う衣装を身に纏って登場する一人コンカフェアイドル状態である。
十七歳という若さに加え、金髪碧眼美少女のプリミエールは屋敷の中を歩くだけでも目立つ存在。
フリフリスカートを靡かせるオレンジ色のメイド服を着こなす姿は若い男衆にとって目に毒となるのは明白であった。
「黒江様、何やら浮かない表情をしていたので、元気付けようと気合いを入れてきたのですが、ご迷惑でしたか?」
「そんなことはないわ。隣に座りなさい」
ホリック・アルケミーによる公演映像が流れるディスプレイから視線を逸らし、ソファーの隣に座るように声を掛ける黒江。
プリミエールは黒江の計らいに感謝するとそのまま隣に座った。
「プリミエール、これが何か分かるかしら?」
大きなモニターに視線を向け、プリミエールに問いを投げかける黒江。
黒江の放つ威厳のあるオーラを近くに感じ、委縮しかけるプリミエールは視線と共に意識を画面に向けた。
役者の掌から放たれる炎が黒い影を消滅させる。
プリミエールにはそれが進化した3D映像技術などではなく、実際に役者が魔力を行使して解き放っているものだと察した。
ホリック・アルケミーの舞台にはタネも仕掛けも存在しない。
だからこそ、超能力の存在を信じていなくても人々は自然と惹かれてしまうのだ。
「ホリック・アルケミーの魔法使いですか?」
「ええ、前に話したことがあるかしら、私の教え子よ。といっても覚醒させた当時、私は学園長だったから、時折演劇部の部室に顔を出していたに過ぎなかったけれど」
「本当に黒江様は色んなところで手を貸していたのですね……」
「当時はまだクリスタタワー建設途中で夜になるとゴーストが徘徊していた事情があった。彼らの献身的な努力が陰で街を守っていたのよ」
黒江の言葉に崩壊した舞原市が復興を遂げるまでの苦難の歴史を実感するプリミエール。
復興を進めるために表でも裏でも存在感を発揮し、活躍してきた黒江の姿は生きる偉人であった。
「どうしてわてぃしにこれを?」
「貴方の成長を見込んでのことよ。ホリック・アルケミーのクリスマス公演に合わせて、ジュピタークラウンが動き出している。力を貸してくれるかしら?」
「わてぃしでいいのですか?」
思わぬ提案にプリミエールは驚かされた。
アリスプロジェクトに登録されている魔法使いの中でもプリミエールは若く、危険な魔女狩りと相対することが出来るような能力者ではない。
黒江の同行者として足手まといになりかねない、責任を果たせるか心配になった。
「心配無用よ、魔力行使の鍛錬は続けているのでしょう?」
「はい……お嬢様の支えになるために必要なことだと自覚していますから」
プリミエールは黒江の次代の後継者として育てられている孫の知枝の世話係を任せられている。知枝を支えられるだけの強さを手にするため、黒江のそばで秘書を務めているのだ。
「なら、実践の空気を経験しておくのも悪くないでしょう。私ももうすぐ高齢者の仲間入り、無理は出来ない身体。貴方がいてくれた方が何かと助かるわ」
「その……危険と分かっていて、そこまでする理由があるのですか?」
「責任かしらね……街を守るためにあの子たちを利用した権力者としての」
「魔女の力を得た者の責任ですか……はい、分かりました。黒江様の秘書として、どこであろうとついていきます」
「ありがとう、プリミエールがいてくれて助かるわ」
(まぁ……今回は赤津羽佐奈さんも来てくれるようだから、私は可能な限り後方支援に徹するつもりだけど)
献身的な態度を取るプリミエールの姿に感謝すると、手を差し伸べて握手を交わした。
生きる伝説ともなった黒江から頼られることになったプリミエールは胸が熱くなった。
(さて……隆二郎さんには協力してもらうことがあるからいいとして、凛音はどうしようかしら……)
黒江は娘の凛音に今回の出張を伝えるべきかとどうか迷った。
情報漏洩対策の観点から魔法使い関連の依頼は出来るだけ少ない人数に伝達をするようにしている。
それでも、不在の間に娘の凛音から心配されてしまうのは気が引けた。
「離れに行ってくるわ。香港へ向かう出張の準備をお願い」
「はい、かしこまりました」
陽気な性格であることから、面白くおかしく振舞うことも多々あるプリミエールだが、貫禄ある黒江の前では失礼のないようについ背筋を伸ばしてしまうのだった。
かくして、凛音にも報告することに決めた黒江は屋敷を離れ、凛音が暮らす離れへと向かった。




