第十五話『End of the line』2
「少年だわ! 生存者がまだいるみたい!」
まだ中学生くらいの日本人の男の子だと判断した黒江は反射的に開口一番に声を上げた。
そのまま慌てて隣に付いていた友梨と一緒に少年に近づいていく。
そして、受け入れがたい異変に気付いたのはすぐ後のことだった。
「どうしたの? この女性は……嘘でしょ……」
少年が一生懸命に引きずっていた女性の顔を確認した黒江は絶句した。
それは、顔色が青白くなり死相を浮かべた、変わり果てた清水沙耶の姿だった。
「間違いなく、死んでいますね」
隣に立つ友梨が慣れた手付きで生死を確認する。
綺麗なドレスは血に染まり変わり果て、所々が破れている。
恐ろしく乾いた友梨の声を聞いた黒江は頭を抱えた。
「母さんに触れるなよ……母さんは魔法使いなんだ。
こんなところで、死ぬわけがないんだっ!!!」
黒江達を前にしてなお、母親の死を受け入れられないトーレスは涙声のまま声を荒げた。母親から別れの言葉を聞いても、トーレスにとっては受け入れがたい現実だった。
少年の悲痛な声を聞き、何事かと羽佐奈と八千羽も階段から引き返してエントランスホールにやって来る。
「君は……清水沙耶さんのお子さんよね……」
この少年がどれだけ残酷な光景を目の当たりにしてここまでやってきたのか、想像する気力もなく黒江が力なく呟く。そして、羽佐奈と八千羽もその言葉と一緒に、変わり果てた沙耶の姿を目にして全てを悟った。
「嘘でしょ……ねぇ、沙耶さんが死んでるなんて……」
沙耶の遺体を前にして、感情が整理できないほどに混乱する羽佐奈。
想像もしていない光景を前に、その場で立ち眩みを起こした。
「嫌ぁ……こんな嫌よ……嫌ぁぁぁぁぁぁ!!!」
一方、仰向けにされた姿を一緒に確認した八千羽は叫び、目に涙を浮かべ、息絶えた沙耶の下へと駆け寄った。
数回しか会ったことのない黒江でも知っている、清水沙耶の存在。
一緒に戦いの日々を送った14少女漂流記の功労者である守代蓮の婚約者であり、ゴーストによる被害を受け、一度は長い眠りに落ちた女性。
厄災を生き残った沙耶と瓜二つの魔法使い、沢城奈月によって奇跡的に目を覚ましてからは再び日常を取り戻した、特殊な境遇を辿った唯一無二の女性。それが黒江が知る清水沙耶という女性だった。
いつもは人の死に顔を見ても平静を保っている羽佐奈は思いもよらない沙耶の死に身体を震わせた。
羽佐奈にとっては沙耶は思いやりのある心優しい弟子だった。
凛翔学園卒業後、まだ十八歳だった沙耶は礼を引き寄せる体質を乗り越えるため、魔力を制御できるようになるために、アリスプロジェクトのメンバーである婚約者の守代蓮の紹介で赤津探偵事務所を訪れた。
強い霊感を持ち、ずっと悩みを抱えてきた沙耶は同じ境遇にある赤津探偵事務所の人々と出会い、心穏やかに成長をしていき、八千羽や友梨とも心を交わし合った仲。
結婚して、子どもが産まれても交流を続けて来た、半人半霊の魔法使いという秘密を共有した大切な仲間の一人だった。
「ごめんなさい……私が気安くチケットを渡さなければ、こんなことに巻き込まれずに済んだのに……」
声を震わせながら後悔を口にする羽佐奈。
香港の地で再会した運命的な出来事に興奮して沙耶に手渡したチケット。
それが、大きく沙耶の運命を変えてしまったことに羽佐奈は息苦しさを覚えた。
「勝手に決めんなよ……母さんがそんなに大切だって言うなら、魔法使いなんだったら母さんを救ってくれよっ!! もっと沢山、絵を描かせてあげてくれよ!! 同情されたって嬉しかねぇんだよ!!」
悲しみに暮れる魔法使い達の前で、必死に訴えかけるトーレス。
それはまだ、両親に恩返しが出来ていないと後悔に苦しむ少年が抱く当然の願い。
しかし、半人半霊の魔法使いの使う、超能力は死者を蘇生させられるほど、便利には出来ていなかった。
「ごめんなさい……もう魔力も使い果たしてしまった。救い出してあげたくても沙耶を救い出すことは出来ないわ。それに、悲しいことだけど、一度死んだ人間は蘇りはしないのよ」
早く沙耶を楽にさせてあげたいと思った黒江はトーレスに向けて、現実を突き付けた。
トーレスは突き付けられた現実を前に、身体を震わせ、握り拳を作り、歯を食いしばって冷たく固いエントランスホールの地面を殴った。
「うあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっぁぁ!!! ああぁぁぁぁぁぁ!!」
手の痛みすら気にせず、抑えられない激情を爆発させて、何度も何度も腕を振るう少年。
羽佐奈は目の前の光景に耐えられなくなり、黒江の背中に顔を押し付け、涙を隠した。
さらに、八千羽はトーレスに抱きつき、その身体を押さえつけて懸命に声を掛けた。
「沙耶さんを……お母さんを助けられなくてごめんなさい。
でも、いつまでも悲しんでもいられないの。
貴方はこれから自分の足で歩いて行かないといけないんだから。
だから、一緒に日本に帰りましょう。
お母さんを……もう楽にさせてあげて欲しいの。
冷たい地面に倒れたままじゃ、可哀想でしょう?
お願いだから……私達と一緒に帰りましょう……」
小さい子どもが日本で待つ八千羽は出来る限りの優しさでトーレスを抱き締め、説得した。
八千羽もそうしなければ大好きだった沙耶を失った悲しみを受け入れられなかった。
先程までの空気が一変し、悲しみに包まれるエントランスホール。
何とかトーレスの自傷行為が止めることが出来た一同は、嗚咽を繰り返すトーレスを連れて、足取り重く地下駐車場へと向かった。




