第十二話『空の彼方へ』6
勢いよく十字に斬り捨てられ、悲鳴すら上げる間もなく倒れる沙耶の身体。
半人半霊の魔法使いとして魔力は持っていても、それは元々、自分の精神を制御するために会得した力。沙耶は元々戦うために鍛えてきた者達とは異なり、身体能力は普通の一般女性と変わらない。
柔らかい沙耶の肉体は鋭利な刃によって深々と臓器ごと引き裂かれ、夥しい量の血だまりが沙耶を中心にして広がっていく。
「あああああああああああぁぁぁぁ!!!」
真っ赤に染まっていく、何度も抱き締めた美しい沙耶の身体。
一瞬の内に真っ赤に染まり、変わり果てた姿となった沙耶を見たエルディンは感情を爆発させ、切り裂いたアリシアに向かって突進した。
しかし、目的のために感情を殺したアリシアは容赦なくエルディンの身体を豪快に吹き飛ばし、木々の生える草むらの中で気絶させた。
「アリシアっ!! もう大丈夫よ、ミリアは救出できたわ! 正気に戻りなさい!」
レイラは救出したミリアの身体を抱き締め、アリシアに訴えかける。
必死の形相を浮かべるレイラの姿を見たアリシアはようやく正気に戻り、過剰に放出させた魔力を制御した。
「シスター……申し訳ない、我を失っていたようです」
武器を収め、ようやく肩の力を抜いたアリシア。
目の前の惨状を見て、それが自分がやったことだと察すると背中を向けた。
「アリシア……」
「ミリアが助かったのなら、皆のところに帰りましょう」
「えぇ……そうね、アリシアが元に戻ってくれたのならよかったわ」
狂戦士へと変貌したアリシアが元の姿に戻ったことに安堵したレイラはミリアを連れて植物園を離れることにした。
「何なんだよお前らは……母さんが何をしたって言うんだよ……。
人殺しがそんなに楽しいのかよ……あんた達、狂ってるぜ。
いい加減気付きやがれよ……母さんのこと、何も知らないくせに」
去り行くアリシアとレイラに向けて激情を吐き捨てるトーレス。
一度、振り返って怒りと悲しみに満ちた表情を目にしたアリシアは、冷淡さを崩すことなく一瞥すると、同情することなく沈黙を保ったまま植物園を後にした。
空調の効いた植物園が再び静寂に包まれる。
植物たちの息吹に意識を向ける感情など無くなったトーレスは重傷を負って倒れる沙耶の下に向かい、膝を付いた。
「冗談は止めてくれよ……誰もこんなこと、望んでないだろ……」
トーレスの言葉にピクリと反応して。瞳を開き息子の姿を見つめる沙耶。
そして懸命に腕を上げ、人差し指で宙に色を描いていく。
「ごめんなさい……お母さんは少し浮かれ過ぎたみたいね……。
だから、罰が当たっちゃったみたい……」
「何だよそれ……馬鹿みたいな責任転嫁すんなよ……」
「私はね……トーレスに世界が美しいことをもっと沢山、知って欲しかったのよ」
朧げな意識の中で、魔力を帯びた指先で宙に虹を描いて見せる沙耶。
口元からは血が流れ出し、身体が不安定に震えている。
沙耶は愛する息子から目を離さず、優しい笑顔を浮かべ、宙に描いた空中絵画で想いを訴えかけた。
もはや散りゆく命であることが、トーレスのような子どもでも分かった。
「トーレス……強く生きるのよ……お母さんはずっと、空の彼方で見守っているからね。愛してるわ……トーレス」
沙耶の最後の言葉を耳に刻み込むが、受け入れられない状況を前に、喉元まで来ている声が出ないトーレス。
ゆっくりと左腕から力が抜けていき、限界を迎え地面に横たわる沙耶。
宙に描いた色鮮やかな最後の作品が朽ち果てたように粉となり空気に溶けていく。
そうして沙耶は植物園で永遠の眠りにつき、後に黒沢研二と名を名乗ることになるトーレスは実の母親と、唐突過ぎる別れを迎えた。




