第三話『劇団ホリック・アルケミー』1
「絶対、私も一緒に連れて行ってもらうんだからっ!」
舞原市内にある凛翔学園付属に通うまだ十四歳の永弥音唯花は自室で気持ちを新たにしていた。
衝動を抑えられずその場で立ち上がり、パンダのぬいぐるみを何故か頭上に掲げている。それが思春期真っ只中にある唯花なりの意思表示の表れだった。
海外への憧れ……隣近所に暮らす幼馴染の浩二と真奈の両親が所属する劇団への興味関心。
それら様々な要因が今、唯花の心を突き動かしていた。
母親に影響されて白を基調にした清潔感のあるイメージを取り入れた自室には好きなアーティストの音楽CDや映像媒体のコンテンツが入ったタブレット端末、さらにはぬいぐるみや少女漫画が棚に飾られ、思春期真っ盛りの少女らしさを感じる個性が滲み出ていた。
そんな唯花が最近ハマっているもの、それはカラオケと舞台演劇だった。
カラオケについては単純に歌うことが好きという感情に基づいて突き動かされた本能のようなものだが舞台演劇については鑑賞する側のファンとしての興味である。
舞台演劇はメタバース空間で自由な視点で鑑賞できる媒体も多くあるが、カメラによって撮影された固定的な視点で撮られたものも依然として多く、また舞台裏について知ることが出来る機会は少ない。
幼馴染として仲の良い浩二の両親が所属する劇団、ホリック・アルケミーが香港での海外公演を開くとあっては唯花としては気になって仕方がなかった。
ファンであるならば、現地まで出向き間近で演技を鑑賞してみたい、興奮の渦に自分も混ざりたいと願わずにはいられない唯花だった。
「そうだ、浩二と真奈ちゃんは無理でも、私だけでも連れて行ってもらおうっ!」
まだ二歳の小さく幼い女の子である真奈とその兄である浩二は国内から出ることが難しくても、自分だけでもと引き下がらない強い意志で唯花は再び直談判に向かった。
浩二は友人の達也とゲームセンターに出掛け、家にいない。
これは好都合だと判断した唯花は真奈と積み木遊びをしている樋坂真理に再び食い下がった。
「決めたのっ! 私も香港まで一緒に行きますからっ!」
長い黒髪を下ろした唯花は仁王立ちして訴えかける。
普段はお淑やかな唯花も思春期を迎え、時に素直さを忘れて強情になってしまうところがあった。
パーマを当て、ダークブラウンに髪を染めている真理は真奈の面倒を見ながら困り顔を浮かべた。
「唯花ちゃん……何度も言うようだけど、浩二と真奈がそちらにお世話になるから、一緒に日本に留まって欲しいのよ。
私達も遊びで行くんじゃなくて、仕事で行くわけだからね」
鼻息荒く訴えかける唯花の様子を案じて、何とか宥めようと言葉を掛ける真理。
真理としては、子どもを預かってもらう手前、唯花を海外まで連れ回して迷惑を掛けることになってはならないという想いだったが、唯花にとっては浩二が同じ屋根の下に住むということ自体、好ましい話ではなかった。
「そんなこと言って、関係者用のチケットが余ってるんですよね? 是非、譲ってください」
チケット事情に妙に詳しい唯花が甘い表情を浮かべ身を乗り出し、一歩も引かないという固い意志を露わにする。
逃げ場のない困った状況になる真理だったが、簡単に受け入れるわけにはいかなかった。
「チケットがあっても、宿泊代とか色々お金も必要でしょ? そのお金はどうするのよ?」
「私の口座から貯金を引き出して……後は出世払いで払います!
高校生なったらバイトもするつもりですからっ!」
堂々とした調子で言い放つ唯花。
まだ中学二年生の唯花は勢いで口走っている部分も多々あるが、先のことに関しても一切の迷いがなかった。
「ですってお父さん……なかなか引き下がってくれそうもないのだけど、どうしましょうか?」
本音では連れて行ってあげたくても心配になってしまう真理はダイニングテーブルでノートパソコンと向き合う樋坂真守、夫に助けを求めた。
「本当に唯花ちゃんは行きたいのか?
若いうちは目新しい刺激に飛びつくものだが、海外は危険だっていっぱいあるのは知っているだろう?」
何となく自分に話を振られる予感がしていた真守は唯花の方を向いて言った。劇団に長く所属している真守は顔のパーツや体格こそ、浩二と似ているがしっかりとした大人の落ち着きがあり、体格もよりがっちりとしていて、唯花は真理と同様に信頼を寄せていた。
「もちろん知ってます! それに今の香港は資本主義制度が保持されてて民主化が進んで安全なところだって、テレビでもやってました!
おじさんとおばさんが海外公演で舞台に立っているところ、歴史的瞬間に立ち会いたいんですっ!
当日までは出来るだけホテルから出ないようにしますから、どうか一緒に連れて行ってくださいっ!」
得意げにテレビで見た知識を口にしながら、説得を始める唯花。
もう、何度繰り返した分からないやり取りに根負けした真守は唯花の熱意に折れることに決めた。
「はぁ……仕方ない、特別に連れていくことにしよう。
いくつか約束事がある、それは全て守ってくれるかい?」
「もちろんですっ! 純粋な乙女は約束を破ったりしませんからっ!」
アイドルを真似たピースサインでウインクをかまし、アピールする唯花。
嬉しさ余っての行動だが、四年後の唯花が見たら恥ずかしくて目を伏せたくなる仕草だった。
「もう……唯花ちゃんってば、調子がいいんだから……」
隣近所で付き合いがあるため、我が娘のように見てきた真理でも、心配になってしまうほどの喜びようだった。
「若いうちはこれくらい好奇心旺盛なんだろうね。唯花ちゃんがこんなにうちの劇団に興味を持つとは思わなかったよ」
「だって、舞台に立つ二人はとっても魅力的で格好良い夫婦ですからっ!
今度こそ、二人の秘密を解き明かして見せますよっ!」
”二人の秘密”という言葉にずきりと嫌な予感を覚えてしまう真理と真守。
劇団には今も、これからも守り抜いていかなければならない秘密がある。
それだけに、唯花の過剰な興味は二人にとって不安材料となっているのだった。




