第十三話『神速乱舞』1
プリミエールから送られてきた最新の情報を頼りにこの混沌を引き起こした元凶である上位種のゴーストを捜していた羽佐奈と八千羽。
母娘らしく息ピッタリのまま大ホールまでやってきた二人は黒いマントを羽織る、長い銀髪を下ろした異質な雰囲気を纏った男を発見した。
ホールに入って来た二人に気付き、男は口元を歪ませ、鋭く尖った白い牙を見せ怪しい笑みを浮かべた。
周りに屍人が徘徊していても、この男にだけは襲い掛かる様子がない。
紛れもなく、吸血鬼の特性を持った上位種のゴーストに間違いなかった。
「舞台の上で待ってくれていたのかしら」
演出にまでこだわっているかのように、舞台上セットであるタイタニック号の船上が照明に照らされている。羽佐奈は待ち受ける男に向けて警戒心を露わにして呼びかける。
観客や劇場関係者を喰らって屍人を増やし、何度も移動を繰り返してここまでやってきたのだろう。
情状酌量される余地のない大量虐殺を実行に移した油断ならない危険な存在。
吸血鬼という特性を持った上位種のゴーストである以上、現世で生きた人間の成れの果てではなく、何者かの仕業によって現世に降霊された異物であると想像できた。
羽佐奈はこれ以上の被害者を出さないためにも、ここで討伐しなければならないと、決意を込めて真っすぐに視線を男に向けた。
「どなたの協力を受けて、この劇場に紛れ込んだのかは分かりませんが、これ以上の殺戮を許すわけにはいきません!」
持ち前の平和主義を頼りに勇気を出して声を上げる八千羽。
相手は殺人鬼、言葉でどうにかなる相手ではないことは自覚していた。
戦いが避けられない以上、少しでも声を上げて自分を鼓舞しなければならなかった。
声を上げたことで二人に気付き、屍人達が一斉に血肉を求めて両腕を上げ動き出す。常人であれば足がすくんで動かなくなってしまうところだが、二人はもう戦う覚悟を決めていた。
「ようこそ……お待ちしておりましたよ、正義感の強いアリスの眷属共よ。
わざわざそちらから来てくれるとは助かります。
その生き血を吸って、この劇場を魔法使いの墓場にしてやろう」
場の空気が凍り付くような冷淡な男の声。
虚空から紅い剣を発現させ、右手に握る吸血鬼。
待ちわびていたのか自信に満ち溢れた様子で舞台の上で待ち構えている。
「ママは周りの屍人を相手してくれる?
ゴーストは私が何とかしてみせるから」
「あらそう……なら任せるわ。
久々に八千羽の本気が見れそうね」
「早くこんな気味の悪いところから出て、日本に帰りたいから。
ただの雑用係兼子育て中ママじゃないところを、見せてあげないといけないみたい。
全力でやるけど、あんまり期待されると緊張するから勘弁してよ」
赤津羽佐奈の長女として産まれ、赤津家の一員となった八千羽。
八千羽はアリスプロジェクトのメンバーになり、アリスの眷属として魔女の力を得た羽佐奈が最初に覚醒させた、半人半霊の魔法使いだった。
卓越した能力を持つ羽佐奈の長女として産まれたことで期待されていた八千羽だが、周りの人々の期待に反して八千羽は争いごとが嫌いで、平和主義者だった。
出来れば危険な事とは無縁の普通の生活を送りたい。そうした想いが一児の母となり、赤津探偵事務所を手伝い、雑用を引き受け、誰に対しても笑顔を振りまく存在へとなっていった。
それでも、八千羽の持つ潜在能力は羽佐奈に匹敵する。
ゴーストが危険な存在として人々の暮らしを脅かすものである以上、いざという時のために必要な鍛錬をしてきた。
だからこそ、羽佐奈は八千羽に期待を寄せる。
積極的に戦いに赴く意思がなくとも、必要となれば本気で人を助けられる力を発揮できる家族として。
娘の八千羽に期待の眼差しを送りつつ、キラキラと周囲を舞う蝶のような鳥の使い魔を召喚して臨戦態勢を取る羽佐奈。
八千羽は覚悟を決め、上位種のゴーストが待ち構える舞台へと向かって駆け出していく。
羽佐奈は八千羽を援護するため、咆哮を上げて八千羽に襲い掛かっていく屍人達を使い魔を自由自在に操作させ次々に切り裂いていった。
援護のおかげで立ち止まることなく舞台上に上がった八千羽。
ここまで来た以上、この戦いを遮るものはもはやない。
両手に力を込め繰り出した素早い斬撃。
それを吸血鬼は期待に満ちた表情で斬り払って見せた。
「クククッ……魔力を帯びたニンゲン……絶好の獲物だ……楽しませてもらうぞ!!」
「化け物にやる血は一滴もないから。覚悟しなさいよねっ!!」
八千羽と吸血鬼、両者の立ち合いが始まり、命を懸けた壮絶な剣劇が繰り広げられる。
百八十cmはある長身の男に対して臆することなく肉薄していく八千羽。
相手が闇の力を帯びたブラッドソードを使いこなすことは想定外だったが、それでも剣技の使い手として後れを取ることはなかった。
「ハハハハハハッ!! 何と愉快な!! 逃げ惑う味気ないニンゲンと違って。お前のその臆することない態度、実に血が躍るぞっ!!」
ゴーストでありながら、饒舌に言葉を並べ、戦いに愉悦を覚える吸血鬼。
歴史上、多くの脅威に立ち向かってきた人類。
通常兵器が通用しない霊的な相手に対しても多くの人々が密かに戦ってきた。
しかしそれでも、現実に実在するはずのない異質な特性を持った吸血鬼を相手にするには、それ相応に異次元な能力が必要であることは間違いなかった。




